遺留分侵害額請求で遺産の内容がわからない|調べる方法を弁護士が解説
遺留分侵害額請求で遺産の内容がわからない|調べる方法を弁護士が解説
「兄がすべての財産を相続する内容の遺言が出てきたが、そもそも親にどれだけの財産があったのかを知らされていない」「遺留分を請求したいのに、何をいくら請求すればよいのか見当もつかない」。遺留分侵害額請求のご相談では、このように遺産の内容がわからないという状態から始まる事案が少なくありません。財産を管理していた相続人が情報を出さず、こちらだけが何も知らされていない――その不公平感は当然のものです。
もっとも、遺留分侵害額請求には1年という短い期間制限があり、「調べてから請求しよう」と考えているうちに期間が過ぎてしまう危険があります。この記事では、遺留分の計算に必要な財産の範囲、相続人の立場で自ら遺産を調べる方法、相手が開示しない場合に裁判所を通じて調べる方法を、横浜の弁護士が解説します。
遺産の内容がわからなくても遺留分侵害額請求はできる
遺留分を侵害された相続人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法1046条1項)。この請求権は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅します。相続開始の時から10年を経過したときも同様です(民法1048条)。
ここで重要なのは、この1年の期間を止めるために必要なのは「請求する」という意思表示であって、金額の確定ではないという点です。遺留分侵害額請求権は形成権と解されており、金額が不明のままでも、遺留分侵害額請求をする旨を相手方に到達させれば足ります。したがって、遺産の内容がわからない段階でも、まず内容証明郵便で意思表示を行い、そのうえで調査を進めるという順序が実務上の定石です。期間の考え方は遺留分侵害額請求の時効は1年|起算点の考え方と時効を止める方法で詳しく解説しています。
そもそも何を調べればよいのか|遺留分の基礎財産の範囲
やみくもに調べても意味がありません。遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に、その贈与した財産の価額を加え、債務の全額を控除して算定します(民法1043条1項)。加算される贈与の範囲は民法1044条に定めがあり、おおむね次のように整理できます。
| 区分 | 加算の範囲 | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続人以外への贈与 | 相続開始前の1年間にしたもの | 民法1044条1項前段 |
| 相続人への贈与(特別受益に当たるもの) | 相続開始前の10年間にしたもの | 民法1044条3項 |
| 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与 | 期間の制限なし | 民法1044条1項後段 |
| 被相続人の債務 | 全額を控除 | 民法1043条1項 |
つまり調査の対象は、亡くなった時点の預貯金・不動産・有価証券だけでなく、過去10年程度にさかのぼる生前贈与と債務にも及びます。計算の全体像は遺留分侵害額の計算方法|計算式と具体例をご覧ください。
相続人が自分でできる遺産の調べ方
遺留分を請求する側であっても、相続人であることに変わりはありません。相続人の資格に基づいて自ら請求できる制度は多く、相手方の協力がなくても相当な範囲まで判明します。
1. 遺言執行者に相続財産目録の交付を求める
遺言執行者が選任されている場合、遺言執行者はその任務を開始したときは、遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければなりません(民法1011条1項)。相続人の請求があるときは、その立会いをもって目録を作成し、又は公証人に作成させなければならないとも定められています(同条2項)。遺産を一切受け取らない相続人であっても交付を受ける立場にあり、まずここから着手するのが最短です。
2. 預貯金の取引履歴を開示してもらう
最高裁判所は平成21年1月22日の判決で、金融機関は預金契約に基づき預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うとしたうえで、預金者が死亡した場合、共同相続人の一人は、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を単独で求めることができると判示しました(最高裁判所第一小法廷平成21年1月22日判決、民集63巻1号228頁)。
