タングラム法律事務所

特別受益の持戻し免除とは?遺産分割・遺留分への影響を弁護士が解説

特別受益の持戻し免除とは?遺産分割・遺留分への影響を弁護士が解説

特別受益の持戻し免除とは?遺産分割・遺留分への影響を弁護士が解説

特別受益の持戻し免除とは?遺産分割・遺留分への影響を弁護士が解説

特別受益の持戻し免除とは?遺産分割・遺留分への影響を弁護士が解説

「父から住宅資金の援助を受けたが、父は『これはお前にやったものだから相続のときに気にしなくていい』と言っていた」「母が生前に姉へ多額の贈与をしていたのに、遺言に『相続分の計算に入れなくてよい』と書かれていた」——遺産分割の話し合いが始まった途端に、こうした生前の贈与をめぐって主張が真っ向から対立することは珍しくありません。その争点の中心にあるのが、持戻し免除の意思表示です。

持戻し免除が認められるかどうかで、各相続人が最終的に受け取る額は大きく変わります。しかし一方で、持戻し免除があっても遺留分の計算には影響しないなど、誤解されやすい点も少なくありません。この記事では、①持戻し免除の意思表示とは何か、②どのような場合に認められるか、③婚姻期間20年以上の夫婦に設けられた推定規定、④遺留分との関係、⑤10年ルールとの関係を、横浜の弁護士が順に解説します。

特別受益の持戻しと持戻し免除の意思表示

共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けた者や、婚姻・養子縁組のためもしくは生計の資本として贈与を受けた者がいる場合、その贈与の価額を相続開始時の財産の価額に加えたものを相続財産とみなし、そこから算定した相続分から遺贈・贈与の価額を控除した残額が、その者の相続分とされます(民法903条1項)。これが特別受益の持戻しです。生前に先渡しを受けていた分を精算し、相続人間の公平を図る仕組みといえます。

もっとも、被相続人がこれと異なる意思を表示したときは、その意思に従うとされています(民法903条3項)。これが持戻し免除の意思表示です。被相続人が「この贈与は相続分の計算に含めなくてよい」と意思表示していれば、その贈与は持戻しの対象から外れ、受贈者はその分を実質的に上乗せして取得できることになります。

具体例で見る効果の違い

相続人が子A・子Bの2人、相続開始時の遺産が6,000万円、生前にAが住宅資金として2,000万円の贈与を受けていたケースで比較します。

持戻し免除がない場合持戻し免除がある場合
計算の基礎6,000万円+2,000万円=8,000万円(みなし相続財産)6,000万円(贈与は加算しない)
Aの取得額8,000万円×1/2−2,000万円=2,000万円6,000万円×1/2=3,000万円
Bの取得額8,000万円×1/2=4,000万円6,000万円×1/2=3,000万円

持戻し免除の有無だけで、Bの取得額は4,000万円から3,000万円へ、1,000万円も動きます。当事者が譲らず調停・審判にまで発展しやすいのは、この差の大きさによるものです。

持戻し免除の意思表示はどのような方法でできるか

民法903条3項は意思表示の方式を定めていません。したがって、次のいずれの形でも成立し得ると解されています。

  • 遺言による明示の意思表示——「長男に対する生前贈与については持戻しを免除する」等と記載する方法。最も確実です。
  • 生前の書面による明示の意思表示——贈与契約書に持戻し免除の条項を設けるなど。
  • 黙示の意思表示——明示的な記載や発言はないものの、贈与に至った事情等から被相続人の意思を推認するもの。

実務で争いになるのは、ほぼ例外なく最後の黙示の意思表示です。裁判例では、贈与の目的や動機、贈与の額と遺産全体との関係、他の相続人が受けた利益との均衡、被相続人と受贈者の生活関係などを総合して、その贈与相当額を当該相続人に多く取得させるだけの合理的な事情があったかという観点から判断される傾向にあります。たとえば、独立して生計を営むことが難しい相続人への生活援助であった場合や、被相続人の介護・家業の承継といった負担の見返りという側面があった場合には、黙示の免除が認められやすい方向に働きます。

「気にしなくていい」という口約束は立証が難しい。生前に被相続人がそう述べていたとしても、他の相続人が同席していなければ、それを裏づける客観的な資料は残りません。生前贈与を行う側は遺言や贈与契約書に持戻し免除を明記しておくこと、受けた側は当時のやり取りの記録や送金の趣旨がわかる資料を保存しておくことが、後の紛争の帰趨を分けます。

