トレントの損害賠償で給料は差し押さえられるか|判決後の強制執行
トレントの損害賠償で給料は差し押さえられるか|判決後の強制執行
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年10月5日 最終更新日:2026年10月5日
BitTorrent(トレント)を理由とする損害賠償請求について、判決や支払督促が確定してしまった、あるいは確定しそうだという段階で、「給料を差し押さえられたら会社に知られるのではないか」「預金が全部なくなるのではないか」「裁判所に呼び出されるのか」といったご相談をいただくことがあります。請求を受けた段階とは異なり、この段階では、権利者側が裁判所の手続を使って強制的に回収を図ることができるようになります。
この記事では、トレントの損害賠償について債務名義(強制執行の根拠となる判決等)が成立した後に何が起きるのかを、給料の差押えの範囲、預貯金の差押え、財産開示手続、第三者からの情報取得手続に分けて、民事執行法の条文に沿って横浜の弁護士が整理します。
結論から述べると、確定判決や仮執行宣言付支払督促があれば、権利者側は給料や預貯金を差し押さえることができます。給料は原則として手取り額の4分の1(手取りが月44万円を超える場合は33万円を超える部分)まで差し押さえられ、差押命令は勤務先にも送達されます。一方で、トレントの損害賠償は、勤務先の情報を市町村や年金機構等から取得できる請求権には当たらないため、権利者側が勤務先を知る経路は限られています。もっとも、財産開示期日に正当な理由なく出頭しなければ刑事罰の対象となり、そこで勤務先を述べることになるため、確定前の段階で対応しておくことが何より重要です。
強制執行ができるのは「債務名義」がある場合だけ
強制執行は、民事執行法22条が定める「債務名義」に基づいてのみ行われます。トレントの事案で問題となる主なものは、次のとおりです。
| 債務名義の種類 | トレント事案で生じる場面 | 根拠 |
|---|---|---|
| 確定判決 | 損害賠償請求訴訟で敗訴し、控訴期間が経過した場合 | 民事執行法22条1号 |
| 仮執行の宣言を付した判決 | 判決に仮執行宣言が付された場合(確定前でも執行可能) | 同条2号 |
| 仮執行の宣言を付した支払督促 | 支払督促に督促異議を出さなかった場合など | 同条4号 |
| 執行証書 | 示談の内容を、強制執行を受諾する旨の記載のある公正証書にした場合 | 同条5号 |
| 確定判決と同一の効力を有するもの | 訴訟上の和解が成立し和解調書が作成された場合など | 同条7号 |
逆にいえば、権利者の代理人から届いた通知書や、当事者間で取り交わしただけの示談書(公正証書でないもの)は債務名義ではなく、それだけで直ちに給料や預金が差し押さえられることはありません。通知書の段階で「差押え」に言及されていても、まずは裁判手続を経る必要があります。訴状や支払督促が届いた段階での期限と対応は、トレントで訴訟・支払督促を受けたら(督促異議と答弁書の対応)で詳しく解説しています。
分割払いの示談をする際、権利者側から公正証書(執行証書)の作成を求められることがあります。執行証書があれば、分割金の支払いが滞ったときに訴訟を経ずに強制執行が可能になります。条項の内容と、期限の利益喪失の定めを十分に確認したうえで判断してください。
給料の差押え——差し押さえられる範囲と勤務先への影響
給料、賃金、賞与等に係る債権は、支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差し押さえてはならないとされています(民事執行法152条1項2号)。ただし、その4分の3の額が政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分だけが差押禁止となり、政令(民事執行法施行令2条1項1号)は、毎月払いの給料について33万円と定めています。賞与についても同じく33万円です(同条2項)。実務上、この計算は所得税・住民税・社会保険料を差し引いた手取り額を基準に行われます。
| 毎月の手取り額 | 差し押さえられる額の目安 |
|---|---|
| 44万円以下の場合 | 手取り額の4分の1 |
| 44万円を超える場合 | 手取り額から33万円を差し引いた額 |
退職手当については、その4分の3に相当する部分が差押禁止とされています(同法152条2項)。なお、養育費等の扶養義務に係る請求の場合は差押禁止の範囲が2分の1に縮小されますが(同条3項)、トレントの損害賠償はこれに当たらないため、4分の3の原則が適用されます。