したがって、他の相続人の同意がなくても、相続人の一人として残高証明書と取引履歴を請求できます。取引履歴は生前贈与や使い込みの手掛かりとしても重要で、取得の実務は遺産の使い込みの証拠の集め方|預金の取引履歴の取得方法で詳しく述べています。
3. 不動産を漏れなく把握する
不動産については、市区町村が保有する固定資産課税台帳の写し(いわゆる名寄帳)を相続人として取得することで、その市区町村内の物件を把握できます。加えて、令和8年2月2日から全国の登記所で所有不動産記録証明制度の運用が始まりました(不動産登記法119条の2)。特定の人が登記記録上の所有者として記録されている不動産の一覧を証明書として交付する制度で、相続財産の見落としを防ぐ手段として有用です。ただし未登記不動産は対象外であり、住所変更や氏名変更の登記が未了の場合には正確に拾えないことがあります。
4. 有価証券・保険を照会する
上場株式等については、証券保管振替機構に対して登録済加入者情報の開示請求を行うことで、被相続人が口座を有していた証券会社等を把握できます。生命保険については、生命保険協会が相続時等に利用できる生命保険契約照会制度を設けています。いずれも所定の書類と手数料が必要になるため、利用の可否と最新の要件は各機関の案内をご確認ください。
5. 贈与税の申告内容の開示請求を使う
相続税法49条は、相続又は遺贈により財産を取得した者が、他の共同相続人が被相続人から受けた一定の贈与について、贈与税の申告内容の開示を税務署長に請求できる制度を定めています。生前贈与の有無が争点になる遺留分の事案では有力な資料になり得ます。もっとも、贈与税の申告がされていない贈与は開示の対象になりません。開示の範囲や添付書類は税制改正の影響を受けるため、具体的な取扱いは税理士又は所轄の税務署にご確認ください。
6. 弁護士会照会を利用する
弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会を通じて公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができます(弁護士法23条の2)。裁判例上、照会を受けた団体は原則として報告する法的義務を負うと解されており、金融機関の支店が特定できない場合の全店照会など、ご本人では届きにくい範囲の調査に用いられます。弁護士に依頼した場合にのみ利用できる手段です。
相手が開示しないときは裁判所の手続を使う
任意の交渉段階で開示を強制する法的手段はありません。相手が資料を出さないまま平行線になった場合には、手続を進めながら裁判所を通じて調べることになります。
遺留分侵害額の請求は、まず家庭裁判所の調停を申し立てるのが原則です(調停前置主義。家事事件手続法257条1項)。調停手続では、家庭裁判所が官庁・公署その他適当と認める者に必要な調査を嘱託し、又は銀行・信託会社等に対して関係人の預金等に関して必要な報告を求めることができます(家事事件手続法62条)。
調停が不成立となり訴訟に移行した場合には、民事訴訟法上の証拠収集手段が使えます。裁判所が官庁・公署や団体に必要な調査を嘱託する調査の嘱託(民事訴訟法186条)、文書の所持者に文書の送付を嘱託する文書送付の嘱託(同法226条)が代表的です。
| 段階 | 主に使える手段 | 根拠 |
|---|---|---|
| 交渉(任意) | 財産目録の交付請求、取引履歴の開示請求、名寄帳・所有不動産記録証明書、弁護士会照会 | 民法1011条、弁護士法23条の2 ほか |
| 家事調停 | 調査の嘱託、銀行等への報告の求め | 家事事件手続法62条 |
| 訴訟 | 調査の嘱託、文書送付の嘱託、文書提出命令 | 民事訴訟法186条・226条・220条 |
調査を進めるときに陥りやすい3つの落とし穴
落とし穴1:調査が終わってから請求しようとする
最も多い失敗がこれです。金融機関の取引履歴は取得までに数週間かかることもあり、複数の金融機関にまたがればさらに時間を要します。1年の期間は待ってくれません。先に意思表示、あとから金額が鉄則です。
落とし穴2:使い込みと遺留分を混同する
