退職時の有給休暇一括消化は拒否できる?|会社側の対応を弁護士が解説
退職時の有給休暇一括消化は拒否できる?|会社側の対応を弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年10月13日 最終更新日:2026年10月13日
「来月末で退職します。残っている有給休暇はすべて使います」――退職届と同時にこう告げられ、引継ぎの段取りが立たずに困っている経営者の方は少なくありません。少人数の中小企業では、業務の継続に直接影響が出ます。
この記事では、退職する社員から有給休暇(年次有給休暇。以下「年休」)の一括消化を求められたとき、会社が拒否できるのか、引継ぎや買取りをどうするかを、横浜の弁護士が会社側の立場から整理します。
結論として、退職日までの労働日について請求された年休は、原則として会社が拒否することはできません。時季変更権は退職日より後に変更する余地がないため、退職予定者には実質的に行使できないと解されているからです。会社にできるのは、本人との話し合いで引継ぎへの協力や退職日の調整、未消化分の買取りなどを合意することと、平時から計画的付与等で年休の偏りを防いでおくことです。
退職時の有給休暇一括消化を会社は拒否できるか
労働基準法39条5項は、使用者は年休を「労働者の請求する時季に与えなければならない」と定めています。年休をいつ取るかは原則として労働者が決めることができ、会社の「承認」は法律上の要件ではありません。また、年休をどのような目的で利用するかも労働者の自由とされています。
したがって、「辞める人に有給は認めない」といった対応には法律上の根拠がありません。年休を与えなかった場合、労働基準法39条違反として、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金(同法119条1号)の対象となり得ます。
時季変更権が退職予定者に使えない理由
会社側の唯一の調整手段として、同じ39条5項ただし書の時季変更権があります。請求された時季に休ませることが「事業の正常な運営を妨げる場合」には、会社は「他の時季」に年休を与えることができる、というものです。
しかし、時季変更権はあくまで年休を別の日に振り替える権利です。退職予定者の場合、退職日より後には労働契約が存在しないため、振り替える先の「他の時季」がありません。そのため、労働局の解説等でも、退職日以降に時季を変更することはできず、労働者の請求どおり与えなければならないと説明されています。
| 場面 | 時季変更権の行使 |
|---|---|
| 在職を続ける社員が繁忙期に年休を請求 | 「事業の正常な運営を妨げる場合」には他の時季への変更が可能 |
| 退職予定者が退職日までの全労働日に年休を請求 | 変更先の時季がないため、実質的に行使できない |
| 退職日の後の日に年休を請求 | そもそも年休を取得する余地がない |
引継ぎを確保するために会社ができること
会社にとっての課題は「いかに引継ぎを終えてもらうか」です。実務上は次の対応が考えられます。
- 退職の申出を受けたらすぐに面談する:残日数と最終出社日を確認し、引継ぎに必要な日数を具体的に示して協力を依頼します。
- 年休の取得時期の調整をお願いする:たとえば「前半に出社して引継ぎを行い、後半にまとめて年休を取得する」といった順序の調整を、あくまで任意の協力として求めます。
- 引継ぎを書面化する:担当業務・取引先・進行中の案件等を引継書にまとめてもらいます。
- 退職日の後ろ倒しを提案する:本人が同意すれば、退職日をずらして引継ぎ期間を確保することも可能です(同意は書面で残します)。
注意したいのは、年休の取得を理由に不利益な取扱いをしないことです。労働基準法附則136条は、年休を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならないと定めています。「有給を全部使うなら退職金を減らす」といった対応は、この趣旨に反するおそれがあります。
なお、期間の定めのない雇用の退職は、民法627条1項により申入れから2週間で効力を生じるのが原則です。退職代行サービスを通じて通知された場合の対応は退職代行を使われた会社側の対応で詳しく解説しています。
有給休暇の買取りと退職日の調整
買取りは「退職時の未消化分」なら可能
年休の買取りは原則として認められていません。行政解釈(昭和30年11月30日基収第4718号)は、年休の買上げを予約し、それに基づいて請求できる日数を減らしたり、請求された日数を与えなかったりすることは39条違反であるとしています。
