「全財産を一人に相続させる」遺言は有効?遺留分リスクと対策を弁護士が解説
2026/04/06
「全財産を一人に相続させる」遺言は有効?遺留分リスクと対策を弁護士が解説
「介護をしてくれた長男にすべての財産を遺したい」「会社を継ぐ子どもに事業用資産を集中させたい」——そのような思いから、遺言書に「全財産を○○に相続させる」と記載する方は少なくありません。しかし実際には、この一文が相続発生後に家族間の深刻な紛争を引き起こすケースが多くあります。
本記事では、「全財産を一人に相続させる遺言」が法的に有効かどうかを確認したうえで、遺留分侵害額請求という観点からのリスク、そして遺言作成前後に取り得る対策について、相続問題を多く取り扱う弁護士の視点からわかりやすく解説します。
「全財産を一人に相続させる」遺言書は法的に有効か
結論からいえば、「全財産を特定の一人に相続させる」という遺言書は、原則として法的に有効です。民法第964条は、「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる」と定めており、被相続人は遺言によって自らの財産をどのように分配するかを原則として自由に決定することができます。
公正証書遺言や自筆証書遺言など、所定の方式を満たした遺言書であれば、「全財産を長男に」「全財産を配偶者に」という内容も有効に成立します。遺言書は法定相続分に優先して適用されるため、遺言書の記載どおりに財産が引き継がれることになります。
遺留分とは?なぜ「全財産を一人に」という遺言が紛争を招くのか
遺言書が有効であっても、相続人の間での紛争を招く最大の原因が「遺留分」の問題です。遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)に対して民法が保障する最低限の相続分のことをいいます(民法第1042条以下)。被相続人がどのような遺言を書いても、この遺留分を遺言で奪うことはできません。
遺留分権利者となるのは、配偶者・子(代襲相続人を含む)・直系尊属(父母・祖父母)です。兄弟姉妹には遺留分がありません。つまり、全財産を特定の一人に相続させる遺言を残した場合、遺留分権利者である他の相続人は、その遺言の内容が遺留分を侵害しているとして「遺留分侵害額請求」を行うことができます。
遺留分の割合(個別的遺留分)
| 相続人の構成 | 総体的遺留分 | 各相続人の個別的遺留分(例) |
|---|---|---|
| 配偶者と子2人 | 相続財産の1/2 | 配偶者1/4、子各1/8 |
| 子のみ2人 | 相続財産の1/2 | 子各1/4 |
| 直系尊属のみ | 相続財産の1/3 | 父母各1/6(2人の場合) |
| 配偶者のみ | 相続財産の1/2 | 配偶者1/2 |
遺留分侵害額請求が行われた場合の具体的なリスク
全財産を遺言で一人に相続させた場合、他の遺留分権利者から遺留分侵害額請求を受けると、その相続人は遺留分に相当する金銭を支払わなければならなくなります。2019年7月1日施行の改正民法(民法第1046条)により、遺留分侵害額請求は金銭の支払いを求める権利となりましたので、不動産や株式などの財産そのものが当然に移転するわけではありませんが、多額の現金を用意しなければならないケースも生じます。
具体的なシナリオ例
たとえば、被相続人が「全財産(不動産2,000万円・預貯金500万円、合計2,500万円)をすべて長男に相続させる」という遺言を残し、他に子が2人いた場合を考えてみます。子3人の総体的遺留分は相続財産の1/2(1,250万円)であり、長男以外の子2人の個別的遺留分はそれぞれ1/6(約416万円)となります。この2人が遺留分侵害額請求を行えば、長男は合計約832万円を現金で支払う義務を負う可能性があります。遺産の大半が不動産である場合、この支払いが困難となり、不動産の売却を余儀なくされることもあります。