給料の差押命令は、債務者本人と第三債務者である勤務先の双方に送達されます(同法145条3項)。勤務先は差し押さえられた部分を本人に支払うことができなくなり、権利者側は、本人に差押命令が送達された日から4週間を経過すると、勤務先から直接取り立てることができます(同法155条1項・2項)。差押えは請求額と執行費用に満つるまで毎月の給料に及ぶため、勤務先の担当部署には、長期間にわたって差押えの事実が知られることになります。開示請求の各段階で勤務先や家族に知られる可能性については、トレント開示請求は会社・学校・家族に知られるのかで段階別に整理しています。
預貯金の差押えと「差押禁止債権の範囲の変更」
預貯金債権には、給料のような差押禁止の割合の定めがありません。そのため、給料が口座に振り込まれた後の預金は、原則として差押えの対象となり得ます。差押命令が銀行に送達された時点の残高が対象となり、その後に入金された分には及ばないのが原則です。
もっとも、差押えによって生活が立ち行かなくなるような場合には、債務者の申立てにより、執行裁判所が債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部または一部を取り消すことができます(民事執行法153条1項)。裁判所書記官は、差押命令を送達する際に、この取消しの申立てができることを債務者に教示しなければならないとされています(同法145条4項)。差押命令が届いたら、同封の書面に記載された教示の内容と期限を確認してください。
財産開示手続——呼出しを無視すると刑事罰の対象に
権利者側が差し押さえるべき財産を把握していない場合に用いられるのが、財産開示手続です。執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者は、過去6か月以内の強制執行で完全な弁済を得られなかったとき、または知れている財産に強制執行をしても完全な弁済を得られないことを疎明したときに、財産開示手続の実施を申し立てることができます(民事執行法197条1項)。
実施決定がされると、債務者は財産開示期日に出頭し、自己の財産について陳述しなければなりません(同法199条1項)。陳述の対象には給料債権も含まれるため、勤務先を明らかにすることになります。そして、呼出しを受けた財産開示期日に正当な理由なく出頭せず、または宣誓を拒んだ場合や、宣誓したうえで正当な理由なく陳述をせず、または虚偽の陳述をした場合は、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処するとされています(同法213条1項5号・6号)。
財産開示は、民事上の請求でありながら、不出頭や虚偽陳述が刑事罰に結び付くという点で、それ以前の段階とは性質が異なります。「裁判所の書面は無視すればよい」という考え方は、この段階では通用しません。
第三者からの情報取得——トレントの損害賠償で勤務先は調べられるか
民事執行法は、財産開示手続と並んで、債務者以外の第三者から財産の情報を取得する手続を設けています。どの情報を取得できるかは、請求権の種類によって異なります。
| 取得できる情報 | 情報の提供元 | トレントの損害賠償で利用できるか |
|---|---|---|
| 預貯金・振替社債等の情報 | 銀行等・振替機関等 | 利用できる(民事執行法207条1項) |
| 土地・建物の情報 | 登記所 | 利用できる。ただし財産開示期日の実施から3年以内に限る(同法205条2項) |
| 給与債権(勤務先)の情報 | 市町村・日本年金機構等 | 原則として利用できない(同法206条1項) |
勤務先の情報の取得(同法206条1項)を申し立てられるのは、養育費等の扶養義務等に係る請求権、または人の生命もしくは身体の侵害による損害賠償請求権について債務名義を有する債権者に限られています。著作権侵害による損害賠償請求権はいずれにも当たらないため、権利者側がこの手続で勤務先を調べることはできません。
もっとも、これは「勤務先が知られることはない」という意味ではありません。前述の財産開示期日では勤務先を陳述する義務があり、また、訴訟の過程で勤務先が明らかになっている場合もあります。預貯金については、権利者側が銀行等を選択して情報の提供を求めることができるため、口座の存在や残高が把握される可能性があります。
確定前・差押え前にできること
