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固定残業代(みなし残業)制度が有効とされる条件と無効になるリスク|横浜の弁護士が解説

固定残業代(みなし残業)制度が有効とされる条件と無効になるリスク|横浜の弁護士が解説

固定残業代(みなし残業)制度が有効とされる条件と無効になるリスク|横浜の弁護士が解説

2026/04/30

固定残業代(みなし残業)制度が有効とされる条件と無効になるリスク|横浜の弁護士が解説

残業代の管理コストを抑えたい中小企業経営者のあいだで、「固定残業代」(みなし残業代)制度の導入が広まっています。月給の中に一定時間分の残業代をあらかじめ含めて支払うこの仕組みは、給与計算の簡素化や人件費の予測可能性という点で魅力的に見えます。しかし、制度の設計や運用を誤ると「無効」と判断され、多額の追加残業代請求を受けるリスクがあります。

本記事では、固定残業代制度の有効要件と無効になる典型的なケース、そして適法な制度設計のポイントを、横浜の弁護士の視点からわかりやすく解説します。

固定残業代制度(みなし残業)とは?基本的な仕組みを確認する

固定残業代制度とは、毎月の賃金の中に「一定時間分の残業代をあらかじめ含めて支払う」制度のことです。たとえば「月給30万円(うち固定残業手当4万円・30時間分相当)」といった形で、実際の残業時間にかかわらず一定額を残業代として支払う仕組みです。

この制度自体は、労働基準法第37条に定める割増賃金制度の趣旨に反しない限り有効と解されています。適切に設計・運用されれば、給与計算の簡素化や採用時の給与提示のわかりやすさという点で合理的な面もあります。

ただし、「固定残業代を支払っているから残業代はすべて支払い済み」という認識は非常に危険です。最高裁判例は、固定残業代が有効と認められるための明確な条件を示しており、それを満たさない場合は固定残業代の支払いが「残業代の支払いとしては無効」と判断されることがあります。

固定残業代が「有効」と認められるための3つの条件

最高裁判所の判例を踏まえると、固定残業代制度が労働基準法第37条の趣旨に反せず有効と認められるためには、おおむね以下の3つの要件を満たすことが必要と解されています。

要件 具体的な内容
① 明確な区分 通常の賃金部分(基本給)と固定残業代(割増賃金)部分が、雇用契約書・給与明細上で明確に区別されていること
② 対応時間数の明示 固定残業代が「何時間分の時間外・深夜・休日労働」に相当するかが明示されていること
③ 超過分の追加支払い 固定残業代の対応時間数を超えて残業が生じた場合、超過分について別途割増賃金を支払っていること

①の「明確な区分」については、「月給30万円(残業代含む)」という包括的な記載だけでは要件を満たさない可能性が高いと解されています。②の「対応時間数の明示」がなければ超過分の計算基準が不明確となります。③については、実際に超過が生じた月に追加支払いを行っていることが運用上も重要です。

最高裁が示した判断基準——日本ケミカル事件を中心に

固定残業代制度の有効性について重要な指針を示した最高裁判決として、2017年(平成29年)の「日本ケミカル事件」(最高裁判所第一小法廷判決・平成29年7月7日)があります。この判決では、「雇用契約において基本給の一部又は全部が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされている場合、そのことが雇用契約において明確にされていることが必要である」と判示されました。

また同判決は、使用者が労働基準法第37条所定の方法により算定した額以上の割増賃金を支払っているか否かを判断するためには、時間外労働等に対する対価として支払われているものとそれ以外の賃金とを区別することができなければならないとも示しています。

それ以前の「テックジャパン事件」(最高裁判所第三小法廷判決・平成24年3月8日)でも、みなし残業代の有効性について厳格な判断が示されており、単に「残業代込み」と定めるだけでは足りないことが確認されています。

これらの判例は、固定残業代制度の設計において「明確な区分」と「時間数の特定」がいかに重要かを示すものであり、横浜を含む全国の労働審判・裁判においても参照されています。

【参考】 時間外労働の割増賃金率は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた場合に原則2割5分以上(労働基準法第37条第1項)、月60時間超の部分は5割以上とされています(中小企業への適用は2023年4月から)。深夜・休日労働にはさらに高い割増率が適用されます。

固定残業代が「無効」になる典型的なケース

以下のようなケースでは、固定残業代が「残業代の支払いとして無効」と判断されるリスクがあると考えられます。

ケース1:求人票や雇用契約書に「残業代込み」と記載するだけで時間数・金額が不明確

「月給25万円(諸手当・残業代含む)」という記載だけでは、何時間分の残業代がいくら含まれているのかが不明確であり、区分の明確性を欠く可能性があります。この形態は中小企業の現場では珍しくありませんが、争いになった場合に固定残業代全額が無効と判断されるリスクがあります。

