タングラム法律事務所

就業規則の不利益変更は違法?賃金減額の進め方を横浜の弁護士が解説

就業規則の不利益変更は違法?賃金減額の進め方を横浜の弁護士が解説

就業規則の不利益変更は違法?賃金減額の進め方を横浜の弁護士が解説

就業規則の不利益変更は違法?賃金減額の進め方を横浜の弁護士が解説

就業規則の不利益変更は違法?賃金減額の進め方を横浜の弁護士が解説

「業績が厳しいので住宅手当を廃止したい」「退職金制度を今の会社規模に見合ったものに改めたい」——中小企業の経営者から、こうしたご相談をいただくことは少なくありません。経営判断としてはやむを得ない事情もあります。ところが、就業規則を書き換えて社内に掲示しただけで済ませてしまうと、数年後に退職した従業員から「減額分を支払え」と請求され、過去にさかのぼって差額の支払いを命じられることがあります。

労働条件の引下げ、いわゆる就業規則の不利益変更は禁止されているわけではありません。しかし有効となるための要件が法律と裁判例によって厳格に定められており、手順を誤ると変更そのものが無効になります。この記事では、労働契約法9条・10条の枠組み、同意書をもらう場合の落とし穴、合理性の判断要素、実務上の進め方を、横浜の弁護士が中小企業の目線で整理します。

就業規則の不利益変更とは——労働契約法9条の原則

不利益変更とは、賃金・手当・労働時間・休日・退職金などの既存の労働条件を従業員にとって不利な方向へ変更することをいいます。基本給や賞与の減額、住宅手当・家族手当の廃止、退職金算定基準の変更、年間休日の削減などが典型です。

労働契約法9条は「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」と定めています。出発点は「従業員の合意がなければ不利益変更はできない」という原則であり、これに対する例外が同法10条の定める「合理的な変更」だという構造です。

そもそも就業規則がない場合は? 常時10人以上の労働者を使用する事業場には就業規則の作成・届出義務があります(労働基準法89条)。作成義務の基準や記載事項は就業規則の作成義務と届出手順を解説した記事で取り上げています。就業規則がない事業場では労働条件は個別の労働契約で定まっているため、変更には従業員一人ひとりの同意が必要になります。

同意による変更——「同意書をもらった」だけでは足りない

労働契約法8条は、労働者と使用者は合意により労働条件を変更できると定めています。実務でも、まずは個別同意を得る方法が選ばれることが多いでしょう。ただしここに大きな落とし穴があります。同意書に署名押印をもらっただけでは、同意が有効と認められないことがあるという点です。

山梨県民信用組合事件(最高裁平成28年2月19日判決)

信用組合の合併に伴い退職金の支給基準が変更され、退職金額が著しく低額になったことから、退職した職員が旧基準による退職金の支払を求めた事案です。職員は同意書に署名押印しており、第一審・控訴審はこれを重視して請求を退けましたが、最高裁は次の枠組みを示して差し戻しました。

すなわち、賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無は、変更を受け入れる旨の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容および程度、その行為がされるに至った経緯および態様、行為に先立つ情報提供または説明の内容等に照らして、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきである、という考え方です。

実務上、同意を取り付ける際は次の点を押さえる必要があります。

  • 不利益を数字で示す——月額いくら、年額いくら、退職金がいくら減るのかを個別に提示する
  • 必要な理由を資料とともに説明する——決算状況、事業環境の変化、代償措置の内容
  • 検討する時間を与える——説明会当日に署名を求めず、持ち帰って検討できる期間を設ける
  • 説明資料と経過を記録に残す——後日の紛争では、この記録の有無が決定的な差になります

逆に、朝礼で口頭説明しただけ、給与明細に異議が出なかった(黙示の同意)といった主張は、賃金の不利益変更の場面ではきわめて通りにくいと考えるべきです。

同意が得られない場合——労働契約法10条の「合理性」

全員の同意を得ることが現実的でない場合、就業規則の変更によって一律に労働条件を変更する方法があります。労働契約法10条は、①変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、②就業規則の変更が合理的なものであるときは、労働条件は変更後の就業規則の定めるところによるとしています。合理性の考慮要素として同条が条文上明示するのは次の4つです。

