相続した実家に兄弟が住み続けている|家賃請求と明渡しを弁護士が解説
相続した実家に兄弟が住み続けている|家賃請求と明渡しを弁護士が解説
親が亡くなり、実家を兄弟姉妹で相続することになったものの、生前から親と同居していた相続人の一人がそのまま住み続け、遺産分割の話し合いにも応じてくれない――。相続のご相談のなかでも、非常によくあるご相談です。「自分にも持分があるのに、なぜ一人だけ無償で住み続けられるのか」「せめて家賃相当額を払ってほしい」というお気持ちは、当然のものだと思います。
この記事では、①明渡しを求められるのか、②賃料相当額(家賃に相当する使用の対価)を請求できるのか、③最終的に実家をどう分けるのか、という3つの視点から、条文と裁判例に沿って整理します。令和3年の民法改正(令和5年4月1日施行)で共有物の使用に関するルールが明文化された点にも触れます。
相続した実家は誰のものか|遺産共有と持分の考え方
相続人が複数いる場合、遺産は遺産分割が終わるまで相続人全員の共有に属します(民法898条1項)。実家の不動産も例外ではなく、名義が被相続人のままであっても、法律上は相続人全員が持分を持っている状態です。その持分の割合は、令和3年の民法改正により、法定相続分(相続分の指定があるときは指定相続分)によって算定した相続分によるものと明記されました(民法898条2項)。特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分ではなく、まずは法定相続分を基準に考えることになります。
そして、各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができます(民法249条1項)。ここが重要な出発点です。実家に住んでいる相続人も、自分の持分に基づいて実家を使う権原を持っているのであって、まったくの不法占拠者というわけではありません。
実家から出て行ってもらえるか|明渡請求のハードル
結論から申し上げると、他の相続人が当然に明渡しを求めることはできない、というのが確立した考え方です。最高裁昭和41年5月19日判決(民集20巻5号947頁)は、共有物の持分の価格が過半数を超える者であっても、共有物を単独で占有する他の共有者に対して、当然には明渡しを請求することができないと判断しました。少数持分権者も自己の持分によって共有物を使用収益する権原を有しているから、というのがその理由です。
この考え方は、相続人の一人が実家に住み続けている場面にも当てはまります。他の相続人の持分を合計すれば過半数になるとしても、それだけを理由に「出て行け」とは言えず、明渡しを求める側が具体的な理由を主張し立証しなければなりません。
配偶者が住んでいる場合の特別な保護
住んでいるのが被相続人の配偶者(たとえば父が亡くなり母が住み続けている場合)で、相続開始の時に無償で居住していたときは、配偶者短期居住権により、遺産分割で建物の帰属が確定した日か相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日までは、無償で使用する権利が認められます(民法1037条1項1号)。さらに遺産分割で配偶者居住権が設定されれば、より長期の居住が保護されます。
家賃相当額(使用の対価)は請求できるか
令和3年改正で明文化された償還義務
令和3年の民法改正により、共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負うことが明文化されました(民法249条2項。令和5年4月1日施行)。改正前は明文規定がなく不当利得(民法703条・704条)の問題として処理されてきましたが、現在は条文上の根拠がはっきりしています。
たとえば、相続人が長男・二男・長女の3人で、法定相続分が各3分の1、実家の適正賃料が月12万円だとすると、実家に住んでいる長男は、自分の持分3分の1を超える部分、すなわち月8万円について、二男と長女に対して償還義務を負うのが原則ということになります。
「別段の合意」──使用貸借が推認される場合
もっとも、民法249条2項には「別段の合意がある場合を除き」という留保が付いており、相続の場面では、この留保が実際に大きな意味を持ちます。
最高裁平成8年12月17日判決(民集50巻10号2778頁)は、共同相続人の一人が被相続人の許諾を得て遺産である建物に被相続人と同居していた場合には、特段の事情のない限り、被相続人と当該相続人との間で、相続開始時を始期とし、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認される、と判断しました。無償で使わせる合意が黙示的にあったと推認されるということですから、遺産分割が終わるまでの間は、賃料相当額を請求できないという結論になりやすいわけです。
この推認が働くかどうかは、①被相続人と同居していたか、②被相続人の許諾があったか、が中心になります。次のように場合分けして考えることになります。
| 住んでいる相続人の状況 | 賃料相当額を請求できる可能性 |
|---|---|
| 被相続人の許諾を得て生前から同居していた | 使用貸借が推認され、遺産分割時までは請求が認められにくい |
| 相続開始後に、他の相続人に無断で住み始めた | 使用貸借の推認が働かず、請求が認められやすい |
| 遺言や遺産分割により他の相続人が所有権を取得した後も居座っている | 占有権原がなく、明渡しと使用の対価の双方を請求しやすい |
裁判例では、同居の経緯や被相続人との関係、居住の実態などを個別に検討して判断される傾向にあります。「同居していたから必ず無償」でも「持分があるから必ず請求できる」でもありませんので、ご自身の事案がどちらに近いかは、資料をそろえたうえで弁護士に確認されることをおすすめします。
使用の対価は遺産分割で解決できるか