一方で、退職によって結果として消化できなかった日数分を買い取ることは差し支えないと解されています。退職後はもはや年休を行使できないためです。そこで、「引継ぎのために○日出社してもらい、その分の年休は退職時に買い取る」という合意をすることは、実務上の選択肢となります。
退職日の後には年休は取れない
年休は労働契約が続いていることを前提とする権利です。退職日の後に年休を取得することはできず、残日数は退職によって消滅します。逆にいえば、本人が残日数の消化を希望し、会社も引継ぎ期間を確保したい場合には、合意によって退職日を後ろにずらすという解決が考えられます。
年5日の取得義務と計画的付与で「一括消化」を防ぐ
退職時に年休が大量に残る背景には、日頃の取得不足があります。平時の対策として次の制度が有効です。
| 制度 | 内容 |
|---|---|
| 年5日の時季指定義務(39条7項) | 年10日以上の年休が付与される労働者について、付与日から1年以内に5日を、会社が時季を指定して取得させる義務。違反には30万円以下の罰金(120条1号) |
| 計画的付与(39条6項) | 労使協定を締結すれば、年休のうち5日を超える部分について、会社が取得日をあらかじめ計画的に割り振ることができる |
年休の消化を平準化しておけば、退職時に大量の残日数が生じにくくなります。あわせて、就業規則に退職時の業務引継ぎ義務を定めておくことも有効です。就業規則の整備については就業規則の作成義務と記載事項の記事も参考にしてください。
なお、年休の請求権は労働基準法115条により2年で時効にかかるため、前年度からの繰越分も含めて最大で2年分が残っている可能性があります。退職の申出を受けたら、まず正確な残日数を確認しましょう。
引継ぎを拒否された場合の懲戒処分と注意点
年休の取得中は労働義務が免除されているため、年休期間中に出社を命じ、従わないことを理由に懲戒処分をすることはできません。一方、年休を取得していない出勤日に、正当な業務命令である引継ぎを拒否した場合には、就業規則に基づく懲戒処分が問題になり得ます。
もっとも、退職直前の社員に対する懲戒処分は、労働契約法15条により客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められ、紛争に発展しやすい場面でもあります。処分の進め方は懲戒処分の進め方と無効にならない注意点で解説していますが、実際に処分を検討する段階では、事前に弁護士に相談することをおすすめします。
労務トラブルへの備えや就業規則の見直しを含め、当事務所の取扱内容は企業法務の取扱分野ページでご紹介しています。
よくある質問
退職する社員の有給休暇の申請を、引継ぎが終わっていないことを理由に拒否できますか?
原則として拒否できません。時季変更権は「他の時季」に休暇を与えることを前提とした権利であり、退職日より後に変更する余地がないため、退職日までの労働日について請求された年休は、請求どおり与えることになると解されています。引継ぎについては、本人と話し合って協力を求めるのが基本です。
残った有給休暇を会社が買い取ることはできますか?
在職中に買上げを予約して年休の日数を減らすことは労働基準法39条違反とされていますが、退職時に結果として消化されなかった日数分を買い取ることは差し支えないとする行政解釈があります。ただし買取りは会社の義務ではなく、労働者との合意によって行うものです。
退職日の後に有給休暇を取得させることはできますか?
できません。年次有給休暇は労働契約が存続していることを前提とする権利であり、退職日の後には取得する余地がありません。消化のために退職日を後ろにずらす場合は、労働者との合意が必要です。
有給休暇を一括消化した社員の退職金を減額できますか?
年休を取得したこと自体を理由に退職金を減額することは、労働基準法附則136条の趣旨に反するおそれがあり、避けるべきです。引継ぎ不履行等を減額事由とする規定がある場合でも、減額が認められる範囲は限定的に判断される傾向があるため、慎重な検討が必要です。
まとめ
- 退職日までの労働日について請求された年休は、原則として拒否できない
- 引継ぎは、面談や取得時期の調整依頼など本人の協力を得て確保する
- 退職時の未消化分の買取りや退職日の後ろ倒しは、合意があれば可能
- 年5日の時季指定義務や計画的付与で、平時から年休の偏りを防ぐことが最大の予防策
対応を誤ると、労働基準監督署への申告や未払賃金の請求につながることもあります。退職の申出を受けた段階で早めに方針を決め、必要に応じて横浜の弁護士など専門家に相談することが、トラブル防止の近道です。
退職者対応・就業規則の見直しは弁護士にご相談ください
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