相続の遺産使い込みに時効はある?返還請求の期限を弁護士が解説
相続の遺産使い込みに時効はある?返還請求の期限を弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年10月6日 最終更新日:2026年10月6日
「親の通帳を見たら、介護をしていた兄が何年も前から多額の引出しをしていた」「相続の話し合いが長引いているうちに、使い込みを追及できなくなるのではないか」。遺産の使い込みに気づいたとき、多くの方が不安に感じるのが「今からでも取り戻せるのか」「いつまでに動けばよいのか」という期限の問題です。
この記事では、相続における遺産の使い込みについて、返還請求の法的根拠ごとの時効期間、生前の引出しと死後の引出しで異なる起算点、2020年4月1日の民法改正前の使い込みの扱い、時効の完成を止める方法までを、横浜の弁護士が整理して解説します。
結論として、遺産の使い込みの返還請求には時効があります。不当利得返還請求なら「権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年」、不法行為に基づく損害賠償請求なら「損害及び加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年」が基本で、引出しごとに時効が進むため、古い引出しから順に請求できなくなるおそれがあります。期限が迫っている場合は、内容証明郵便による催告や訴訟提起などで時効の完成を止める手段を早めに検討することが重要です。
遺産の使い込みを取り戻す2つの法的根拠と時効期間
相続人の一人が被相続人の預貯金を無断で引き出していた場合、取り戻すための法的根拠は主に「不当利得返還請求」(民法703条・704条)と「不法行為に基づく損害賠償請求」(民法709条)の2つです。どちらで請求するかによって、時効期間が異なります。
| 法的根拠 | 主観的起算点からの期間 | 客観的起算点からの期間 |
|---|---|---|
| 不当利得返還請求(民法703条・704条) | 権利を行使することができることを知った時から5年(民法166条1項1号) | 権利を行使することができる時から10年(同項2号) |
| 不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条) | 損害及び加害者を知った時から3年(民法724条1号) | 不法行為の時から20年(同条2号) |
いずれも、2つの期間のうちどちらか早く到来したほうで時効が完成します。どちらが有利かは引出しの時期や証拠の状況によって変わるため、個別の検討が必要です。
なお、使い込みの返還請求の全体的な流れについては相続人の一人が遺産を使い込んでいた場合の対処法と返還請求の手順でも解説しています。
時効はいつから数える?生前と死後の使い込みで異なる起算点
被相続人の生前に引き出された場合
被相続人が生きている間に無断で引き出された場合、返還請求権はまず被相続人自身の権利として発生し、相続によって相続人に承継されます。金銭債権は、相続開始と同時に法定相続分に応じて各相続人に分割して承継されると解されているため、各相続人は自分の相続分に応じた額を請求することになります。
このとき、客観的起算点(10年・20年)は個々の引出しの時から進みます。たとえば10年以上前の引出しは、不当利得返還請求でも時効を主張される可能性が高くなります。一方、主観的起算点(5年・3年)については、被相続人が引出しを知っていたか、相続人がいつ知ったかなど、誰の認識を基準にどう判断するかが争いになることがあります。安全策としては、「使い込みに気づいた時点から5年(不法行為なら3年)以内に請求する」という前提で動くのが望ましいでしょう。
相続開始後(死後)に引き出された場合
被相続人の死亡後に、相続人の一人がキャッシュカード等で預金を引き出した場合は、他の相続人の権利を侵害したものとして、各相続人自身の返還請求権が引出しの時点で発生します。また、民法906条の2により、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分した場合、処分した本人以外の相続人全員が同意すれば、その財産を遺産分割時に遺産として存在するものとみなして、遺産分割の中で清算することもできます。死後の引出しについては、こうした遺産分割での解決と、民事訴訟による返還請求のどちらを選ぶかも検討のポイントです。
2020年4月1日より前の使い込みには改正前の民法が適用される
時効に関するルールは、2020年4月1日施行の民法改正(平成29年法律第44号)で大きく変わりました。改正法の附則10条4項により、施行日前に債権が生じた場合の消滅時効の期間は、改正前の例によるとされています。つまり、2020年3月31日以前の引出しによる不当利得返還請求権には、改正前の民法が適用されます。
| 引出しの時期 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 2020年3月31日以前 | 改正前の民法167条1項により、権利を行使できる時から10年(「知った時から5年」の規定はない) | 知った時から3年・不法行為の時から20年(改正前は、20年の期間は時効ではなく除斥期間と解されていました。施行時に20年が経過していなかったものは改正後の規定が適用されます) |
