事業譲渡と会社分割の違い|中小企業M&Aの手続きを弁護士が解説
事業譲渡と会社分割の違い|中小企業M&Aの手続きを弁護士が解説
「後継者がいないので事業を他社に引き継いでもらいたい」「不採算の一部門だけを切り離したい」「同業から一部の事業を買い取らないかと打診された」——。中小企業が事業の一部または全部を他社に引き継ぐ場面では、その手法として「事業譲渡」と「会社分割」がよく比較されます。どちらも事業を移す点では同じですが、法律上の性質・手続き・従業員や取引先への影響・税務は大きく異なり、選択を誤ると想定外の負担やトラブルを招くおそれがあります。
この記事では、事業譲渡と会社分割の基本的な違いを、承継の範囲・株主総会の要否・労働者や債権者の扱い・簿外債務のリスク・税務という観点から整理し、中小企業がM&Aや事業承継を検討する際の判断材料をわかりやすく解説します。
事業譲渡と会社分割の基本的な違いとは
まず大枠を押さえましょう。事業譲渡と会社分割の最大の違いは、権利義務を「個別に」移すか、「包括的に」移すかという点にあります。
事業譲渡とは、会社が営む事業を構成する資産(不動産・設備・在庫・売掛金・のれん・取引先との契約など)を、当事者間の合意によって個別に移転させる取引をいいます。いわば「事業に関する財産を選んで売買する」イメージです。事業譲渡は会社法上の組織再編行為には位置づけられておらず、通常の取引契約の一種と整理されます。そのため、移転する契約や許認可は原則として一つひとつ相手方の同意や名義変更の手続きが必要になります。
会社分割とは、会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、他の会社(承継会社)または新たに設立する会社(設立会社)に包括的に承継させる会社法上の組織再編行為です(会社法757条以下・762条以下)。既存の会社に承継させる「吸収分割」と、新たに設立する会社に承継させる「新設分割」の2種類があります。会社分割では、分割契約や分割計画で定めた範囲の権利義務が包括的に移転するため、個々の契約について相手方の同意を得なくても承継される点が特徴です。
承継される範囲と対価の違い
承継の範囲と対価の受け取り方も、両者で大きく異なります。
承継される権利義務の範囲
事業譲渡では、譲渡契約で「移す」と定めた資産・負債だけが移転します。裏を返せば、引き継ぎたくない負債や不要な契約は対象から外すことができます。この「選べる」点は、後述する簿外債務リスクの観点で買い手にとって大きなメリットになります。
会社分割では、分割契約・分割計画に記載された権利義務が包括的に承継されます。承継の対象は柔軟に設計できますが、対象に含めた範囲は原則として一体として移転するため、事業譲渡ほど細かく「これは外す」という切り分けをする発想とは異なります。
対価の受け取り方
対価の面でも違いがあります。事業譲渡では、譲受会社が譲渡会社に対して現金で対価を支払うのが一般的です。これに対し会社分割では、対価として承継会社・設立会社の株式を交付することが可能です。グループ内再編や、対価を現金で用意しにくいケースでは、株式を対価にできる会社分割が使いやすい場面があります。
| 比較項目 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 取引契約(組織再編行為ではない) | 会社法上の組織再編行為 |
| 承継の方法 | 個別承継(契約・許認可ごとに手続き) | 包括承継(定めた範囲がまとめて移転) |
| 対価 | 現金が一般的 | 株式の交付が可能 |
| 種類 | 全部譲渡・一部譲渡 | 吸収分割・新設分割 |
手続きの違い(株主総会の特別決議など)
次に、会社内部で必要となる手続きを見ていきます。
事業譲渡の手続き
事業の全部の譲渡や、事業の重要な一部の譲渡などを行う場合、譲渡会社では原則として株主総会の特別決議による承認が必要です(会社法467条)。特別決議は、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要とされる、通常より重い決議です(会社法309条2項)。譲受会社側でも、他の会社の事業の全部を譲り受ける場合には同様に特別決議が求められることがあります。
もっとも、譲渡する資産の帳簿価額が譲渡会社の総資産額の5分の1(定款で引き下げ可)を超えない場合など、一定の要件を満たすときは、株主総会の承認を要しない「簡易」な手続きが認められる場合があります(会社法467条1項2号かっこ書等)。自社の取引がこれに該当するかは、資産の評価や割合の算定を含めて慎重に確認する必要があります。
会社分割の手続き