ケース2:固定残業代を差し引くと基本給が最低賃金を下回る

固定残業代を差し引いた基本給部分が都道府県別の最低賃金(最低賃金法参照)を下回る場合、最低賃金法違反の問題が生じることがあります。横浜を擁する神奈川県の最低賃金は全国でも高い水準にあるため、特に注意が必要です。固定残業手当を大きく設定することで基本給部分が実質的に圧縮されていないか、定期的に確認することをお勧めします。

ケース3:固定残業代の対応時間数を超えているのに追加支払いをしていない

固定残業代が「30時間分相当」と定められているにもかかわらず、実際の残業時間が常態的に40時間・50時間に及んでいて、超過分について追加支払いをしていない場合は、労働基準法第37条違反となります。こうした状態が長期間続いていると、未払い残業代の総額が膨大になる可能性があります。

ケース4:労使間の合意なしに就業規則で一方的に定めているだけ

就業規則に固定残業代制度を規定するだけで、個々の雇用契約書(または労働条件通知書)で従業員に具体的な条件を明示していない場合、後から「制度の存在を知らなかった」「合意していない」という主張を受けるリスクがあります。就業規則と雇用契約書の双方を整備することが重要です。

無効と判断された場合の法的リスク——追加残業代請求の規模感

固定残業代が無効と判断された場合、会社は過去にさかのぼって割増賃金を追加支払いしなければならないリスクがあります。

労働基準法上の賃金請求権の消滅時効は、2020年の改正により、2020年4月以降に支払われるべき賃金については当分の間3年間とされています(労働基準法第115条参照)。将来的には5年に延長される可能性も議論されています。

具体的に試算すると、従業員10名が平均で月5万円の追加残業代を3年分請求した場合、その総額は1,800万円にのぼる計算となります。さらに、会社に悪質性が認められる場合は、追加残業代に加えて同額の付加金(労働基準法第114条)の支払いを命じられることがあります。その場合、総額は倍近くに達する可能性もあります。

また、従業員から労働基準監督署へ申告がなされた場合や、労働審判・訴訟に発展した場合は、社内の労務管理全体が精査されるため、他の法令違反が連鎖して発覚するリスクも生じます。紛争解決コストは会社経営に深刻な影響を与えかねません。

適法な固定残業代制度の設計と就業規則・雇用契約書の整備

固定残業代制度を適法に導入・維持するためには、以下のポイントを踏まえた制度設計と書類整備が重要と考えられます。

① 雇用契約書・労働条件通知書での明示(最重要)

雇用契約書に「基本給○○円」「固定残業手当○○円(時間外労働○時間分相当)」と明確に区分して記載します。「残業代込み」という包括的な記載は避け、対応時間数・金額の両方を具体的に明示してください。

② 就業規則への規定と周知

就業規則(労働基準法第89条)に固定残業代に関する制度を明確に規定し、全従業員が閲覧できる形で周知します。就業規則の作成・届出は、常時10名以上の労働者を使用する事業場では法的義務です。

③ 勤怠管理の徹底

固定残業代の対応時間数を超えた残業が発生した場合に追加支払いを適正に行うためには、勤怠の正確な把握が前提となります。タイムカードや勤怠管理システムで実態を把握する体制を整えることが重要です。

④ 給与明細への明示

毎月の給与明細にも、基本給・固定残業代・追加残業代(超過分がある場合)を別々に明示します。これにより従業員への透明性が確保され、後日のトラブルを未然に防ぐことができます。

⑤ 定期的な実態との照合・見直し

従業員の役割変更や業務量の変化に応じて、固定残業代の設定時間数が実態に即しているかを少なくとも年1回は確認します。常態的に対応時間を超えているようであれば、設定の見直しが必要です。

なお、既存の雇用契約書や就業規則の内容を変更する際は、従業員との合意(労働契約法第9条・第10条参照)が必要になる場合があります。不利益変更を伴う場合は特に慎重な対応が求められます。変更手続きを誤ると、それ自体が新たなトラブルの原因になりかねません。固定残業代制度の導入・見直しを検討されている場合は、横浜エリアで労働法務を扱う弁護士への事前相談を強くお勧めします。

まとめ

固定残業代(みなし残業)制度は、適法に設計・運用されれば中小企業にとって有用な仕組みです。しかし、「明確な区分」「対応時間数の明示」「超過分の追加支払い」という最高裁が示した3つの要件を満たしていなければ、多額の未払い残業代請求という深刻なリスクに直面することになりかねません。

現在の雇用契約書や就業規則の内容に不安がある場合は、弁護士に早めに確認することをお勧めします。

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本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律相談ではありません。固定残業代制度の適法性や具体的な対応については、事案の詳細によって判断が異なる場合があります。具体的な案件については弁護士にご相談ください。

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