婚姻期間20年以上の夫婦には推定規定がある

2018年(平成30年)の相続法改正により、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他方に対し、その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、持戻し免除の意思を表示したものと推定するという規定が新設されました(民法903条4項)。長年連れ添った配偶者に自宅を残したという事実そのものから、被相続人の通常の意思を推し量る趣旨の規定です。

この規定により、配偶者は自宅を特別受益として持ち戻されることなく、その他の遺産についても法定相続分に応じた取得を主張しやすくなります。なお、この推定規定は配偶者居住権の遺贈についても準用されています(民法1028条3項)。配偶者居住権そのものについては配偶者居住権の仕組みと要件を解説した記事をご覧ください。

適用にあたっては、次の点に注意が必要です。

  • あくまで「推定」である——被相続人が持戻しを望む意思を示していた等の事情があれば、他の相続人の反証によって覆る余地があります。
  • 対象は居住用の建物・敷地に限られる——現金や賃貸用不動産の贈与には適用されません。
  • 令和元年7月1日より前の遺贈・贈与には適用されない——改正法の附則により、施行日前にされた遺贈または贈与については適用しないとされています(平成30年法律第72号附則4条)。古い時期の贈与については、原則どおり明示または黙示の意思表示の有無を個別に検討することになります。
婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与については、贈与税にも最高2,000万円の配偶者控除の特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4452)。ただし民法上の持戻し免除の推定と税法上の特例は別の制度であり、要件も効果も異なります。税務上の取扱いについては、税理士または所轄の税務署に必ずご確認ください。

持戻し免除があっても遺留分は別に計算される

ここが最も誤解の多い論点です。結論から言えば、持戻し免除の意思表示をしても、遺留分侵害額請求を免れることはできません

改正前の民法903条3項は、持戻し免除の意思表示について「遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する」と定めており、遺留分が優先することが条文上明らかでした。改正法はこの文言を削除して「その意思に従う」と改めましたが、これは持戻し免除が遺留分に優先するようになったという意味ではありません。遺留分の側に別の規律が置かれているためです。

すなわち、遺留分を算定するための財産の価額には、相続人に対する贈与のうち婚姻もしくは養子縁組のためまたは生計の資本として受けたもので、相続開始前10年以内にされたものが算入されます(民法1044条1項・3項)。この算入は持戻し免除の意思表示の有無を問わないと解されています。改正前の事案についてですが、最高裁平成24年1月26日第一小法廷決定(集民239号635頁)も、持戻し免除の意思表示がされていた場合であっても、その贈与の価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入されると判示していました。

具体例

相続人が子A・子Bの2人、相続開始時の遺産が2,000万円、Aが5年前に生計の資本として6,000万円の贈与を受けており、被相続人が遺言で持戻し免除の意思表示をしていたケースを考えます。

  • 遺産分割——持戻し免除により贈与は加算されず、2,000万円を2分の1ずつ。A・Bとも1,000万円を取得します。
  • 遺留分——基礎財産は2,000万円+6,000万円=8,000万円。Bの遺留分は8,000万円×1/2(総体的遺留分)×1/2(法定相続分)=2,000万円。Bが遺産分割で取得する額は1,000万円ですから、差額1,000万円が遺留分侵害額となり、BはAに対して金銭の支払を請求できます(民法1046条)。

このように、持戻し免除は遺産分割の局面では機能しますが、遺留分の局面では遮断効を持ちません。生前贈与によって特定の相続人に多く残したい場合、持戻し免除だけでは対策として不十分だということです。遺留分侵害額の計算方法そのものについては遺留分侵害額の計算方法を解説した記事で詳しく説明しています。

相続開始から10年が経過した場合の扱い

2021年(令和3年)の民法改正により、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、原則として特別受益(民法903条・904条)および寄与分(民法904条の2)の規定を適用しないこととされました(民法904条の3、令和5年4月1日施行)。ただし、10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたとき、またはやむを得ない事由があって一定の期間内に請求をしたときは例外とされています(同条各号)。

特別受益の主張自体ができなくなれば、その裏返しである持戻し免除を主張する必要もなくなります。裏を返せば、持戻しを主張したい側にとっては、10年という期限は極めて重要です。長年放置されてきた遺産分割は、この期限の経過によって主張できる内容が変わってしまいますので、家庭裁判所への申立てを含めた検討が必要です。申立ての具体的な手順は遺産分割調停を自分で申し立てる方法を解説した記事をご覧ください。