会社分割では、原則として分割契約または分割計画について株主総会の特別決議による承認が必要となるほか、反対株主の株式買取請求への対応、後述する債権者保護手続き、労働者との協議など、会社法および労働契約承継法に基づく一連の手続きを踏む必要があります。会社分割は組織再編行為であるため、事業譲渡に比べて手続きが定型的・法定化されている一方、手順を一つでも欠くと効力が争われるリスクがあります。
なお、株主総会の議事録の作成・保存は、事業譲渡・会社分割いずれの場面でも重要です。決議の適法性を後から証明できるよう、正確な議事録を残しておくことが欠かせません(この点は株主総会・取締役会の議事録の作成方法に関する記事もあわせてご参照ください)。
従業員(労働者)の扱いはどう変わるか
中小企業のM&Aで見落とされがちなのが、従業員の扱いです。ここは事業譲渡と会社分割で法的な仕組みが大きく異なります。
事業譲渡は「個別の同意」が必要
事業譲渡では、労働契約は当然には移転しません。従業員を譲受会社に移すには、その従業員を譲渡会社から退職させ、譲受会社と新たに雇用契約を結ぶ「転籍」の形をとることになり、従業員本人の個別の同意が必要と解されています。同意が得られない従業員は元の会社に残ることになり、想定した人員が承継できないという事態も起こり得ます。
会社分割は「労働契約承継法」による承継
会社分割では、「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)が適用されます。承継される事業に主として従事している労働者の労働契約は、分割契約等にその承継が定められていれば、原則として承継会社・設立会社に承継され、個別の同意は不要とされています。
ただし、労働者保護のための手続きが法定されており、代表的なものとして、分割会社が雇用するすべての労働者の理解と協力を得るよう努める「7条措置」や、承継の対象となる労働者との個別の協議(いわゆる「5条協議」)などがあります。これらの協議が全く行われなかったり、内容が著しく不十分であったりする場合には、労働契約承継の効力が争われる余地があると指摘されています。会社分割だからといって従業員への説明を軽視できるわけではない点に注意が必要です。
| 従業員の扱い | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|
| 労働契約の承継 | 当然には承継されない(転籍扱い) | 労働契約承継法により原則承継 |
| 本人の個別同意 | 必要と解される | 原則不要(法定手続きは必要) |
| 主な法定手続き | —— | 7条措置・5条協議・労働者への通知等 |
取引先・債権者への影響と簿外債務のリスク
契約の承継と債権者保護手続き
事業譲渡では、取引先との契約を移すには、原則として個々の相手方の同意が必要です。手間はかかりますが、逆に言えば承継したい契約を選び、不要な契約を外すことができます。一方、会社分割では包括承継のため個々の契約について相手方の同意は原則不要ですが、その代わりに債権者保護手続きが求められる場合があります。具体的には、異議を述べることができる債権者に対し、官報による公告と、知れている債権者への各別の催告を行う必要があります(会社法789条等)。この手続きを怠ると、分割の効力や責任の面で問題が生じるおそれがあります。
簿外債務・偶発債務のリスク
買い手にとって重要なのが、把握していない負債(簿外債務・偶発債務)をどこまで背負うかという点です。事業譲渡では、契約で引き継ぐと定めた債務だけが移るのが原則のため、簿外債務を切り離しやすいとされます。もっとも、譲受会社が譲渡会社の商号を続けて使用する場合には、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うことがある(会社法22条)など、例外もある点に注意が必要です。
また、会社分割では権利義務が包括的に承継されるため、想定していなかった債務まで引き継いでしまうリスクがあります。さらに、分割会社が残された債権者を害することを知って会社分割を行った場合(詐害的会社分割)には、残された債権者が、承継会社等に対して承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できるとされています(会社法759条4項等)。詐害的な事業譲渡についても同様の規定があり(会社法23条の2)、いずれの手法でも債権者を不当に害する形での事業移転は法的にチェックされる仕組みになっています。
税務・許認可の違いと選択の考え方
税務上の主な違い
事業譲渡と会社分割では、課税の扱いも異なります。一般に、事業譲渡による資産の移転は消費税の課税取引となり、譲渡資産に応じた消費税が発生します。これに対し会社分割による資産の移転は、消費税の課税対象外(不課税)とされています。また、不動産を含む場合の不動産取得税や登録免許税についても、事業譲渡では課税されるのが原則である一方、会社分割では一定の要件を満たせば軽減・非課税となる場合があります。