考慮要素実務上のポイント
労働者の受ける不利益の程度減額率・減額の絶対額、影響を受ける従業員の範囲。特定の層に不利益が集中していないか
労働条件の変更の必要性経営状況、制度是正の必要性。賃金など重要な労働条件には高度の必要性が求められる傾向
変更後の就業規則の内容の相当性変更後の水準が社会一般と比べて不相当でないか。経過措置・代償措置の有無
労働組合等との交渉の状況労働組合・従業員代表との協議の回数と内容、説明の充実度、妥結の有無

合理性が認められた例・認められなかった例

第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日判決)では、定年を55歳から60歳へ延長する一方で55歳以降の賃金水準を引き下げた変更について、合理性が肯定されました。定年延長が当時の国の政策目標とされ、行政からの要請や労働組合からの提案もあった事情のもとで、変更の必要性が高度であったと評価されたものです。同判決が示した総合考慮の枠組みは、現在の労働契約法10条の土台となっています。

他方、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日判決)では、55歳到達時点で基本給を凍結し管理職から新設の専任職へ移行させる制度変更について、合理性が否定されました。多数組合の同意を得ていたにもかかわらず、高年層の行員に対して専ら大きな不利益のみを与えるもので、救済ないし緩和のための措置の効果が不十分であった点が重視されています。

この2件の対比から読み取れる教訓は明確です。不利益が特定の層に集中する制度設計は合理性を否定されやすく、経過措置・代償措置の設計こそが勝負どころになるということです。多数組合が同意していても、それだけで安全とは言えません。

不利益変更を進める5つのステップ

実務上の標準的な進め方を整理します。企業法務の観点からは、次の順序で記録を残しながら進めることが望まれます。詳しくは当事務所の企業法務・顧問弁護士のページもご覧ください。

①現状の労働条件を確定させる。対象の労働条件が就業規則・賃金規程、個別の労働契約書、労働協約のいずれで定まっているかを確認します。労働契約法10条ただし書は、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として労使が合意していた部分には原則として同条が適用されないと定めており、個別契約で「基本給は月額○○円とする」と明記されている場合には、就業規則の変更だけでは足りない可能性が高いといえます。

②変更の必要性を裏づける資料を揃える。直近数期の決算書、資金繰り表、人件費比率の推移など、第三者が見て必要性を理解できる形にしておきます。

③代償措置・経過措置を設計する。合理性判断で最も効いてくる部分です。減額幅を段階的に適用する、一定期間の調整給を支給する、廃止する手当の一部を別制度に振り替えるといった設計が考えられます。不利益が特定の年齢層・職種に集中する場合は、その層への緩和措置を必ず検討します。

④説明と協議を尽くす。説明会で変更内容・理由・個人ごとの影響額・代償措置を説明し、労働組合または従業員代表と協議します。説明会の資料、質疑応答の記録、協議の議事録は必ず保存してください。後に裁判になったとき、これらが「交渉の状況」を裏づける証拠になります。

⑤所定の手続を履践する。労働基準法90条1項により、過半数組合(なければ過半数代表者)の意見を聴き、その意見を記した書面を添付して(同条2項)、同法89条に基づき所轄の労働基準監督署長へ届け出ます。そのうえで同法106条1項に従い、掲示・備付け・書面交付などの方法で全従業員に周知します。周知は労働契約法10条の要件でもあるため、ここを飛ばすことはできません。

89条・90条1項・106条の違反は、労働基準法120条により30万円以下の罰金の対象とされています。手続の履践は、私法上の効力の問題であると同時に、行政・刑事上の問題でもあります。

