アジャイル開発の契約|準委任と偽装請負リスクを弁護士が解説
アジャイル開発の契約|準委任と偽装請負リスクを弁護士が解説
「アジャイル開発で進めたいが、契約書をどう作ればよいか分からない」「ベンダから準委任契約を提案されたが、成果物が保証されないのではないか」——新規サービスの開発やDXの取組みを外部に委託しようとする事業者の方から、こうしたご相談をいただくことが増えています。開発の進め方は決まっているのに、契約の形だけが従来のまま残ってしまい、あとから食い違いが表面化するケースが少なくありません。
この記事では、アジャイル開発を外部に委託する場合の契約について、なぜ準委任契約が原則とされるのか、請負契約にした場合にどのようなリスクがあるのか、偽装請負と指摘されないためにどう運用すべきか、契約書に何を定めておくべきか、そしてプロジェクトが停滞・頓挫したときに責任がどう整理されるのかを、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)のモデル契約と裁判例をもとに、横浜の弁護士が順に解説します。
アジャイル開発とウォーターフォール開発の契約上の違い
ウォーターフォール開発では、要件定義・外部設計・内部設計・製造・テストという工程を順に進め、開発対象の要件と仕様を先に確定させます。契約の観点からは、完成すべき成果物をあらかじめ特定できるため、請負契約になじみやすい構造です。
これに対してアジャイル開発は、短い周期(スプリント)で開発とリリースを繰り返し、実際に動くものに対する評価を踏まえて、機能の追加・変更や優先順位の入替えを柔軟に行っていく手法です。開発を始める時点では、最終的に何がどこまで実装されるかを確定できません。つまり、「完成すべき仕事」を契約時に特定できないという点が、契約類型の選択に決定的な影響を与えます。
IPAが公開している「情報システム・モデル取引・契約書(アジャイル開発版)」(2020年3月31日公開、2025年4月8日最終更新)は、開発手法としてスクラムを採用することを前提に、この特徴を契約条項に落とし込んだものです。中小企業が自社でゼロから契約書を起案するよりも、このモデル契約を出発点としたほうが、論点の抜け漏れを防ぎやすくなります。
アジャイル開発の契約が「準委任」を前提とする理由
IPAのアジャイル開発版モデル契約は、あらかじめ特定した成果物の完成に対して対価を支払う請負契約ではなく、ベンダ企業が専門家として業務を遂行すること自体に対価を支払う準委任契約を前提としています。理由は単純で、開発対象が固定されていない以上、「仕事の完成」という請負契約の中核部分を契約時に定義できないからです。
準委任契約には、民法の委任の規定が準用されます。実務上とくに重要なのは次の2点です。
- 民法648条3項:委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行ができなくなったとき、または委任が履行の中途で終了したときは、受任者は既にした履行の割合に応じて報酬を請求できます。スプリント単位で報酬を精算する運用と親和的です。
- 民法651条:委任は各当事者がいつでも解除できますが、相手方に不利な時期に解除したときは、やむを得ない事由がある場合を除き、相手方の損害を賠償しなければなりません。
準委任契約では、ベンダは善管注意義務を負い、プロダクトの価値向上に向けて担当業務を行うとともに、バックログに関する助言やプロダクトの技術的なリスクに関する説明を行うことが求められます。「成果物が保証されない」というより、「専門家として尽くすべき注意の水準が義務の内容になる」と理解するのが正確です。準委任と請負の一般的な違いについては、準委任契約と請負契約の使い分け方の記事も併せてご覧ください。
請負契約でアジャイル開発を行った場合のリスク
契約自由の原則がありますので、アジャイル開発を請負契約で行うこと自体が違法になるわけではありません。しかし、次のような紛争の火種を抱え込むことになります。
「完成」の基準をめぐる対立
請負では仕事の完成が報酬請求の前提となります。開発対象が動くたびに変わっていく中で完成の基準が共有されていないと、ユーザは「当初の説明と違う」と主張し、ベンダは「合意された範囲は実装済みだ」と主張する、典型的な水掛け論になります。
契約不適合責任の期間制限
納品物に種類・品質に関する契約不適合があった場合、注文者は、その不適合を知った時から1年以内にその旨を請負人に通知しなければ、追完請求・報酬減額請求・損害賠償請求・契約解除をすることができません(民法637条1項)。ただし、引渡し時に請負人が不適合を知り、または重大な過失によって知らなかったときは、この期間制限は適用されません(同条2項)。継続的にリリースを重ねるアジャイル開発では、どのリリースを「引渡し」とみるかが不明確になりやすく、期間管理が難しくなります。契約不適合責任の基本的な考え方は契約不適合責任とはの記事で整理しています。
中途終了時の精算
請負の場合、注文者は仕事が完成しない間はいつでも損害を賠償して契約を解除できます(民法641条)。また、注文者の責めに帰することができない事由で仕事を完成できなくなったとき、または仕事の完成前に解除されたときは、既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなし、請負人は注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求できます(民法634条)。もっとも、どこまでが「可分な部分」で、どの程度の「利益」を受けたといえるのかは評価の問題であり、争いになりやすい点です。
