不倫慰謝料を示談書なしで払うのは危険?口約束・振込だけのリスク
不倫慰謝料を示談書なしで払うのは危険?口約束・振込だけのリスク
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年10月30日 最終更新日:2026年10月30日
不倫の慰謝料を請求され、「早く終わらせたいので、言われた金額を振り込んでしまおう」と考えている方は少なくありません。相手方から「書面なんて面倒だから、振り込んでくれればそれで終わりにする」と言われ、示談書を作らないまま支払いを済ませてしまうケースもあります。
しかし、示談書を作らずに支払うと、後になって「あれは一部の支払いにすぎない」「解決したとは言っていない」と主張され、紛争が蒸し返されるおそれがあります。この記事では、口約束や振込だけで不倫慰謝料を支払うことのリスク、すでに支払ってしまった場合の対処法、示談書に最低限入れておくべき内容を、横浜の弁護士が解説します。
結論として、不倫慰謝料の示談は口約束でも成立し得ますが、示談書がないと「何の支払いで、それで全て解決したのか」を証明することが難しくなり、追加請求や求償請求などのリスクが残ります。支払う前に、少なくとも金額・対象となる不貞行為・これで解決とする旨(清算条項)を書面で確認しておくことが重要です。
示談書がなくても不倫慰謝料の示談は成立する?
不倫慰謝料の示談は、法的には「和解」という契約にあたります。民法695条は、和解について「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」と定めており、書面の作成は成立の要件とされていません。そのため、口約束であっても和解が成立する可能性はあります。
また、和解が成立すると、後から「実は権利がなかった(あった)」という確証が出てきても、原則として和解の内容どおりに権利関係が確定するという効力があります(民法696条)。紛争を終わらせる点で、和解は非常に強い効力を持つ契約といえます。
問題は、口約束の場合、「どのような内容で和解したのか」を後から証明する手段が乏しいことです。相手方が「解決したとは言っていない」と主張した場合、合意の存在や内容を立証するのは支払った側にとって大きな負担になります。
示談書なしで慰謝料を払う主なリスク
示談書を作らずに支払った場合に生じやすいリスクを整理すると、次のとおりです。
| リスク | 具体的に起こり得ること |
|---|---|
| 追加請求 | 「支払われたのは一部にすぎない」として、残額や別名目の金銭を請求される |
| 対象範囲の争い | どの期間・どの不貞行為についての支払いかが曖昧になり、別の時期の関係を理由に再請求される |
| 求償の問題 | 求償権の扱いを決めていないため、後から不倫相手の側や配偶者の側との間で負担割合をめぐる争いが生じる |
| 付随する約束の不明確さ | 接触禁止や口外禁止の約束をしたつもりでも、内容や違反時の扱いが分からず、トラブルの火種になる |
| 時効の問題 | 一部を支払ったことが債務の「承認」と扱われ、残額の請求について時効が新たに進行し始める可能性がある |
特に注意したいのが最後の点です。民法152条1項は、権利の承認があったときは時効がその時から新たに進行を始めると定めています。示談書のない一部の支払いは、相手方から「債務を認めて一部を払った」と評価される余地があり、かえって相手方に有利な材料を与えてしまうこともあります。
示談が成立した後の追加請求がどのような場合に認められ得るかについては、不貞慰謝料の示談後に追加請求はできるかを解説した記事もあわせてご覧ください。
「振込の記録があれば大丈夫」とはいえない理由
「振込の記録が残っているから、払った証拠にはなる」と考える方もいます。確かに振込記録は「いつ、いくらを支払ったか」を示す有力な資料です。しかし、振込記録から分かるのは原則としてそこまでです。
- その支払いが不倫慰謝料なのか、別の名目(貸付金の返済など)なのか
- 支払った金額で全ての請求が解決したのか、それとも一部の支払いなのか
- 求償権を放棄するのか、接触禁止などの約束があるのか
こうした点は、振込記録だけでは明らかになりません。振込の際に摘要欄へ「慰謝料」などと入力しておくことは一定の意味がありますが、合意内容全体を示すものではないため、示談書の代わりにはならないと考えておくべきです。