| 2020年4月1日以降 | 知った時から5年・行使できる時から10年 | 知った時から3年・不法行為の時から20年 |
介護が長期にわたった事案では改正前後の引出しが混在しがちなため、引出しごとに適用される規定と時効の完成時期を一覧表にして確認することが第一歩になります。
時効が迫っているときに取るべき手段(完成猶予と更新)
時効期間の満了が近い場合でも、法律上、時効の完成を止める手段があります。
- 催告(民法150条1項):内容証明郵便などで返還を請求すると、その時から6か月間は時効が完成しません。ただし、催告による猶予期間中に再度催告をしても、さらに延長はされません(同条2項)。この6か月の間に訴訟提起などの手続に進む必要があります。
- 協議を行う旨の書面による合意(民法151条1項):相手方と「この件について協議する」旨を書面で合意すると、原則として合意から1年を経過する時まで時効が完成しません。
- 権利の承認(民法152条1項):使い込んだ側が返還義務を認めたり、一部を返金したりすると、その時から時効が新たに進行します(更新)。
- 裁判上の請求(民法147条1項1号):訴訟を提起すると、手続が終了するまで時効は完成せず、判決等で権利が確定すれば時効は新たに進行します(同条2項)。
訴訟を自分で起こす場合の具体的な手順は遺産の使い込みの返還請求訴訟を自分で起こす方法で解説しています。
時効以外にも早めに動くべき理由
時効だけでなく、証拠の面でも時間との勝負になります。使い込みの立証の中心となる預貯金の取引履歴について、最高裁平成21年1月22日判決(民集63巻1号228頁)は、共同相続人の一人が単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を求めることができると判断しています。もっとも、金融機関が取引記録を保存している期間には限りがあり、古い取引ほど履歴を取得できなくなるおそれがあります。
引出し当時の被相続人の状態を示す介護記録・診療記録も、時間とともに入手が難しくなります。証拠の集め方の詳細は遺産の使い込みの証拠の集め方をご覧ください。
さらに、相続税の申告が必要な場合は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内という申告期限(相続税法27条1項)もあります。使い込まれた財産の扱いを含め、相続税の具体的な取扱いについては、税理士または税務署にご確認ください。
遺産の使い込みと時効の問題を横浜の弁護士に相談するメリット
使い込みの返還請求では、引出しごとの時効の計算、改正前後の適用関係、請求の法的根拠や時効を止める手続の選択など、専門的な判断が積み重なります。判断を誤ると、取り戻せたはずの金額を失うことにもなりかねません。
弁護士に依頼すれば、弁護士会照会などを活用した証拠収集、内容証明郵便による催告、相手方との交渉、訴訟提起までを一貫して任せることができます。当事務所の相続案件への取り組みについては、遺言・相続の取扱分野ページもご覧ください。
よくある質問
10年以上前の使い込みは、もう取り戻せないのですか?
不当利得返還請求は権利を行使できる時から10年で時効にかかるため、相手方が時効を援用すると請求が認められない可能性が高くなります。ただし、不法行為に基づく請求は不法行為の時から20年の期間があり、相手方が返還義務を承認していた場合など、時効が更新されている可能性もあります。個別の事情を確認することが重要です。
内容証明郵便を送れば時効は止まりますか?
内容証明郵便による請求は「催告」にあたり、その時から6か月間は時効が完成しません(民法150条1項)。ただし時効期間が延びるわけではなく、6か月以内に訴訟提起などの手続をとる必要があります。
時効の期間が過ぎても、相手が時効を主張しなければ請求できますか?
時効は当事者が援用しなければ裁判所はこれによって裁判をすることができません(民法145条)。ただし、訴訟になれば相手方が時効を主張することが通常想定されます。
遺産分割調停を申し立てていれば、使い込みの時効は止まりますか?
遺産分割調停は遺産の分け方を話し合う手続であり、使い込みの返還請求権そのものについて時効の完成猶予の効果が生じないと判断されるおそれがあります。時効が近い場合は、別途、催告や訴訟提起を検討すべきです。
まとめ
相続における遺産の使い込みの返還請求には、不当利得なら原則5年・10年、不法行為なら3年・20年の時効があり、引出しごとに時効が進行します。2020年3月31日以前の引出しには改正前の民法が適用されるなど、時期によってルールが異なる点にも注意が必要です。時効が迫っている場合は、催告や協議の合意、訴訟提起によって時効の完成を止めることができます。
使い込みに気づいたら、まずは取引履歴などの証拠を確保し、引出しごとの時効の完成時期を確認したうえで、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
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