もう一つ実務上つまずきやすいのが「どの手続きで請求するのか」という点です。相続開始後に生じた使用利益は被相続人が遺した遺産そのものではないため、原則として遺産分割の対象にはならないと考えられています。家庭裁判所の遺産分割調停や審判の枠内では扱えず、別途、民事訴訟として不当利得返還請求などを提起するのが原則です。もっとも、相続人全員が合意すれば遺産分割の話し合いのなかで一括して精算することもでき、実際には調停で代償金の額を調整する形で決着させることが少なくありません。
なお、過去分の請求には消滅時効があります。不当利得返還請求権の消滅時効は、権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年です(民法166条1項)。長く放置すれば、古い期間の分から回収できなくなるおそれがあります。
実家をどう分けるか|遺産分割の選択肢
結局のところ、この問題の根本的な解決は、実家の帰属を確定させることにあります。遺産分割の方法としては、次の4つが基本になります。
- 現物分割……特定の相続人が実家を取得する。ほかにも遺産があり全体のバランスが取れる場合に適する
- 代償分割……住んでいる相続人が実家を取得し、他の相続人に代償金を支払う。居住の継続を望む場合の中心的な解決方法
- 換価分割……実家を売却して代金を分ける。住み続けたい相続人がいる場合は合意が難しい
- 共有分割……共有のまま残す。新たな紛争の火種になりやすく、実務上は最後の選択肢
代償分割で争点になりやすいのが不動産の評価額です。実勢価格・公示価格・相続税路線価・固定資産税評価額のどれを基準にするかで代償金の額が大きく変わるため、相続不動産の評価でもめたときの考え方もあわせてご確認ください。
また、共有物に関する負担は各共有者が持分に応じて負うとされています(民法253条1項)。住んでいる相続人が固定資産税や修繕費を全額負担してきた場合には、その精算も同時に議論することになり、使用の対価と管理費用を相互に精算したうえで代償金の額を決める形で整理することが多くみられます。
換価分割で不動産を売却する場合や代償金を支払う場合には、譲渡所得税や相続税の課税関係が生じることがあります。税務上の取扱いについては国税庁の公表情報をご確認のうえ、具体的な計算や申告については税理士または所轄の税務署にご確認ください。
話し合いがまとまらないときの手続き
当事者だけで折り合いがつかない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることになります(民法907条2項)。調停でも合意に至らなければ審判に移行し、裁判所が分割方法を定めます。実家に住んでいる相続人が話し合いに応じない場合の進め方は、遺産分割協議に応じない相続人への対処法で詳しく解説しています。横浜の当事務所にも、同種のご相談が数多く寄せられています。
ご自身で手続きを進めることも制度上は可能ですが、この類型の事案では、不動産の評価、使用貸借の推認が及ぶかどうかの見極め、使用利益の精算をどの手続きで行うか、といった判断が絡み合います。手続きの選択を誤ると、時間をかけたのに肝心の使用利益が回収できないという結果にもなりかねません。当事務所の相続問題の取扱分野ページでは、遺産分割や遺留分をめぐる紛争への対応方針をご案内しています。相手方の態度が硬いケースほど、代理人である弁護士が窓口となることで交渉が動き出すこともあります。
よくある質問
実家に住んでいる兄に「出て行ってほしい」と言えますか。
遺産分割が終わるまでは、住んでいる相続人も自分の持分に基づいて実家を使う権原を持つため、他の相続人が当然に明渡しを求めることはできないと解されています(最高裁昭和41年5月19日判決)。明渡しを求める側が、その理由を主張・立証する必要があります。
過去の分の家賃もさかのぼって請求できますか。
請求できる場合であっても、過去分の請求権には消滅時効があります。不当利得返還請求権の消滅時効は、権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年です(民法166条1項)。放置すると古い期間の分から回収できなくなるおそれがあります。
母が実家に住み続けている場合も家賃を請求できますか。
被相続人の配偶者が相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で住んでいた場合、配偶者短期居住権により、遺産分割で建物の帰属が確定した日か相続開始から6か月を経過する日のいずれか遅い日までは、無償で使用する権利が認められます(民法1037条1項)。この期間中は使用の対価を請求できないのが原則です。
固定資産税を住んでいる相続人が払っている場合はどうなりますか。
共有物に関する負担は各共有者が持分に応じて負うとされています(民法253条1項)。住んでいる相続人が固定資産税や修繕費を全額負担していれば、他の相続人に対して持分に応じた負担を求めることができ、賃料相当額の請求とあわせて精算する形で解決することが多くみられます。
まとめ
相続した実家に相続人の一人が住み続けている場合の要点を整理します。
- 遺産分割が終わるまで実家は相続人全員の共有であり、持分は法定相続分で算定される(民法898条1項・2項)
- 持分の過半数を持っていても、当然には明渡しを求められない(最高裁昭和41年5月19日判決)
- 共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、持分を超える使用の対価を償還する義務を負う(民法249条2項、令和5年4月1日施行)
- 被相続人の許諾を得て同居していた場合は、遺産分割時までの使用貸借が推認され、請求が認められにくい(最高裁平成8年12月17日判決)
- 根本的な解決は、代償分割や換価分割によって実家の帰属を確定させること
この類型の紛争は、法律論だけでなく家族としての経緯や感情が複雑に絡みます。どの主張が法的に通るのか、どの手続きを選ぶのが早いのかを冷静に見極めることが、結果を大きく左右します。
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