発信者情報開示請求の「非訟手続」とは?改正法のポイントをわかりやすく解説
2026/04/01
発信者情報開示請求の「非訟手続」とは?改正法のポイントをわかりやすく解説
SNSや掲示板で誹謗中傷の被害を受けた方が投稿者を特定しようとする際、弁護士から「非訟手続で進めましょう」と説明を受けて、「非訟手続って何?」と戸惑われたことはないでしょうか。2022年10月1日に改正プロバイダ責任制限法が施行され、発信者情報開示請求の手続きに大きな変化が生じました。さらに2025年4月1日には法律名が「情報流通プラットフォーム対処法」に変わり、制度がより強化されています。
本記事では、非訟手続(発信者情報開示命令)の仕組みと流れ、従来の仮処分・訴訟との違い、そして実務上の選択肢についてわかりやすく解説します。
なぜ法改正が必要だったのか——旧法の限界
改正前のプロバイダ責任制限法(以下「旧法」)では、投稿者を特定するために次の2段階の手続きを踏む必要がありました。
- 第1段階:SNSや掲示板等のサイト管理者(コンテンツプロバイダ)に対して仮処分申立を行い、投稿時のIPアドレスと投稿日時の開示を受ける。
- 第2段階:開示されたIPアドレスをもとに、インターネット接続業者(経由プロバイダ・ISP)に対して発信者の氏名・住所等の開示を求める訴訟を提起する。
この2段階の手続きには、通常トータルで6か月〜1年以上の期間と、相応の費用がかかりました。また、ISPがIPアドレスなどのログを保存する期間には限りがあり(多くは3〜6か月程度)、第1段階で時間がかかっているうちにログが消えてしまい、第2段階での特定が不可能になるリスクもありました。
さらに、SNSではログイン時のIPアドレスしか記録されていないケースが多く、「投稿時のIPアドレス」を開示するよう求めても開示できないとして申立が認められないケースが生じていました。こうした課題を解消するため、2021年に法改正が行われ、2022年10月1日から新制度が施行されました。
「非訟手続」とは何か——訴訟との根本的な違い
「非訟(ひしょう)」とは、訴訟(裁判)以外の裁判手続の総称です。改正法では、発信者情報開示に関する新たな裁判手続として「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」が非訟事件として位置づけられました(非訟事件手続法第3条)。
訴訟手続と非訟手続の主な違いは以下のとおりです。
| 比較項目 | 訴訟手続 | 非訟手続(開示命令) |
|---|---|---|
| 手続の性質 | 当事者対立構造の正式裁判 | 裁判所が後見的・職権的に関与 |
| 審理の公開 | 原則公開 | 原則非公開 |
| 手続の迅速性 | 期日調整・反論・証拠提出等で時間がかかりやすい | 書面審理中心で比較的迅速 |
| 費用 | 弁護士費用を含めると高額になりやすい | 訴訟よりも費用を抑えやすい傾向 |
非訟手続は正式な訴訟に比べて手続きが簡易であり、裁判所が積極的に関与して迅速に処理できるよう設計されています。審理は原則として非公開のため、被害内容や個人情報が法廷で公になるリスクも低くなっています。
改正法で新設された3つの命令
2022年10月の改正法では、発信者情報開示命令事件において以下の3種類の命令が新設されました。
① 発信者情報開示命令
開示命令は、コンテンツプロバイダ(SNS事業者・掲示板管理者等)または経由プロバイダ(ISP)に対して、発信者の氏名・住所・電話番号・メールアドレスなどの発信者情報を開示するよう命じるものです。従来の仮処分(IPアドレス開示)と訴訟(氏名・住所の開示)の2段階を、1つの非訟手続の中で処理できるようになりました。
② 提供命令
提供命令は、コンテンツプロバイダに対して「この投稿に関係する経由プロバイダの名称・連絡先等の情報」を申立人に提供するよう命じるものです。従来は申立人自身がどのISPに開示請求すべきか調べる必要がありましたが、提供命令によってコンテンツプロバイダから当該情報の提供を受けることができるため、次の手続きへスムーズに移行できます。なお、提供命令は発信者情報開示命令の申立てに付随する裁判として位置づけられており、単独では申立てることができません。
③ 消去禁止命令
消去禁止命令は、開示命令の審理中にプロバイダが保有する発信者情報(ログ)を削除・消去することを禁止するものです。ログの保存期間は限られているため、手続き中にログが消えてしまうリスクがありますが、消去禁止命令によってログを保全することが可能になります。こちらも開示命令の申立てに付随するものであり、単独申立はできません。
非訟手続(開示命令)の流れ——ステップごとに解説
改正法に基づく非訟手続は、おおむね以下の流れで進みます。
申立人(被害者または弁護士)が裁判所に対して、コンテンツプロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行う。同時に提供命令・消去禁止命令の申立ても行うことが多い。