また、遺留分侵害額請求は調停・訴訟に発展することも少なくなく、家族間の関係が修復困難なほど悪化するリスクも無視できません。遺言者が「家族のために」と思って残した遺言が、かえって深刻な相続紛争の火種になってしまうケースは、横浜をはじめ全国の弁護士が日常的に目にする問題です。
遺言者が生前にできる遺留分対策
遺留分の問題を完全に回避することは難しいですが、遺言作成と合わせて以下の対策を検討することで、遺留分侵害額請求のリスクを軽減したり、請求された際の負担を和らげたりすることが期待できます。
①生命保険の活用
生命保険の死亡保険金は、受取人固有の財産として扱われ、原則として遺留分の計算基礎となる相続財産には含まれません。財産を多く与えたい相続人を保険金受取人に指定することで、遺留分計算の対象外の財産を移転できる場合があります。ただし、保険金が過大で著しく不公平と認められる場合には、例外的に遺留分の算定に考慮されることもあるため、金額・比率の設定には注意が必要です。
②遺留分権利者との事前の話し合いと遺留分放棄
被相続人の生存中であれば、遺留分権利者が家庭裁判所の許可を得て、遺留分を放棄することができます(民法第1049条第1項)。遺留分を受け取る権利者が自らの意思で放棄することにより、遺留分侵害額請求が行われなくなります。もっとも、これは権利者本人の自由意思によるものでなければならず、強制したり十分な説明なしに行ったりすることは問題となります。
③付言事項で理由・想いを伝える
遺言書の付言事項(法的効力はないが遺言書に添えるメッセージ)に、なぜ特定の一人に全財産を相続させるのか、その理由や他の相続人への感謝・謝罪の気持ちを丁寧に記しておくことは、感情的な対立を和らげる効果が期待できます。法的な拘束力はありませんが、「請求しないでほしい」という遺言者の意思が、遺族の行動に影響を与えることもあります。
④代償金の準備を遺言に明記する
遺言書において、全財産を相続させる者に「遺留分侵害額請求が行われた場合には、誠実に対応し、分割払いの協議に応じること」などを付言しておくことも一つの方法です。また、遺留分相当額の現金や流動性の高い資産を残しておくよう配慮することで、請求を受けた際の支払い原資を確保しておくことができます。
⑤家族信託の検討
家族信託(民事信託)を活用することで、財産の承継先を柔軟に設計できる場合があります。ただし、信託財産も遺留分の算定に関連する場合があり、その取り扱いについては現時点で最高裁の判断が示されていない部分もあるため、実務的な活用には専門家の助言が不可欠です。
相続人の側から見たポイント:遺留分を侵害する遺言を受け取った場合
「被相続人が全財産を兄(姉)に相続させるという遺言を残していた」という事態に直面した場合、まずは遺言書の内容を確認し、自分が遺留分権利者に当たるかどうかを確認しましょう。遺留分権利者であれば、相続開始と遺留分を侵害する事実を知った日から1年以内に遺留分侵害額請求を行う必要があります。
請求の方法としては、内容証明郵便による意思表示から始まり、話し合いで解決できなければ家庭裁判所への調停申立て、さらには訴訟へと進むことになります。遺留分の計算は、特別受益や寄与分の問題も絡んで複雑になることが多く、弁護士への早期相談が解決の近道となります。
まとめ:「全財産を一人に」は有効だが、遺留分リスクの準備が不可欠
「全財産を特定の一人に相続させる」遺言は法的に有効ですが、遺留分権利者からの遺留分侵害額請求というリスクを伴います。遺言者の意思を実現しながら家族間の紛争を防ぐためには、遺言書の作成と並行して、生命保険の活用・遺留分放棄の検討・付言事項の記載・代償金の準備など、複数の対策を組み合わせることが重要です。
一方、遺留分を侵害する遺言によって不利益を受けた相続人の立場からすれば、時効(1年)を念頭に置きながら速やかに権利行使の準備を進める必要があります。いずれの立場でも、相続問題は感情的・法的に複雑なケースが多いため、早期に専門家へ相談することが解決への近道です。
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