退職した元従業員による誹謗中傷への対応|削除請求・発信者情報開示・予防策を弁護士が解説
2026/04/02
退職した元従業員による誹謗中傷への対応|削除請求・発信者情報開示・予防策を弁護士が解説
「退職した元社員にSNSで悪口を書かれている」「転職口コミサイトに事実と異なる投稿をされた」「匿名掲示板に会社を中傷する内容が書き込まれ、採用活動に影響が出ている」——このようなご相談が、企業の経営者や人事担当者の方々から増えています。
退職した元従業員による誹謗中傷は、在職中のトラブルや不満を背景とする場合が多く、企業の信用・名誉に深刻なダメージを与えることがあります。さらに、採用候補者が口コミサイトを必ず確認する現代では、虚偽・誇張の投稿が採用活動の妨げとなり、事業継続に影響するケースも少なくありません。
本記事では、元従業員による誹謗中傷に企業がどのように法的対応すべきか、証拠保全から削除請求・発信者情報開示請求・損害賠償請求の流れ、さらに退職合意書を活用した予防策まで、弁護士がわかりやすく解説します。
元従業員による誹謗中傷が起きやすい場所と典型的な内容
元従業員による誹謗中傷が多く見られる場所と、よくある投稿の内容をまとめると以下のとおりです。
| 投稿場所 | 典型的な投稿内容 |
|---|---|
| X(旧Twitter)・Instagram等のSNS | 「あの会社はパワハラが日常的」「給与未払いがあった」「社長が○○だった」など |
| 転職口コミサイト(OpenWork・転職会議等) | 虚偽の低評価・誇張した労働環境の記述・特定個人の誹謗 |
| Googleマップの口コミ | 星1の評価と業務内容・人物を中傷するコメント |
| 5ちゃんねる・爆サイ等の掲示板 | 会社名・役員名を挙げた誹謗中傷・個人情報の暴露 |
| まとめサイト・ブログ | 退職体験記と称した一方的な悪評記事の掲載 |
こうした投稿が検索エンジンの上位に表示され続けると、求職者や取引先がその情報を目にすることになります。たとえ一部誇張・虚偽の内容が含まれていても、それを閲覧した第三者が「真実ではないか」と受け取るリスクがあるため、放置することは得策ではありません。
元従業員の誹謗中傷に適用される法律
元従業員による投稿が、会社に対してどのような法的責任を問えるかは、投稿の内容や態様によって異なります。主に以下の法律・権利が問題となります。
(1)名誉毀損(民法・刑法)
他人の社会的評価を低下させる「事実の摘示」を不特定多数に向けて行った場合、民事上の不法行為として損害賠償請求(民法709条)が可能です。また、刑事上も名誉毀損罪(刑法230条)が成立し、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
なお、摘示した内容が「事実」であっても、公共の利害に関しない事実を専ら私怨から公表した場合など、違法性が阻却されないケースでは、名誉毀損が成立します。「本当のことを書いただけだから問題ない」という主張が必ずしも法的に認められるわけではない点に注意が必要です。
(2)侮辱(刑法)
事実の摘示はなくても、「ブラック企業の典型」「あそこの社長は最低」などの抽象的な悪口・罵倒は侮辱罪(刑法231条)に該当する場合があります。2022年の法改正により侮辱罪の法定刑が引き上げられ(1年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金等)、より厳しい制裁が可能となっています。
(3)信用毀損・業務妨害(刑法)
「品質に問題がある」「詐欺的な商売をしている」など、会社の商業的信用を傷つける虚偽の情報を流した場合、信用毀損罪(刑法233条前段)や偽計業務妨害罪(同条後段)が成立する可能性があります。これらは3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される犯罪です。
(4)不法行為に基づく損害賠償(民法709条)
上記各罪が成立する場合はもちろん、法的に厳密な構成要件を満たさなくても、故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した場合には、民法上の不法行為として損害賠償を請求できます。企業が被った風評被害・採用コストの増大・売上減少なども、損害として認められる場合があります。
元従業員による誹謗中傷への法的対応ステップ
ステップ1:証拠保全——まず投稿内容を記録する
誹謗中傷投稿を発見したら、すぐに証拠を保全することが最優先です。投稿はいつ削除・変更されるかわかりません。スクリーンショットを撮影し、投稿日時・URL・アカウント名(スクリーンネーム)が確認できる状態で保存してください。可能であればウェブ魚拓(公的な記録サービス)を利用した保全も有効です。
なお、証拠収集の段階から弁護士に依頼することで、後の法的手続きで使用できる形式での保全が可能となります。証拠の収集方法が不適切だと、後の手続で証拠として使えなくなることもあるためです。
ステップ2:削除申請——プラットフォームへの申請
証拠保全後、投稿が掲載されているSNSや口コミサイトに対して、任意削除を申請します。各プラットフォームは通報・申請フォームを設けており、名誉毀損・虚偽情報・ハラスメント等の理由で申請できます。
2025年4月1日に施行された情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)により、大規模プラットフォーム事業者(X、Facebook、Instagram、TikTok等)は、削除申請への対応迅速化と運用状況の透明化を義務づけられるようになりました。これにより、従来よりも短期間での削除が期待できるケースが増えています。