よくある失敗パターン

  • 就業規則を差し替えただけで周知していない——キャビネットの奥にファイルしただけでは、周知したと評価されない可能性があります
  • 説明会の場で同意書に署名させる——検討時間を与えていない点が「自由な意思」を否定する方向に働きます
  • 同意しない従業員に退職を促す——退職強要と評価されれば別の紛争を招きます(退職勧奨の適法な進め方に関する記事
  • 同意しないことを理由に不利益な扱いをする——降格や懲戒処分で対応すると、当該処分自体の有効性が争われます(懲戒処分の進め方に関する記事

なお、不利益変更が無効と判断された場合、差額賃金は原則として過去にさかのぼって請求されます。賃金請求権の消滅時効は、労働基準法115条により5年とされていますが、同法143条3項の経過措置により、当分の間、退職手当を除く賃金の請求権は3年とされています。数年分の差額が複数の従業員から請求されれば、金額は相当な規模になり得ます。

よくある質問

従業員全員から同意書をもらえば、賃金を減額しても問題ありませんか。

同意書があることは有力な事情ですが、それだけで有効とは限りません。前掲の山梨県民信用組合事件判決は、賃金・退職金に関する不利益変更への同意について、署名押印という行為の有無だけでなく、不利益の内容および程度、同意に至った経緯や態様、事前の情報提供・説明の内容に照らし、労働者の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断されるべきとしています。減額幅と算定根拠を書面で示し、検討時間を確保することが重要です。

従業員が10人未満で就業規則を作っていない場合はどうなりますか。

就業規則がない場合、労働条件は個々の労働契約や労働条件通知書によって定まっています。変更は労働契約法8条の合意による変更として行うことになり、従業員一人ひとりから個別の同意を得る必要があります。就業規則がないことは、一方的に変更してよいという意味ではありません。

過半数代表者が反対しても就業規則を変更できますか。

労働基準法90条1項が求めているのは意見を聴くことであり、同意を得ることまでは要求されていません。反対意見が記載された意見書を添付して届け出ることも可能です。もっとも、反対意見が出ている事実は労働契約法10条の合理性判断において不利に働く可能性があるため、交渉の経過を記録に残しておくことが望まれます。

経営が苦しいという理由だけで賃金を下げることはできますか。

経営状況の悪化は変更の必要性を基礎づける事情の一つですが、それのみで合理性が認められるとは限りません。賃金は労働者にとって重要な労働条件であり、裁判例では高度の必要性に基づく合理的な内容であることが求められる傾向にあります。決算資料等で必要性を裏づけたうえで、経過措置や代償措置を併せて検討することが実務上重要です。

変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出れば有効になりますか。

届出は労働基準法89条が定める使用者の義務ですが、届け出たことによって変更の内容が当然に有効になるわけではありません。私法上の効力は労働契約法9条・10条によって判断されます。届出は必要条件であって十分条件ではない、と理解してください。

まとめ

  • 原則は「合意がなければ不利益変更はできない」(労働契約法9条)。例外が同法10条の合理的変更
  • 同意書があっても、説明・検討時間・不利益の程度によっては有効な同意と認められないことがある
  • 合理性は、不利益の程度・変更の必要性・変更内容の相当性・労使交渉の状況等を総合して判断される
  • 不利益が特定の層に集中する設計は危険。経過措置・代償措置の設計が実務上の要
  • 意見聴取(労基法90条)・届出(同89条)・周知(同106条、労契法10条)の手続を必ず履践する

制度変更は、施行してから争われるまでに数年の時間差が生じます。その間に人事担当者が交代し、当時の説明資料が失われていることも珍しくありません。だからこそ、設計の段階から弁護士が関与し、変更内容の合理性を検証しながら記録の残し方まで含めて組み立てておくことに意味があります。

就業規則の見直し・賃金制度の変更をご検討中の事業者の方へ

タングラム法律事務所では、企業法務(契約書レビュー・労務・法改正対応等)について、中小企業・個人経営の事業者向けに豊富な実績を有しております。不利益変更の設計、説明資料・同意書の作成、労使協議の進め方まで、横浜の弁護士が具体的にお手伝いいたします。

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※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な事案についてのご判断は、弁護士にご相談ください。

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