トレント開示後に損害賠償請求の通知書が届いたら|対応と示談交渉
トレント開示後に損害賠償請求の通知書が届いたら|対応と示談交渉
プロバイダから意見照会書が届いた後、しばらくして今度は法律事務所の名前で封書が届いた——。BitTorrent(トレント)による著作権侵害を理由とする発信者情報開示では、開示が実行された後、権利者の代理人である弁護士から損害賠償請求の通知書が送られてくることがあります。差出人が権利者本人ではなく法律事務所であること、氏名と住所を正確に把握されていること、そして具体的な金額と支払期限が書かれていることに、強い不安を覚える方が少なくありません。
この記事では、開示後に届く通知書に何が書かれているのか、受け取ってまず確認すべき点は何か、請求額はどのような考え方で組み立てられているのか、そして示談交渉ではどこが争点になり、示談書ではどの条項に注意すべきかを、条文と裁判例に即して整理します。あわせて、無視・即答・一部の支払といった、後の交渉を不利にしかねない対応についても説明します。
1. 権利者の代理人から届く通知書とは何か
発信者情報開示の手続は、権利者が侵害情報の発信者を特定するためのものです。開示命令等によってプロバイダから氏名・住所が開示されると、権利者側は初めて相手方を特定できた状態になり、そこから民事上の請求に移ります。開示後に届く通知書は、この「請求の段階」に入ったことを示す書面です。
書面の名称は「ご通知」「通知書」「損害賠償請求書」など事案によって異なりますが、記載される事項はおおむね共通しています。
- 権利者(著作権者)が誰であり、差出人がその代理人であること
- 対象となる著作物と、侵害があったとされる発信日時・IPアドレス
- 発信者情報の開示を受けた経緯
- 請求の法的根拠(著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求)
- 請求額と、その支払期限・振込先
- 期限までに支払や連絡がない場合には法的措置を検討する旨
意見照会書の段階との違いを整理すると、次のとおりです。手続のどの段階にいるのかを見分ける方法については、意見照会書と開示決定通知の違いを解説した記事もあわせてご覧ください。
| 項目 | 意見照会書(開示前) | 損害賠償請求の通知書(開示後) |
|---|---|---|
| 差出人 | アクセスプロバイダ(通信事業者) | 権利者の代理人弁護士(法律事務所) |
| 相手方が把握している情報 | 契約者情報を保有しているのはプロバイダのみ | 権利者側が氏名・住所を把握している |
| 求められていること | 開示に同意するかどうかの意見 | 損害賠償金の支払(または支払に向けた協議) |
| 期限の性質 | プロバイダが回答期限を設定 | 権利者側が支払期限を設定 |
| 応じない場合 | 裁判所の手続で開示の可否が判断される | 訴えの提起・支払督促の申立て等が検討される |
2. 通知書を受け取ってまず確認すべきこと
誰が、誰の代理人として請求しているか
最初に確認するのは、権利者が誰で、差出人がその代理人であることが書面上明らかにされているかです。権利者と代理人の関係、代理人の所属や連絡先が明記されているかを確認します。あわせて、封筒の消印や書面の日付、送達の方法(普通郵便か、特定記録・書留か)も記録しておきます。これらは後に「いつ通知を受けたか」を示す資料になります。
何について請求されているか
対象となる著作物、発信日時、IPアドレス、ポート番号などの記載を、意見照会書の記載と突き合わせます。意見照会書を保管している場合は、対象が同一かどうかを確認してください。件数が増えている、意見照会を受けていない日時が含まれている、といったことは実際にあり得ます。発信日時は協定世界時(UTC)で記載されていることがあり、日本時間との換算を誤ると「その時間は自宅にいなかった」といった反論を組み立て損ねることがあります。
いくらを、いつまでに求められているか
請求額の内訳が示されているか(損害元本・調査費用・弁護士費用・遅延損害金の別)、支払期限がいつか、期限までに何をすることが求められているかを確認します。ここで注意したいのは、通知書の期限は権利者側が一方的に設定したものであり、裁判所が定めた期限ではないという点です。期限を過ぎたことで直ちに金額が確定するわけではありませんが、連絡が途絶えると訴訟等に移行しやすくなるため、放置は避けるべきです。
身に覚えの有無を、その場で断定しない
「身に覚えがない」と即答することも、「申し訳ありませんでした」と即答することも、いずれも慎重であるべきです。前者は、後に事実関係が明らかになったときに信用性を損ないます。後者は、責任を認める意思表示(後述する「承認」)と評価される可能性があります。まずは事実関係を自分の中で整理し、資料を集めることが先です。
3. 請求額はどのように組み立てられているか
著作権侵害を理由とする損害賠償の額については、著作権法114条が算定方法を定めています。BitTorrentの事案では、同条1項(譲渡等数量に単位数量当たりの利益額を乗じる方法)や3項(権利の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額)が用いられることが一般的です。同条3項は「著作権者、出版権者又は著作隣接権者は、故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対し、その著作権、出版権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる」と定めています。
裁判例が示した「本数×利益額」と損害の期間