許認可の扱い
許認可事業を営んでいる場合は特に注意が必要です。事業譲渡では、許認可は当然には引き継がれず、業種によっては譲受会社が改めて許認可を取得し直す必要があります。会社分割の場合も、承継の可否は許認可の根拠法令ごとに扱いが異なり、承継できるもの・改めて申請が必要なものがあります。事業に不可欠な許認可が移転時に切れてしまうと事業が止まりかねないため、事前に所管官庁へ確認しておくことが欠かせません。
どちらを選ぶかの考え方
選択の目安を整理すると、負債や不要な契約を切り離して必要な資産だけを引き継ぎたい、対価は現金で受け取りたいという場合には事業譲渡が向く傾向があります。反対に、事業をまとめて包括的に承継したい、対価として株式を活用したい、多数の契約を個別同意なしに移したいという場合には会社分割が選択肢になります。もっとも、実際には税務・労務・許認可・債権者対応が複雑に絡み合うため、スキームの選択は弁護士・税理士などの専門家を交えて総合的に検討することが望まれます。事業の受け皿として新会社を設立する場合は、法人化(法人成り)のタイミングや手続きの観点も参考になります。
よくある質問
事業譲渡と会社分割は、結局どちらを選べばよいですか?
一概には決められず、承継したい資産・負債の範囲、対価を現金にしたいか株式にしたいか、簿外債務を引き継ぎたくないか、労働者や許認可をどう扱うかといった事情によって適切な方法は変わります。負債や不要な契約を切り離したい場合は個別に移せる事業譲渡が向くことが多く、事業をまとめて包括的に承継したい場合は会社分割が選択肢になります。税務やリスクの影響が大きいため、弁護士や税理士に相談したうえで判断することをおすすめします。
事業譲渡では必ず株主総会の特別決議が必要ですか?
事業の全部または重要な一部を譲渡する場合などは、原則として株主総会の特別決議による承認が必要です(会社法467条・309条2項)。ただし、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下にとどまる場合など、一定の要件を満たすときは株主総会の承認を要しない簡易な手続きが認められる場合があります。自社が該当するかは個別の確認が必要です。
事業譲渡で従業員はそのまま移りますか?
事業譲渡では労働契約は当然には承継されず、従業員を移すには本人の個別の同意(転籍の同意)が必要と解されています。これに対し会社分割では、承継される事業に主として従事する労働者の労働契約は、労働契約承継法に基づき原則として承継会社に引き継がれ、個別同意は不要とされています。ただし会社分割でも労働者との協議など法定の手続きが求められます。
会社分割なら債権者への手続きは不要ですか?
いいえ。会社分割では、原則として官報公告と、知れている債権者への各別の催告による債権者保護手続きが必要になる場合があります(会社法789条等)。手続きを怠ると分割の効力や責任の面で問題が生じるおそれがあります。個別の契約の同意取得は不要でも、法定の債権者保護手続きは省略できない点に注意が必要です。
事業譲渡で買い手は売り手の負債も引き継ぎますか?
事業譲渡では、譲渡契約で引き継ぐと定めた資産・負債だけが移るのが原則で、簿外債務や偶発債務を切り離せる点がメリットとされます。ただし、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うことがある(会社法22条)など例外もあり、契約設計には注意が必要です。
まとめ
事業譲渡と会社分割は、いずれも事業を他社に引き継ぐ手法ですが、権利義務を個別に移すか包括的に移すか、対価を現金にするか株式にするか、従業員や債権者をどう扱うか、税務や許認可がどうなるかといった点で大きく異なります。どちらが有利かは会社の状況や目的によって変わり、選択を誤ると簿外債務の承継や労務トラブル、想定外の税負担につながりかねません。
中小企業のM&Aや事業承継は、契約書の設計だけでなく、労務・税務・許認可・債権者対応まで含めた全体設計が成否を分けます。弁護士に早い段階で相談することで、自社に合ったスキームの選択や、想定されるリスクの洗い出し、契約条項の作り込みを一貫して進めることができます。横浜のタングラム法律事務所でも、中小企業・個人経営の事業者の事業承継・M&Aに関するご相談に対応しています。会社の解散という選択肢と比較検討されたい場合は、会社の解散・清算手続きの流れの記事もご参照ください。
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