ただし、プラットフォームが自主的に削除しない場合や、口コミサイト・匿名掲示板など情プラ法の対象外のサービスに対しては、法的手続きによる削除要請が必要となります。
ステップ3:発信者情報開示請求——匿名投稿者の特定
投稿が匿名や偽名で行われている場合、投稿者を特定するためには発信者情報開示請求が必要です。2022年施行の改正プロバイダ責任制限法(現・情プラ法)では、「非訟手続」(発信者情報開示命令・提供命令・消去禁止命令)が整備され、従来の仮処分・訴訟の二段階手続きと比べて迅速な対応が可能となっています。
具体的な流れは次のとおりです。まず裁判所に対して発信者情報開示命令を申立て、SNS等のコンテンツプロバイダが保有するIPアドレス・タイムスタンプの開示を求めます。次に、同一手続内で提供命令を申立て、IPアドレスをもとにアクセスプロバイダに発信者の氏名・住所等の開示を求めます。両手続きが同一の裁判所で並行して進むため、従来よりも短期間での特定が可能です。
ただし、VPNや海外サーバーを経由した投稿など、技術的な匿名化が行われている場合は、特定が難しくなるケースもあります。
ステップ4:損害賠償請求・刑事告訴
投稿者が特定できた後、次の選択肢があります。
- 民事上の損害賠償請求:内容証明郵便による示談交渉、または民事訴訟により、風評被害・採用コスト増加・精神的損害に対する損害賠償を請求します。元従業員が相手方であっても、投稿内容が名誉毀損等に該当すれば、数十万円から状況によってはそれ以上の損害賠償が認められた裁判例があります。
- 刑事告訴:名誉毀損罪・侮辱罪・信用毀損罪等として警察または検察に告訴することで、刑事上の責任を追及することができます。刑事事件化は加害者に対する心理的プレッシャーとなり、示談交渉を有利に進める手段にもなります。
- 差止請求:継続的・反復的な投稿が行われている場合には、投稿の差止めを求める仮処分申請を行うことも考えられます。
予防策——退職合意書と誹謗中傷禁止条項
元従業員による誹謗中傷を事後的に対応するには、費用も時間もかかります。そのため、退職時の合意書(退職合意書)に、適切な条項を盛り込んでおくことが重要な予防策となります。
誹謗中傷禁止条項の例
退職合意書には、以下のような条項を盛り込むことが有効です。
この条項に違反した場合の違約金条項を設けることも可能ですが、金額が不当に高額な場合は公序良俗違反(民法90条)として無効とされるリスクがあるため注意が必要です。実務上は、合意書で支払う解決金と同程度の額を違約金の上限とするケースが多く見られます。
秘密保持義務(NDA)の活用
退職時に秘密保持契約(NDA)を締結し、在職中に知り得た会社の内部情報・個人情報・営業秘密を第三者に開示・公表しないことを約束させることも有効です。これにより、業務上の具体的な情報を含む誹謗中傷投稿に対して、NDA違反として損害賠償請求する法的根拠を明確にすることができます。
就業規則への記載
在職中の従業員に対しては、就業規則に「会社または役員・従業員の名誉・信用を傷つける行為を禁止する」旨の規定を設けることで、SNS投稿を懲戒事由とすることが可能です。退職後については就業規則の効力は及びませんが、退職合意書との組み合わせで対処します。
対応を弁護士に依頼するメリット
元従業員による誹謗中傷への対応は、法的評価の専門性が必要な場面が多く、自社だけで対処しようとすると証拠収集の誤りや手続きの遅延が生じやすい分野です。弁護士に依頼することで、次のようなメリットがあります。
- 投稿の内容が法的に問題のある誹謗中傷に該当するかを適切に評価できる
- 証拠保全の方法について適切なアドバイスが得られる
- 削除申請・発信者情報開示請求・損害賠償請求を一括してスムーズに進められる
- 元従業員が公益通報者保護法の保護を主張する場合にも適切に対処できる
- 退職合意書や就業規則の整備など、再発防止策についてもアドバイスが得られる
特に、元従業員との関係は在職中の労務トラブルに起因することも多く、誹謗中傷の問題は労働問題と切り離せないケースも少なくありません。ネット誹謗中傷と労務問題の両方に知見を持つ弁護士への相談をお勧めします。
まとめ
退職した元従業員による誹謗中傷は、SNS・転職口コミサイト・匿名掲示板など様々な場所で起こり得ます。名誉毀損・信用毀損・業務妨害など複数の法的手段で対応が可能であり、2025年4月施行の情プラ法により削除申請への対応も迅速化されています。
対応の基本ステップは、①証拠保全、②削除申請、③発信者情報開示請求(匿名の場合)、④損害賠償請求・刑事告訴です。また、退職合意書への誹謗中傷禁止条項・NDAの整備により、被害を事前に予防することも重要です。
問題が発生してから動き出すと、投稿が削除されて証拠が失われたり、ログの保存期間が過ぎて投稿者の特定が困難になることがあります。誹謗中傷に気づいたら、できるだけ早期に専門家への相談をご検討ください。
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タングラム法律事務所では、ネット誹謗中傷に関する発信者情報開示請求・削除請求・損害賠償請求について、豊富な実績を有しております。退職した元従業員によるSNS・口コミサイトへの誹謗中傷にお悩みの企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。
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