認知症の相続人がいる場合の遺産分割|成年後見制度の活用と注意点を弁護士が解説
認知症の相続人がいる場合の遺産分割|成年後見制度の活用と注意点を弁護士が解説
「父が亡くなり相続の話し合いを進めようとしたが、母が認知症で協議に参加できない」「兄弟の一人がすでに認知症と診断されており、遺産分割協議書にサインできない状況だ」——こうした問題を抱えて弁護士に相談するご家族は、年々増加しています。高齢化が進む日本では、相続が発生した時点ですでに相続人の一人が認知症を患っているケースは珍しくありません。
しかし、認知症の相続人がいる場合でも、「家族みんなが話し合えばなんとかなるだろう」と軽く考えていると、後日、遺産分割協議が無効と判断される深刻なリスクがあります。本記事では、認知症の相続人がいる場合に遺産分割をどのように進めるべきか、成年後見制度の活用方法や注意点を含め、横浜の弁護士がわかりやすく解説します。
認知症の相続人がいると遺産分割協議はなぜできないのか
遺産分割協議は、相続人全員が参加し、それぞれが法律上有効な意思表示をすることで成立します。意思能力(自分の行為の結果を理解・判断する能力)を欠く状態の人がした法律行為は、民法第3条の2により無効とされています。認知症によって判断能力が失われている場合、その相続人が行った意思表示は無効となり、遺産分割協議全体が効力を持たないことになります。
「本人が署名押印してくれたからよい」「家族が代わりにサインした」という対処は法律上許されません。たとえ本人が同意しているように見えても、医師から判断能力の低下が認められている状態であれば、その意思表示は法的に無効と判断される可能性があります。後から相続人の一人に異議を申し立てられると、遺産分割協議が白紙に戻るリスクがあるため、適切な手続きを踏むことが非常に重要です。
判断能力のない相続人を除いた遺産分割協議も無効になる
「判断能力のない相続人のことは後回しにして、他の相続人だけで先に遺産分割を進めてしまおう」と考えるケースもありますが、これも法律上認められません。遺産分割協議は相続人全員が参加することが必須であり、一部の相続人を除外して行われた協議は無効です(最高裁昭和42年3月3日判決)。
また、判断能力のない相続人に対して、その旨を知りながら署名を求めたり、代理人でもない家族が勝手に押印したりすることは、後日の訴訟において重大な問題となる場合があります。遺産分割協議が無効とされれば、その後に行った相続登記や預貯金の解約なども無効となり、手続きをやり直す必要が生じます。
成年後見制度とは?後見・保佐・補助の3類型
判断能力が不十分な方を法律的に保護し、財産管理や身上監護を支援する制度が「成年後見制度」です。判断能力の程度に応じて、以下の3つの類型があります。
| 類型 | 対象となる状態 | 根拠条文 | 代理・同意の範囲 |
|---|---|---|---|
| 後見 | 判断能力を欠く常況(重度の認知症など) | 民法第7条 | 財産に関する法律行為を後見人が代理 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分(中程度の認知症など) | 民法第11条 | 重要な法律行為について保佐人の同意が必要 |
| 補助 | 判断能力が不十分(軽度の認知症など) | 民法第15条 | 特定の法律行為について補助人の同意・代理が可能 |
遺産分割協議は財産に関する重要な法律行為であるため、「後見」の類型であれば成年後見人が本人を代理して協議に参加します。「保佐」の場合は、遺産分割協議への参加について保佐人の同意が必要となる場合があります。「補助」の場合は、補助人の代理権・同意権の範囲が審判によって定められているため、個別に確認が必要です。
成年後見の申立ては、家庭裁判所(本人の住所地を管轄するもの)に対して行います。申立てができる人は、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市区町村長などです。
成年後見人が遺産分割協議に参加する際のルールと注意点
成年後見人が選任された場合、成年後見人は被後見人(認知症の相続人)を代理して遺産分割協議に参加します。その際、最も重要な原則が「法定相続分以上の取得」です。
成年後見人は、被後見人の利益を最大限に守る義務を負っています(民法第858条)。そのため、被後見人が法定相続分を下回る取得となるような遺産分割協議には、原則として同意することができません。たとえ他の相続人の事情や家族全体の希望がどうであれ、被後見人に不利な内容の協議には応じられないのが原則です。これは家族にとって「思い通りの分割ができない」と感じる場面もあり、成年後見制度を利用する際に注意が必要な点のひとつです。