取引履歴を見ると、被相続人の生前に不自然な出金が見つかることがあります。これが被相続人の意思に基づく贈与であれば遺留分の基礎財産に加算される問題ですが、相続人が無断で引き出した使い込みであれば、不当利得返還請求(民法703条・704条)や不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)という別の枠組みで処理されます。どちらの構成で主張するかによって、請求の相手方も時効の考え方も変わります。
落とし穴3:評価額を相続税評価額で決めつける
不動産について相続税路線価による評価額しか手元にないと、その数字で計算しがちです。しかし遺留分の算定における不動産の価額は、原則として相続開始時の時価によると解されており、相続税評価額とは一致しません。評価が争点になると鑑定が必要になる場合もあります。
よくある質問
遺産の内容がわからないまま遺留分侵害額請求をしてもよいのですか。
金額を確定しないまま請求の意思表示をすることは可能です。民法1048条の1年の期間は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から進行するため、調査に時間をかけていると期間が経過してしまうおそれがあります。まず内容証明郵便で請求の意思表示をしたうえで、具体的な金額は調査の結果を踏まえて主張していく進め方が一般的です。
相手が財産の内容を教えてくれない場合、開示を強制できますか。
任意の話し合いの段階で開示を強制する手段はありません。もっとも、金融機関や法務局などに対しては、相続人の立場で自ら照会・請求ができるものが多くあります。それでも判明しない場合は、家事調停や訴訟に移行し、家事事件手続法62条の調査の嘱託、民事訴訟法186条の調査の嘱託、同法226条の文書送付の嘱託といった裁判所を通じた手続を用いることが考えられます。
生前贈与があったかどうかも調べられますか。
被相続人名義の預貯金の取引履歴を取り寄せることで、生前の資金移動から贈与をうかがわせる出金を把握できることがあります。また、贈与税の申告がされている贈与については、相続税法49条の開示請求により、他の共同相続人が受けた贈与の申告内容の開示を税務署長に求める制度があります。ただし申告がされていない贈与は対象外です。税務上の手続の詳細は税理士又は所轄の税務署にご確認ください。
調査は弁護士に依頼したほうがよいですか。
取引履歴の開示請求や登記事項証明書の取得はご本人でも可能ですが、金融機関の支店が特定できない場合や、開示された資料から遺留分の基礎財産を組み立てる場面では専門的な判断が必要になります。弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会は弁護士に依頼した場合にのみ利用できる手段であり、1年の時効との関係でも早期にご相談いただくことをお勧めします。
まとめ
遺産の内容がわからないことは、遺留分侵害額請求を諦める理由にはなりません。要点を整理すると次のとおりです。
- 1年の期間(民法1048条)を止めるのに必要なのは金額の確定ではなく請求の意思表示。まず内容証明郵便で意思表示を行う
- 調べる対象は相続開始時の財産だけでなく、10年程度さかのぼる生前贈与と債務にも及ぶ(民法1043条1項・1044条)
- 遺言執行者への財産目録の交付請求、預貯金の取引履歴の開示請求、名寄帳と所有不動産記録証明書、弁護士会照会などにより、相手の協力がなくても相当程度は判明する
- それでも開示されない場合は、調停・訴訟に進み、調査の嘱託や文書送付の嘱託を用いる
もっとも、どの調査手段をどの順序で使うか、判明した資料をどのように遺留分の基礎財産へ組み立てるかは、事案ごとの判断になります。相続人間の対立が生じている事案では、調査そのものが交渉の一部になることも少なくありません。当事務所の相続・遺産分割・遺留分に関する取扱いのご案内もあわせてご覧ください。財産の全体像がつかめないまま1年が経過してしまう前に、弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
遺留分の請求をしたいが、遺産の内容がわからずお困りの方へ
タングラム法律事務所では、横浜を拠点に、遺留分侵害額請求・遺産分割をはじめとする紛争性のある相続案件を数多く取り扱っています。財産の調査から請求・交渉・調停まで、期間制限を意識した進め方をご提案します。
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