遺産の使い込みの証拠の集め方|預金の取引履歴の取得方法を弁護士が解説
遺産の使い込みの証拠の集め方|預金の取引履歴の取得方法を弁護士が解説
「親が亡くなって預金を確認したら、残高が思っていたよりずっと少なかった」「同居していた兄弟が、親の口座から生前に大きなお金を引き出していたようだ」——相続の場面では、こうした遺産(預金)の使い込みをめぐる争いが少なくありません。疑いを口にした途端に関係がこじれ、遺産分割の話し合いそのものが止まってしまうこともあります。
使い込みを取り戻すためにまず必要になるのが、「誰が・いつ・いくら引き出したのか」を裏づける証拠です。この記事では、預金の取引履歴を取得する方法、単独での開示請求を認めた最高裁判例、集めておきたい証拠、返還請求までの流れを横浜の弁護士が整理します。
遺産の使い込みとは?よくあるケース
ここでいう使い込みとは、被相続人(亡くなった方)の財産を、正当な理由なく自分のために費消してしまうことを指します。典型的には、次のようなケースがあります。
- 生前、財産管理を任されていた相続人が、無断で預金を引き出して自分の生活費などに充てていた
- 死亡後、口座凍結前に、キャッシュカードで預金を引き出して費消した
- 被相続人名義の株式や生命保険を無断で解約して金銭を取得した、家賃を一人の相続人が受け取り続けていた
これらは、被相続人の生前に行われたのか、死亡後に行われたのかによって法律上の扱いが変わります。この点は後ほど整理しますが、いずれのケースでも出発点になるのは、お金の流れを客観的に示す証拠の確保です。
まず取得すべき証拠は「預金の取引履歴」
使い込みの調査で中心となる証拠は、金融機関が保管している預金口座の取引履歴(取引経過)です。通帳が手元にあっても記帳されていない期間があったり、通帳自体が見つからないことも珍しくないため、金融機関に過去の取引履歴の開示を請求します。
相続人の一人からでも開示請求できる(最高裁平成21年1月22日判決)
「他の相続人が協力してくれないと銀行は取引履歴を見せてくれないのでは」と不安に思う方は多いです。しかし最高裁判所平成21年1月22日判決は、共同相続人の一人は、他の共同相続人全員の同意がなくても、単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を金融機関に請求できると判断しました。
この判例以降、実務では相続人の一人からの開示請求に応じる金融機関が一般的です。使い込みが疑われる場面で、他の相続人の協力を待たずに自分だけでも取引履歴を取り寄せられる点は、大きな意味があります。
開示請求の手続きの流れ
金融機関ごとに手続きは異なりますが、おおむね次のような書類を求められます。事前に各金融機関の相続手続き窓口に確認しておくとスムーズです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 請求できる人 | 相続人(共同相続人の一人からでも可)、遺言執行者など |
| 主な必要書類 | 被相続人の死亡がわかる戸籍(除籍)、請求者が相続人であることがわかる戸籍、請求者の本人確認書類、印鑑登録証明書など(金融機関により異なる) |
| 取得できる範囲 | 金融機関の保存期間内の取引履歴。過去10年程度は保存されていることが多いが、期間には限界がある |
| 費用・期間 | 1口座あたり数百円〜数千円程度の手数料がかかり、発行までに数日〜数週間かかる場合がある |
どの金融機関に口座があるか分からない場合の調べ方については、相続財産の調査方法|預貯金・不動産・株式の調べ方の記事もあわせてご覧ください。
取引履歴以外に集めておきたい証拠
取引履歴で不自然な出金が見つかっても、それだけで使い込みが認められるとは限りません。相手方から「本人に頼まれた」「生前贈与を受けた」といった反論が出ることが多いためです。そこで次のような資料もあわせて集め、出金が本人の意思に基づかないことを裏づけます。
- 出金方法の記録:窓口での払戻請求書、ATMの利用場所・時刻、振込先の情報。誰が手続きしたかを推認する材料になります
- 被相続人の心身の状態を示す資料:介護認定の記録、診断書、カルテ、施設の入所・入院記録。認知症の進行や入院で、本人が自分で出金できる状態でなかったことを示せる場合があります
- 使途・生活実態に関する資料:高額出金の直後の相手方の支出や、本来の生活費とかけ離れた金額が出ていないか
これらは、金融機関以外に、市区町村(介護記録)、医療機関、施設などから取り寄せます。相続人でも第三者からの資料取得には限界があり、弁護士が代理人として照会(弁護士会照会など)を行うことで収集できる資料もあります。
生前の使い込みと死亡後の使い込みで請求方法が異なる
証拠が集まったら返還を求めますが、使い込みが被相続人の生前か死亡後かによって法律上の整理が変わる点に注意が必要です。
| 時期 | 法律構成の考え方 |
|---|---|