利益相反が生じる場合は特別代理人が必要
成年後見人自身も相続人である場合、成年後見人と被後見人の利益が相反する関係(利益相反)が生じます。この場合、成年後見人は被後見人を代理できず、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立てる必要があります(民法第860条、第826条準用)。特別代理人が選任されると、その者が遺産分割協議において被後見人を代理します。
成年後見の申立て手続きの流れと期間・費用の目安
成年後見開始の審判を申し立てる際の一般的な流れと目安は以下のとおりです。
- 必要書類の収集:申立書、本人の戸籍謄本・住民票、後見人候補者の住民票、本人の診断書(所定の書式)、財産目録・収支予定表などを準備します。
- 家庭裁判所への申立て:本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。申立手数料は800円(収入印紙)、登記手数料は2,600円(収入印紙)です。
- 審理期間:申立てから審判まで、おおむね2〜4か月程度かかることが多いとされていますが、事案の複雑さや裁判所の状況によって異なります。場合によっては半年以上を要することもあります。
- 後見人の選任:家庭裁判所が後見人を選任します。親族が候補者として申立てに記載することもできますが、必ずしも候補者が選任されるわけではありません。
- 後見開始後の継続的管理:後見人は毎年、家庭裁判所に財産状況の報告を行う義務があります。
弁護士や司法書士などの専門職に後見申立てを依頼する場合の費用は、事務所によって異なりますが、10万円〜30万円程度が目安とされています。また、専門職後見人が選任された場合、毎月の後見報酬が発生します(月額2万円〜6万円程度が目安で、財産額等によって異なります)。
家族が成年後見人になれるか?専門職後見人の実情
「家族が後見人になりたい」と希望されるケースは多いですが、実際には弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職後見人が選任される割合が高い傾向があります。最高裁判所の統計によると、近年新たに選任された後見人等のうち、親族後見人の割合は約20%程度にとどまり、残りの多くは専門職後見人が占めているとされています。
家族を後見人候補として申し立てても、家庭裁判所が「専門職の関与が必要」と判断した場合は、専門職後見人が選任されることになります。特に、財産が多い場合、相続人間に紛争の可能性がある場合、後見事務が複雑な場合などに専門職後見人が選任されやすい傾向があります。
なお、成年後見制度は「被後見人が亡くなるまで続く」という特徴があります。遺産分割協議のためだけに制度を利用しても、その後も後見は継続することになるため、長期的なコストや管理の手間も考慮に入れる必要があります。
まとめ|認知症の相続人がいる場合は早めの弁護士相談が重要
認知症の相続人がいる場合に遺産分割を適切に進めるためには、成年後見制度の利用が必要となるケースがほとんどです。しかし、後見申立ての手続きは複雑で時間もかかるため、相続発生後にできる限り早く専門家に相談することが重要です。
また、遺産分割協議の内容が法定相続分を下回るものにならざるを得ない事情がある場合や、特別代理人の選任が必要になる場合など、手続きが多岐にわたるケースも少なくありません。横浜で相続問題を抱えておられる方は、できるだけ早い段階で弁護士にご相談いただくことで、適切な解決策を見つけやすくなります。
さらに、親が元気なうちに「公正証書遺言の作成」や「家族信託の活用」など、認知症になった場合に備えた生前対策を検討することも、後々の相続トラブルを防ぐうえで有効な手段となる場合があります。万が一のリスクに備えた早めの準備を、ぜひお近くの弁護士に相談してみてください。
認知症の相続人がいる場合の遺産分割、まずはご相談ください
タングラム法律事務所では、相続や遺留分侵害額請求の事案について豊富な実績を有しております。認知症の相続人がいるケースでの成年後見申立て支援、遺産分割協議への同行対応など、横浜を拠点に幅広くサポートいたします。初回相談はお気軽にお問い合わせください。
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