相続で遺産の一部だけ先に分割できる?一部分割の要件を弁護士が解説
相続で遺産の一部だけ先に分割できる?一部分割の要件を弁護士が解説
「父が遺した預貯金だけでも先に分けたい。けれども自宅の評価をめぐって兄と折り合いがつかず、話が進まない」。相続のご相談では、こうしたお悩みを数多くお受けします。もめている財産は一つだけなのに、そのせいで相続手続全体が止まり、生活費や納税資金にも支障が出てしまうのは大きな負担です。
結論から申し上げると、遺産は「一部だけ」先に分割することができます。ただし、先に分けたことがかえって不利に働く場面もあります。この記事では、一部分割が認められる要件、協議と調停・審判それぞれの進め方、ひそむ落とし穴、協議書に入れておきたい条項までを、横浜の弁護士が解説します。
遺産の一部分割とは|民法907条が定めるルール
遺産の一部分割とは、遺産のうち一部の財産についてだけ先に帰属を確定させる遺産分割をいいます。根拠は民法907条です。
同条1項は、共同相続人は、被相続人が遺言で分割を禁じた場合(民法908条1項)や相続人間で分割をしない旨の契約をした場合(同条2項)を除き、いつでも、その協議で「遺産の全部又は一部の分割」をすることができると定めています。全員が合意すれば、預貯金だけ、あるいは特定の不動産だけを先に分けることが明文で認められています。
同条2項は、協議が調わないとき又は協議をすることができないときは、各共同相続人が「その全部又は一部の分割」を家庭裁判所に請求することができると定めています。もっとも同項ただし書は、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合の一部分割については、この限りでないとして歯止めをかけています。この「一部の分割」という文言は、平成30年の相続法改正(平成30年法律第72号)で明文化され、令和元年7月1日から施行されました。
| 方法 | 根拠条文 | 成立に必要なこと | 主な制約 |
|---|---|---|---|
| 協議による一部分割 | 民法907条1項 | 相続人全員の合意 | 遺言による分割禁止・不分割契約がないこと |
| 調停・審判による一部分割 | 民法907条2項 | 家庭裁判所への申立て | 他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合は不可(同項ただし書) |
遺産の一部分割が使われる典型的な場面
- 不動産の評価や分け方でもめているが、預貯金には争いがなく、先に分けて生活費や納税資金を確保したい
- 事業用資産だけを先に承継させ、被相続人が営んでいた事業の継続に支障が出ないようにしたい
- 使途不明金など調査に時間のかかる争点があり、争いのない財産だけ先行して分けたい
協議で一部分割をするときの要件と注意点
相続人全員の合意が必要
協議による一部分割も通常の遺産分割と同じく、相続人全員の合意が必要です。一部の相続人だけで作成した協議書は無効であり、後から争われる原因になります。戸籍によって相続人を確定させてから協議に入ることが前提です。
遺言や不分割契約による制限を確認する
被相続人が遺言で、相続開始の時から5年を超えない期間を定めて遺産分割を禁じている場合(民法908条1項)、その期間中は協議による分割ができません。相続人間で5年以内の期間を定めて分割をしない旨の契約をしている場合(同条2項)も同様です。
「一部分割である」ことを協議書に明示する
一部分割で最も多いトラブルは、後から「あの協議で全部終わったはずだ」「いや、あれは預金だけの話だ」という食い違いが生じることです。協議書には、対象財産を特定したうえで、これが遺産の一部についての分割であること、残余の遺産は別途協議することを明記してください。
話し合いがまとまらない場合|調停・審判で一部分割を求める
相続人の一人でも反対していれば、協議による一部分割はできません。この場合は民法907条2項に基づき、家庭裁判所に遺産の一部の分割を請求することが考えられます。実務上は、まず遺産分割調停を申し立て、成立しなければ審判に移行します(手続の詳細は遺産分割調停を自分で申し立てる方法をご参照ください)。
家庭裁判所が一部分割を認めるかどうかは、同項ただし書の「他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合」に当たらないかによります。一部だけ先に分けると、残された遺産では特別受益や寄与分を踏まえた公平な調整ができなくなることがあるためです。実務では、一部分割をしても残余の遺産の分割によって最終的に適正な分割を実現できる見通しがあるかが、判断の中心になると解されています。
一部分割の落とし穴|先に分けると不利になることもある
調整の原資がなくなる
最も注意すべきは調整原資の問題です。預貯金を先に法定相続分どおり分けてしまうと、残るのは不動産だけということになりがちです。その後の分割で不動産を単独取得したい相続人がいても、代償金を支払う原資が手元になく、結局は売却して分けるしかなくなります。「先に分けたい財産」ではなく「最後まで残しておくべき財産は何か」から逆算して考えることが大切です。