偽装請負と指摘されないための実務上の注意点
アジャイル開発では、ユーザ側のプロダクトオーナーとベンダ側の開発チームが日常的に密接なやり取りを行います。この距離の近さから、「発注者が受注者の労働者に直接指揮命令をしているのではないか」、すなわち偽装請負ではないかという指摘を受けるリスクが指摘されてきました。
この点について、厚生労働省は2021年9月に「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)に関する疑義応答集(第3集)」を公表しています。ここでは、アジャイル型開発と呼ばれるシステム開発取引のように、発注者側と受注者側の開発関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合には、適正な請負等と評価されるという考え方が示されました。IPAのモデル契約もこの疑義応答集を参照し、内容を踏まえて開発を進めることで懸念の解消が期待されるとしています。
実務では、次のような点に注意して運用することが考えられます。
- ユーザは「何を作るか(What)」の優先順位を示し、「どう作るか(How)」や作業の割当ては開発チームの自律的判断に委ねる
- ベンダ側の個々の担当者に対して、作業時間・作業手順・勤怠を直接管理・指示しない
- ベンダ側の要員について、ユーザが個人を特定して指名・交代を求めるような運用を避ける
- スクラムマスターはベンダが選任し、チーム内の調整はベンダ側で完結させる
- 協議の場(デイリースクラム、スプリントレビュー等)の位置づけを契約書や進め方の指針に明記しておく
アジャイル開発の契約書で定めておくべき項目
IPAのモデル契約の構成を踏まえると、少なくとも次の項目を契約書と別紙で明確にしておくことが望まれます。
| 項目 | 定めておくべき内容 |
|---|---|
| 契約類型 | 準委任契約であることと、その意味(完成義務を負わないこと・善管注意義務を負うこと)を双方が理解していること |
| 体制と役割 | プロダクトオーナーはユーザ企業が選任し権限を委譲すること、スクラムマスターはベンダ企業が選任すること、開発チームの規模 |
| 開発の進め方 | バックログの作成・管理の方法、スプリントの長さ、各種イベントの実施。詳細は変更しやすい「進め方の指針」に委ねる |
| 報酬と期間 | スプリント単位・月額単位などの算定方法、支払時期、中途終了時の精算方法 |
| 知的財産権 | プログラムの著作権の帰属時期、ベンダの汎用モジュールやOSSの取扱い、第三者の権利侵害があった場合の対応 |
| 問題解消協議 | プロダクトオーナーや開発メンバーが役割を果たさず開発が停滞した場合に、権限のある責任者を交えて協議する手続 |
| 終了と引継ぎ | 解除・終了の要件と手続、仕掛中の成果物・ソースコード・ドキュメントの引渡し、秘密情報の返還 |
IPAは、契約締結に先立って双方の認識を揃えるための契約前チェックリストも公開しています。プロジェクトの目的とゴールが明確か、関係者がスクラムを理解しているか、開発対象がアジャイル開発に適した規模か、適切なプロダクトオーナーを選任し権限委譲ができるか、といった項目を双方で確認する内容です。契約書の文言を詰める前に、この段階で認識の齟齬を洗い出しておくことが、後の紛争予防に直結します。契約書全般のチェックの考え方は、当事務所の企業法務のご相談のページでもご案内しています。
プロジェクトが停滞・頓挫したときの責任の整理
準委任契約であっても、プロジェクトが失敗したときに責任が問われないわけではありません。システム開発紛争では、ベンダのプロジェクトマネジメント義務とユーザの協力義務という二つの枠組みが用いられてきました。
東京地方裁判所平成16年3月10日判決(判例タイムズ1211号129頁)は、システム開発はベンダの努力のみによってなし得るものではなく、ユーザも開発に協力すべき義務を負うと判示しました。この協力義務には、契約上ユーザの責任とされた作業を円滑に行う作為義務のほか、仕様凍結の合意に反して大量の追加開発要望を出し、ベンダにその対応を強いることによって開発を妨害しないという不作為義務も含まれるとされています。
ベンダ側の義務については、東京高等裁判所平成25年9月26日判決(スルガ銀行対日本IBM事件の控訴審。最高裁判所平成27年7月8日の決定により確定)が、開発過程で得られた情報を集約・分析し、専門的知見を用いてユーザに必要な説明を行い、その了解を得ながら必要な修正・調整を行いつつ開発を進める義務として、プロジェクトマネジメント義務を整理しています。同判決は、予算・納期を満たすことが困難であると早期に認識していながら十分な説明や提言をしなかった点に義務違反を認めました。
他方、札幌高等裁判所平成29年8月31日判決(旭川医科大学対NTT東日本事件)は、仕様確定後に大量の追加要望を出したユーザ側の行為を協力義務違反と評価し、原審と異なる責任の分配を導いています。ユーザ側だから常に保護されるわけではない、ということを示す裁判例です。
アジャイル開発では、追加・変更それ自体は当然に想定されているため、これらの枠組みがそのまま当てはまるわけではありません。もっとも、プロダクトオーナーが意思決定を放置した、ベンダが技術的リスクを説明しなかった、といった事情は、善管注意義務や協力義務の評価に影響し得ると考えられます。頓挫時の責任分配の全体像についてはシステム開発の頓挫は誰の責任かの記事も参考になります。
よくある質問
アジャイル開発でも請負契約にすることはできますか?