すでに示談書なしで払ってしまった場合の対処法
すでに口約束で支払ってしまった場合でも、できることはあります。
合意内容をまとめた書面の作成を求める
支払い後であっても、相手方に「先日の支払いで本件は全て解決したことを確認する」趣旨の合意書の作成を求めることが考えられます。清算条項を含む書面を事後的に作成できれば、蒸し返しのリスクを大きく下げることができます。
受取証書(領収書)の交付を求める
民法486条は、弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができると定めています。これから支払う場合は、受取証書の交付と引換えに支払うよう求めることができます。受取証書には、金額だけでなく「不貞行為に基づく慰謝料として」などの名目を記載してもらうことが望ましいでしょう。
メッセージで合意内容を確認しておく
相手方が書面の作成に応じない場合でも、メールやLINEで「〇月〇日に〇万円を支払い、これで本件は解決したと理解しています」と送り、相手方の返信を残しておくことは、合意内容を示す資料になり得ます。ただし、表現によってはかえって不利な内容を認める結果になることもあるため、送信前に慎重に文面を検討する必要があります。
示談書に最低限入れておくべき内容
これから示談をする場合は、支払いの前に示談書を取り交わすのが基本です。少なくとも次の内容は明記しておくべきです。
- 当事者と、対象となる不貞行為(相手方・おおよその期間)の特定
- 支払う金額、支払期限、支払方法(分割の場合は回数・各回の金額)
- 本件に関して他に債権債務がないことを確認する清算条項
- 求償権の扱い(放棄するか否か)
- 必要に応じて、接触禁止条項・口外禁止条項とその違反時の扱い
示談書の具体的な書き方は不貞慰謝料の示談書(合意書)の書き方と注意点で、請求された側が署名前に確認すべき点は示談書にサインする前の確認点で詳しく解説しています。示談書の作成や交渉を弁護士に任せる場合の流れは、不貞慰謝料請求の取扱分野ページをご覧ください。
よくある質問
口約束だけの示談でも法的に有効ですか?
和解(示談)は、当事者が互いに譲歩して争いをやめることを約束すれば成立し、書面は成立の要件とされていません(民法695条)。そのため口約束でも成立し得ますが、後で合意の有無や内容が争われたときに証明することが難しくなります。
振込の記録があれば示談書はいらないのではありませんか?
振込記録は「いくら支払ったか」を示すことはできますが、「何の支払いか」「これで全て解決したのか」までは示しません。清算条項や求償権の扱いなどは振込記録からは分からないため、書面で合意内容を残しておくことが重要です。
すでに示談書なしで支払ってしまいました。今からできることはありますか?
相手方に合意内容をまとめた書面の作成を求める、受領を確認する書面(受取証書)の交付を求める、メールやLINEで合意内容を確認するやり取りを残す、といった方法が考えられます。相手方が応じない場合は、弁護士に交渉を依頼することも検討してください。
相手方から「示談書は作らない」と言われた場合はどうすればよいですか?
示談書の作成を拒む理由を確認したうえで、少なくとも合意内容(金額、対象となる不貞行為、これで解決とすること)を書面やメッセージで確認してから支払うことが望ましいといえます。支払いの前に弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
不倫慰謝料の示談は口約束でも成立し得ますが、示談書がなければ合意内容を証明することが難しく、追加請求や対象範囲の争い、求償や時効の問題など、さまざまなリスクが残ります。振込記録だけでは「これで全て解決した」ことまでは示せません。
早く終わらせたいときほど、支払いの前に一度立ち止まり、清算条項を含む示談書を取り交わすことが、結果として紛争を確実に終わらせる近道になります。すでに支払ってしまった場合でも、事後的に合意書を作成するなどの対処が考えられます。弁護士に依頼すれば、相手方との書面のやり取りや条項の検討を任せることができます。
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