争いになったときにどう主張するか

持戻し免除をめぐる争いは、立場によって組み立てるべき主張が正反対になります。

立場主張の方向収集すべき資料の例
持戻し免除を主張する側(贈与を受けた相続人)贈与の趣旨・動機から、その額を自分に多く取得させる合理的事情があったことを示す遺言書、贈与契約書、被相続人の手紙・メモ、介護や家業従事の記録、他の相続人も同程度の援助を受けていない事情
持戻しを主張する側(他の相続人)そもそも特別受益に当たることを示したうえで、免除の意思を推認させる事情がないことを示す被相続人名義口座の取引経過、不動産登記事項証明書、贈与税申告の有無、扶養の範囲を超える金額であること

いずれの立場でも出発点になるのは、贈与の事実と金額の裏づけです。被相続人名義の口座の取引経過は、共同相続人の一人が単独で金融機関に開示を求めることができます。まずは資金の流れを客観的な資料で押さえたうえで、贈与の趣旨に関する主張を組み立てるという順序になります。当事務所の相続分野の取扱いについては相続の取扱分野のページでご案内しています。

よくある質問

持戻し免除の意思表示は、遺言に書かないと認められませんか。

遺言でなければならないという決まりはありません。民法903条3項は方式を定めていないため、生前の書面や口頭による意思表示でも、また明示されていない黙示の意思表示でも認められる余地があります。ただし、遺言や贈与契約書に明記されていない場合は、贈与の目的や他の相続人との公平といった事情から意思を推認することになるため、争いになりやすいのが実情です。

持戻し免除があれば、遺留分を請求されずに済みますか。

済みません。持戻し免除の意思表示は、共同相続人間の具体的相続分の計算に影響するにとどまります。遺留分を算定するための財産の価額には、相続人に対する贈与のうち婚姻・養子縁組のためまたは生計の資本として受けたもので相続開始前10年以内のものが算入されるとされており(民法1044条3項)、持戻し免除があっても算入自体は避けられないと解されています。

婚姻期間20年以上の夫婦であれば、自宅の贈与は必ず持戻し免除になりますか。

推定されるにとどまります。民法903条4項は、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が他方に居住用建物またはその敷地を遺贈・贈与したときは、持戻し免除の意思を表示したものと推定すると定めています。あくまで推定であるため、被相続人が持戻しを望んでいたことを示す事情があれば、他の相続人の反証によって覆る余地があります。なお、この規定は令和元年7月1日より前にされた遺贈・贈与には適用されません。

相続開始から10年が経つと、持戻し免除の主張はどうなりますか。

相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、原則として特別受益・寄与分の規定は適用されません(民法904条の3)。そうなると特別受益の持戻し自体が問題にならなくなるため、持戻し免除を主張する必要もなくなります。10年経過前に家庭裁判所へ遺産分割の請求をしていた場合などの例外がありますので、期限が近い場合は早めに弁護士にご相談ください。

まとめ

特別受益の持戻し免除は、遺産分割の結果を大きく左右する一方で、遺留分には及ばないという限界を持つ制度です。要点を整理します。

  • 被相続人が持戻しと異なる意思を表示したときは、その意思に従う(民法903条3項)。方式の定めはなく、黙示の意思表示でも足りる
  • 黙示の免除は、贈与の目的・動機、他の相続人との均衡などから、その額を当該相続人に多く取得させる合理的事情があったかによって判断される傾向にある
  • 婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用建物・敷地の遺贈・贈与には持戻し免除の推定が働く(民法903条4項)。ただし推定にとどまり、令和元年7月1日より前の遺贈・贈与には適用されない
  • 持戻し免除があっても、相続開始前10年以内の相続人への一定の贈与は遺留分の基礎財産に算入される(民法1044条3項)。遺留分侵害額請求は免れない
  • 相続開始から10年が経過すると、原則として特別受益の主張自体ができなくなる(民法904条の3)

持戻し免除が問題になる事案は、生前の資金の流れを何年もさかのぼって確認し、贈与の趣旨をめぐる評価を争うことになるため、当事者同士の話し合いでは折り合いがつきにくい類型です。どの資料を集め、どの事情を主張として組み立てるかによって結論が変わり得ますので、生前贈与をめぐって主張が対立していると感じたら、早い段階で弁護士にご相談ください。

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タングラム法律事務所では、横浜を中心に、遺産分割や遺留分侵害額請求など紛争性のある相続案件を数多く取り扱っております。特別受益・持戻し免除の主張の見通しや、集めるべき資料について、現在の状況に即したご説明をいたします。

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※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な事案についてのご判断は、弁護士にご相談ください。

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