契約自由の原則がありますので、請負契約とすること自体は可能です。もっとも、請負契約は「仕事の完成」に対して報酬を支払う契約であるため、開発対象の範囲を短い周期で見直していくアジャイル開発とは相性がよくありません。完成すべき内容が特定できないまま請負契約を締結すると、何をもって完成といえるのかをめぐって紛争になりやすくなります。IPAのアジャイル開発版モデル契約も準委任契約を前提としています。
準委任契約だと、成果物が完成しなくても報酬を支払わなければならないのですか?
準委任契約では、ベンダが専門家として善管注意義務を尽くして業務を遂行したこと自体に対して報酬が発生します。したがって、当初期待した機能がすべて実装されなかったとしても、業務が適切に遂行されていれば報酬の支払義務は生じ得ます。もっとも、ベンダが必要な体制を確保しない、技術的リスクを説明しないなど善管注意義務に違反した場合には、債務不履行を理由に損害賠償を請求できる余地があります。
プロダクトオーナーには社内の誰を選任すべきですか?
IPAのモデル契約では、プロダクトオーナーはユーザ企業が選任し、開発チームが必要とする情報や意思決定を適時に提供する役割を担うとされています。そのため、開発対象の優先順位を自ら決められる権限が委譲されていることが重要です。決裁のたびに上位者の承認が必要な担当者を形式的に置くと、意思決定が滞り開発が停滞する原因になります。
ベンダの開発担当者に直接指示を出すと偽装請負になりますか?
発注者が受注者の労働者に対して直接業務の指揮命令を行うと、形式上は業務委託でも労働者派遣に該当すると評価されるおそれがあります。厚生労働省が2021年9月に公表した37号告示に関する疑義応答集(第3集)では、発注者側と受注者側の開発関係者が対等な立場で協議し、受注者側の担当者が自律的に判断して開発業務を行っている場合には、適正な請負等と評価されるとの考え方が示されています。協議と指揮命令の区別を意識した運用が必要です。
開発の途中で契約を終了したい場合はどうすればよいですか?
準委任契約では、民法651条1項により各当事者がいつでも解除できるのが原則ですが、相手方に不利な時期に解除した場合には同条2項により損害賠償義務を負うことがあります。また、民法648条3項により、委任が履行の中途で終了したときは、受任者は既にした履行の割合に応じて報酬を請求できます。契約書で終了の手続、精算の範囲、仕掛中の成果物や資料の取扱いをあらかじめ定めておくことが有効です。
まとめ
アジャイル開発の契約について、押さえておきたい点を整理します。
- 開発対象を契約時に確定できないため、IPAのモデル契約は準委任契約を前提としている
- 請負契約とする場合は「完成」の基準、契約不適合責任の起算点、中途終了時の精算が争点になりやすい
- 偽装請負のリスクは、対等な協議と開発チームの自律的判断という運用の実質で判断される
- 体制・役割、進め方、報酬、知的財産権、問題解消協議、終了と引継ぎを契約書で明確にする
- プロジェクトが停滞したときは、ベンダのプロジェクトマネジメント義務とユーザの協力義務の双方から責任が検討される
アジャイル開発の契約は、ひな形の条文を当てはめれば足りるものではなく、実際の開発体制や意思決定の流れと契約書の記載が一致していることが重要です。契約書上は準委任と書かれているのに、運用は事実上の請負や派遣に近いという状態は、報酬の精算でも偽装請負の指摘でも不利に働きます。締結前の段階で、想定している進め方を前提に条項を組み立てておくことが、結果としてトラブル対応のコストを抑えることにつながります。
当事務所は横浜・山下公園に所在し、IT企業・ウェブ事業者からのご相談にも対応しています。既に取引先から提示された契約書がある場合も、その内容が自社の進め方に合っているかという観点から検討することが可能です。
アジャイル開発・システム開発の契約でお困りの事業者の方へ
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