裁判所がコンテンツプロバイダに審尋(意見聴取)を行い、要件を満たすと判断すれば提供命令を発令。コンテンツプロバイダから経由プロバイダの名称等が申立人に提供される。
申立人が裁判所に対して、経由プロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを追加で行う。
コンテンツプロバイダに対する開示命令の手続きと、経由プロバイダに対する開示命令の手続きが併合審理される(一体的に処理)。
裁判所が要件充足を認めた場合、発信者情報開示命令が発令される。各プロバイダが保有する発信者の氏名・住所等の情報が開示される。
開示された情報をもとに、投稿者に対して損害賠償請求(民事)や刑事告訴を行う。
ログイン時情報の開示——改正法で拡大された開示対象
旧法では、「投稿時のIPアドレス」が開示の主な対象でしたが、TwitterやInstagramなどのSNSではシステム上、投稿時のIPアドレスを保存していないケースがありました。そこで改正法では、投稿時だけでなく「ログイン時」の通信記録(ログイン時IPアドレス・タイムスタンプ等)についても開示請求の対象として明文化されました(情報流通プラットフォーム対処法5条1項2号)。
これにより、投稿時のログを保存していないSNSに対してもログイン時情報の開示を求めることが可能となり、投稿者特定の成功率が高まっています。ただし、ログイン時情報の開示が認められるためには「当該侵害関連通信が発信者情報開示請求の要件を満たすこと」が必要であり、単純に請求すれば必ず認められるわけではありません。
2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法との関係
2025年4月1日、改正プロバイダ責任制限法は「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(通称:情報流通プラットフォーム対処法、情プラ法)として名称を改め、施行されました。
情プラ法の主な変更点は、発信者情報開示の非訟手続の枠組みを維持しつつ、大規模プラットフォーム事業者(特定大規模特定電気通信役務提供者)に対して新たな義務を課した点にあります。具体的には以下のとおりです。
- 権利侵害情報に対する削除基準・対応手順の策定と公表
- 被害者からの削除申請に対する迅速な対応(原則24時間以内の仮削除等)
- 対応状況の透明性確保(定期的な公表)
- 義務違反に対する勧告・命令・罰則
これにより、誹謗中傷コメントの削除申請がより迅速に処理されることが期待されています。なお、非訟手続による発信者情報開示の仕組みは情プラ法においても引き継がれており、2022年改正で整備された手続きの基本的な流れは変わっていません。
旧来の仮処分・訴訟と非訟手続——どちらを選ぶべきか
改正法は、従来の仮処分や訴訟による開示請求を廃止したわけではなく、新たな非訟手続を選択肢として追加したものです。したがって、現在も旧来の仮処分・訴訟を利用することはできます。
| 手続の種類 | 主な特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 非訟手続(開示命令) | 迅速・書面中心・1手続で完結しやすい | ほとんどの誹謗中傷案件。特にSNSでのログイン時情報開示を要する場合 |
| 仮処分(旧来) | 緊急性が高い場合に有効 | 証拠保全として早急にIPアドレスを取得したいケース |
| 訴訟(旧来) | 確定判決を得られる・強制力が強い | 相手方が強く争い、証拠調べや尋問が必要なケース |
実務上は、非訟手続が最も利用される場面が多いですが、事案の内容や相手方の対応次第では、仮処分や訴訟も組み合わせて対応するケースもあります。どの手続きを選ぶべきかは、投稿プラットフォームの種類・ログ保存状況・証拠の有無・被害の深刻度などによって異なるため、弁護士への相談が不可欠です。
まとめ——非訟手続の活用で投稿者特定をより確実に
2022年改正による非訟手続の導入は、誹謗中傷被害者にとって投稿者の特定がしやすくなるという大きなメリットをもたらしました。主なポイントをまとめると次のとおりです。
- コンテンツプロバイダと経由プロバイダへの請求を1つの手続きで完結できる
- 提供命令・消去禁止命令の新設により、情報の取得とログ保全が容易になった
- ログイン時情報も開示対象となり、SNSでの投稿者特定に有効
- 非公開の審理のため、被害内容が公開の法廷に晒されるリスクが低い
- 2025年施行の情プラ法で大規模プラットフォームへの削除対応が義務化され、被害者救済がさらに強化された
ただし、非訟手続は手続き自体の複雑さから、弁護士なしで対応することは現実的ではありません。ログの消失タイミングを見据えた迅速な申立て、適切な証拠の準備、複数プロバイダへの対応など、専門的な知識と経験が求められます。誹謗中傷の被害でお困りの方は、早めに専門の弁護士に相談されることをお勧めします。
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