特別受益・寄与分の調整が効かなくなる
特別受益や寄与分は、遺産全体を通じて調整されるべきものです。一部分割を単純に法定相続分で行うと、残余の遺産だけでは調整が足りなくなることがあります。加えて民法904条の3は、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割については、特別受益・寄与分に関する規定を原則として適用しないと定めています(令和3年法律第24号、令和5年4月1日施行)。先送りにしているうちに10年が経過すると、法定相続分による画一的な分割しか主張できなくなるおそれがあります(遺産分割が長引くとどうなる?もご覧ください)。
相続税の取扱いに注意する
相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内であり、遺産が未分割であることを理由に延長されません。未分割の部分については、各相続人が民法に規定する相続分に従って取得したものとして計算して申告します(相続税法55条、国税庁タックスアンサーNo.4208)。この場合、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減が適用できない申告になるため、いったん多めに納税し、分割確定後に修正申告や更正の請求を行う流れになります。
一部分割の遺産分割協議書に入れておくべき条項
| 条項 | 入れておく理由 |
|---|---|
| 対象財産の特定 | 金融機関名・口座番号、不動産の登記事項を正確に記載し、対象の範囲を明確にする |
| 一部分割である旨 | この協議が遺産の一部についてのものであることを明示する |
| 残余遺産の取扱い | 本協議書に記載のない遺産は別途協議する旨を定める |
| 今回取得分の位置づけ | 取得した財産を残余の分割で具体的相続分に充当するのか、別枠とするのかを定める |
| 後日判明した遺産 | 新たな遺産が見つかった場合の協議方法を定めておく |
| 清算条項の限定 | 清算条項を置く場合は、対象を今回分割した財産に限定する |
特に「今回取得分の位置づけ」は見落とされがちですが、後の分割で「あれは相続分の前渡しだ」「いや別枠の合意だ」と対立する典型的な火種です。遺産分割全体の進め方については、相続・遺産分割に関する取扱分野のページもご覧ください。
よくある質問
遺産の一部分割をしたら、残りの遺産は分けなくてよいのですか。
残りの遺産についても別途、遺産分割をする必要があります。一部分割は遺産の一部だけ帰属を確定させる合意であり、残余の遺産は未分割のまま共同相続人の共有に属します。協議書には「本協議書に記載のない遺産については別途協議する」旨を明記しておくことが重要です。
相続人の一人が反対していても、遺産の一部分割はできますか。
協議による一部分割は相続人全員の合意が必要ですので、一人でも反対していれば成立しません。この場合は民法907条2項により家庭裁判所に遺産の一部の分割を請求することが考えられますが、一部を分割することで他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合には認められません(同項ただし書)。
遺産の一部分割をすると、相続税の申告はどうなりますか。
相続税の申告期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内で、遺産が未分割でも延長されません。未分割の部分は法定相続分で取得したものとして計算します(相続税法55条、国税庁タックスアンサーNo.4208)。税務上の取扱いは税理士または所轄の税務署にご確認ください。
一部分割の後で新たな遺産が見つかった場合はどうなりますか。
新たに判明した遺産は未分割の遺産として、改めて分割の対象になります。ただし協議書に包括的な清算条項が入っていると、後日発見された遺産についても権利を放棄したと解釈されるおそれがあります。清算条項の書き方には特に注意が必要です。
まとめ
遺産の一部分割は、民法907条によって協議・審判のいずれの場面でも認められている実務上有用な手段です。もめている財産があるからといって、相続手続全体を止めておく必要はありません。他方で、調整の原資が失われたり、特別受益・寄与分の主張が反映しきれなくなったり、清算条項が思わぬ足かせになったりする危険もあります。
どの財産を先に分け、どの財産を最後まで残すのかは、遺産の構成と相続人間の主張を全体として見渡したうえで決めるべき戦略的な判断です。弁護士に依頼すれば、相続財産の調査から一部分割の可否の見極め、協議書の条項の設計、調停・審判での主張立証まで一貫して対応できます。協議書に署名押印をする前にご相談ください。
遺産の一部分割・遺産分割のご相談はタングラム法律事務所へ
タングラム法律事務所では、横浜を拠点に、遺産分割協議・調停・審判や遺留分侵害額請求など、紛争性のある相続案件を数多く取り扱っております。一部分割を進めてよいか、協議書の条項をどう定めるべきかについても、弁護士が具体的な事情を伺ったうえでご助言いたします。
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