強制執行の段階に至ると、選択肢は大きく限られます。重要なのは、債務名義が成立する前、あるいは差押えに至る前に、次のような対応を検討しておくことです。
- 訴訟・支払督促の段階で争う:答弁書の提出や督促異議の申立てをしなければ、請求どおりの判決や支払督促が確定し得ます。発信者性や損害額を争う余地があっても、期限を過ぎれば主張の機会が失われます。
- 和解による解決:判決後や差押え後であっても、権利者側と分割払い等の合意をして、差押えの取下げを求める交渉は可能です。ただし、権利者側が応じるかどうかは個別の交渉によります。
- 債務整理の検討:支払いが困難な場合は、自己破産等の手続も選択肢になりますが、トレントの損害賠償が免責されるかどうかには固有の論点があります。詳しくはトレントの示談金は自己破産で免責されるかをご覧ください。
開示後の請求段階から訴訟・強制執行までの当事務所の対応は、損害賠償請求を受けた方への対応(取扱分野ページ)でご案内しています。損害賠償請求の通知書が届いた段階の方は、BitTorrentの損害賠償請求の通知書が届いた方向けの特設ページもご参照ください。また、まだ意見照会書が届いた段階にある方は、開示前の対応によってその後の展開が大きく変わります。BitTorrent著作権侵害の意見照会書が届いた方向けの特設ページで、照会段階の対応を詳しくご案内しています。
よくある質問
権利者の代理人から「差押えをする」と書かれた通知書が届きました。すぐに給料が差し押さえられるのですか。
通知書だけでは強制執行はできません。強制執行には確定判決や仮執行宣言付支払督促などの債務名義が必要です(民事執行法22条)。ただし、通知書を放置すると訴訟や支払督促に移行する可能性があるため、内容を確認したうえで早めに対応方針を検討することが大切です。
給料はどのくらい差し押さえられますか。
毎月の給料の場合、手取り額の4分の3(手取りが44万円を超える場合は33万円)が差押禁止とされ、残りが差押えの対象となります(民事執行法152条1項、同法施行令2条1項1号)。差押えは請求額と執行費用に満つるまで毎月続きます。生活が困難になる事情がある場合は、差押禁止債権の範囲の変更を申し立てる余地があります(同法153条1項)。
家族名義の預金や家族の給料が差し押さえられることはありますか。
強制執行の対象となるのは債務者本人の財産であり、債務名義に債務者として記載されていない家族の財産を差し押さえることはできません。ただし、名義が家族でも実質的に債務者の財産である場合などには、争いになる可能性があります。
財産開示期日の呼出しに応じないとどうなりますか。
正当な理由なく出頭しない場合や宣誓を拒んだ場合、宣誓後に正当な理由なく陳述しない場合や虚偽の陳述をした場合は、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象となります(民事執行法213条1項5号・6号)。呼出状が届いたら、必ず期日と対応を確認してください。
まとめ
トレントの損害賠償について判決や支払督促が確定すると、権利者側は給料や預貯金を差し押さえることができ、給料の差押命令は勤務先にも送達されます。給料は原則として手取りの4分の1(手取り44万円超の場合は33万円を超える部分)が対象となり、預貯金には差押禁止の割合の定めがありません。トレントの損害賠償では勤務先の情報を第三者から取得する手続は使えませんが、財産開示期日では勤務先を陳述する義務があり、不出頭等は刑事罰の対象となります。
強制執行の段階では選択肢が限られるため、訴訟・支払督促の段階、さらに遡って意見照会や通知書の段階で適切に対応しておくことが、結果を大きく左右します。横浜の当事務所では、全国の方からのBitTorrent事案のご相談に、弁護士がオンラインで対応しています。
判決・支払督促や差押えの通知が届いた方へ
タングラム法律事務所では、BitTorrent(トレント)による著作権侵害を理由とする意見照会書への対応から、開示後の損害賠償請求・示談交渉、訴訟対応まで数多く取り扱っております。届いた書面の段階と期限を確認し、事実関係に即した方針をご説明します。BitTorrentの意見照会に関するご相談に限り、オンライン(20分程度)で無料のご相談を承っています(その他の分野のご相談は対象外です)。
法律相談の予約はこちら※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な事案についてのご判断は、弁護士にご相談ください。