| 生前の使い込み | 被相続人が加害者(相続人)に対して持っていた不当利得返還請求権(民法703条・704条)や不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)を、相続人が相続分に応じて相続し、これを行使する |
| 死亡後の使い込み | 各相続人が相続分に応じて不当利得返還請求等を行う。あわせて、民法906条の2により、相続人全員の同意(使い込んだ相続人の同意は不要)で、処分された財産を遺産分割の対象に含めることもできる |
民法704条では、法律上の原因がないことを知りながら利益を受けた「悪意の受益者」は、受けた利益に利息を付して返還し、なお損害があれば賠償責任も負うとされています。どの構成で請求するのが有利かはケースにより異なります。
使い込みの返還請求には時効がある
返還請求には時効があり、放置すると請求できなくなるおそれがあります。主な期間は次のとおりです。
- 不当利得返還請求:権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年(民法166条1項)
- 不法行為に基づく損害賠償請求:損害および加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年(民法724条)
いつから時効が進むか(起算点)の判断は難しく、争いになることもあります。時間が経つほど証拠も散逸するため、疑いを持った段階で早めに動くことが大切です。
話し合いで解決しない場合の手続き
使い込みの返還は、まず当事者間の交渉で求めることが多いですが、相手が使い込みを否定したり金額に折り合いがつかなかったりすると、次のような手続きを検討します。
- 遺産分割調停・審判:死亡後の使い込みで民法906条の2により遺産に含める合意ができる場合などは、家庭裁判所の遺産分割手続の中で扱える可能性があります
- 民事訴訟:不当利得返還請求や損害賠償請求そのものは、遺産分割とは別に、地方裁判所・簡易裁判所での民事訴訟で争うのが基本です
使い込みの争いは遺産分割が進まなくなる原因にもなります。話し合いに応じてもらえないケースへの対応は、遺産分割協議に応じない相続人への対処法もご参照ください。名義が家族名義でも実質は被相続人の財産といえる「名義預金」が絡む場合の考え方は、名義預金と相続の記事で解説しています。
よくある質問(FAQ)
被相続人の預金の取引履歴は、相続人の一人だけでも銀行に開示請求できますか?
できる場合があります。最高裁判所平成21年1月22日判決は、共同相続人の一人は、他の相続人全員の同意がなくても、単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を金融機関に請求できると判断しました。実務上も、一人からの開示請求に応じる金融機関が一般的です。
使い込みの証拠として、どのような資料を集めればよいですか?
預金の取引履歴(取引明細)が基本の資料です。あわせて、窓口での払戻請求書、被相続人の当時の介護記録や診断書、施設の入所記録などが、誰がいつ出金したか・本人の意思に基づく出金かを判断する材料になります。
使い込まれたお金を取り戻す請求に時効はありますか?
あります。不当利得返還請求は、権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年で時効消滅します(民法166条1項)。不法行為に基づく損害賠償請求は、損害と加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年です(民法724条)。
生前に使い込まれた場合と、亡くなった後に使い込まれた場合で扱いは違いますか?
違います。生前に無断で出金された分は、被相続人が持っていた返還請求権等を相続人が相続分に応じて相続し行使します。死亡後に引き出された分は、各相続人が相続分に応じて不当利得返還請求等を行うほか、民法906条の2により相続人全員の同意(使い込んだ相続人の同意は不要)で遺産分割の対象に含めることもできます。
まとめ
遺産の使い込みを取り戻すには、まず「誰が・いつ・いくら」を示す証拠の確保が出発点です。中心となるのは金融機関の取引履歴で、最高裁平成21年1月22日判決により相続人の一人からでも開示請求ができます。あわせて被相続人の心身の状態や使途に関する資料を集め、出金が本人の意思に基づかないことを裏づけていきます。
使い込みの争いは、生前か死亡後かで法律構成が変わり、時効の問題もあるため判断に迷う場面が多い分野です。立証の難しさに一人で悩まず、早めに弁護士に相談することで取り得る手段と見通しを整理できます。
遺産の使い込みでお困りの方は、横浜のタングラム法律事務所へ
タングラム法律事務所では、相続や遺留分侵害額請求の事案について豊富な実績を有しております。預金の取引履歴の分析から返還請求・遺産分割まで、証拠の見極めと今後の見通しを踏まえてご対応します。
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