BitTorrentによる侵害について損害額の算定を正面から扱った裁判例として、知的財産高等裁判所令和4年4月20日判決(令和3年(ネ)第10074号・著作権侵害損害賠償債務不存在確認請求控訴事件。原審は東京地方裁判所令和2年(ワ)第1573号)があります。同判決は、BitTorrentがダウンロードしたファイルを同時に送信可能な状態に置く仕組みであることを利用者は容易に知り得たとしたうえで、ダウンロードが証拠上認定できた者について、ダウンロードした時点からBitTorrentの使用を中止した時点までの間、同時期に同じ著作物を送信可能な状態に置いていた者と共同して著作権を侵害したと認め、同時期にダウンロードされたと推定される本数に、権利者がストリーミング配信により販売する際の利益額を乗じた額を損害額と認定しました(裁判所ウェブサイト判決要旨)。
ここで注目すべきなのは、この判決が、原審よりも少ない損害額を認定している点です。原審は、警告書を受領した後に弁護士に相談した時点で使用を停止したと認定していましたが、控訴審では、控訴審で提出された証拠に基づき、警告書を受領した時点で使用を停止したと認定しました。損害の期間の終期が前倒しになった結果、金額が下がったわけです。
共同不法行為という構成
BitTorrentでは、多数の利用者が同じファイルの断片(ピース)を相互に送受信します。そのため、権利者側は、民法719条1項(「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う」)を用い、同時期に送信可能な状態に置いていた者らの共同不法行為として構成することがあります。この構成のもとでは、自分が送信した量が少ないことをもって当然に責任が限定されるわけではない、という点に注意が必要です。断片しか送信していない場合の議論については、ピース(断片)の送信と著作権侵害の成否を扱った記事で詳しく説明しています。
遅延損害金
不法行為に基づく損害賠償債務については、催告を要せず、不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されています。利率は当事者間に別段の合意がなければ法定利率によることになり、民法404条2項は「法定利率は、年三パーセントとする」と定めています。同条3項・4項により法定利率は3年ごとに見直されますが、法務省の公表によれば、令和8年(2026年)4月1日から令和11年(2029年)3月31日までの期の法定利率も年3パーセントで据え置かれています(法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」)。解決が長引くほど遅延損害金が積み上がる構造である点は、交渉の時間軸を考えるうえで押さえておくべきです。
なお、請求額そのものの決まり方(作品の性質、利用態様、期間、件数といった算定要素)については、示談金の算定要素を解説した記事で整理しています。相場としての一律の金額があるわけではなく、事案の要素によって幅が生じます。
4. やってはいけない対応
放置する
開示後の段階では、相手はあなたの氏名・住所を知っています。連絡がないまま期限を過ぎると、権利者側は交渉の余地がないと判断し、訴えの提起や支払督促の申立てに進むことがあります。手続に移行すれば、応訴の負担が生じ、遅延損害金も増えていきます。争う場合であっても、「争う」という意思を示したうえで手続の外で解決を図るほうが、負担は小さく済むのが通常です。
その場で金額を認め、一部を支払う
民法152条1項は「時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める」と定めています。一部の支払や分割払いの申入れは、この「承認」にあたると評価される可能性があり、消滅時効の主張が事実上できなくなることがあります。また、いったん金額を認める言動をした後に「やはり争う」と方針を変えることは、交渉上きわめて不利です。金額の当否を検討する前に支払に踏み切ることは避けるべきです。
感情的な反論や、事実と異なる説明をする
通知書に対する返信の内容は、後の訴訟でそのまま証拠になります。「VPNを使っていたから自分ではない」「家族の誰かがやったに違いない」といった説明は、その一言によって、かえって利用の事実や世帯内の事情を認めたと受け取られることがあります。何を、どの範囲で述べるかは、方針を決めてから慎重に組み立てる必要があります。
5. 示談交渉で争点になりやすい点
| 争点 | 検討の視点 |
|---|---|
| 発信者性 | 回線名義人と実際の利用者が異なるか。世帯・事業所での共用の実態があるか。名義人であることは推認事情にとどまり、それ自体で責任が生じるものではない。 |
| 損害の期間 | ダウンロードの時期と、利用を中止した時期。中止の事実を示す資料があるか(前掲の知財高裁判決の枠組み)。 |
| 対象著作物の範囲 | 請求の対象が意見照会書の記載と一致しているか。件数・作品数が増えていないか。 |
| 侵害の成否 | 対象部分に創作性が認められるか。送信可能化があったといえるか。 |
| 請求額の内訳 | 損害元本・調査費用・弁護士費用の区別。114条のどの規定に基づく算定か。 |
| 支払条件 | 一括か分割か。分割の場合の期限の利益喪失条項の内容。 |
| 消滅時効 | 民法724条1号の3年の起算点(権利者が損害及び加害者を知った時)をいつと見るか。 |
これらは互いに独立していません。たとえば発信者性を強く争えば、損害の期間や金額の議論には入りにくくなりますし、逆に早期の解決を優先すれば、責任の有無を細かく争う余地は狭まります。どの争点を主戦場にするかは、事案の証拠関係と、依頼者が何を最も重視するか(金額か、期間か、家族に知られないことか)によって決まります。開示後の損害賠償請求への対応については、損害賠償請求対応のページでも取扱いの範囲を説明しています。
6. 示談書で確認すべき条項
金額の合意ができても、そこで終わりではありません。示談書(合意書)の条項によって、後に残るリスクの大きさが変わります。
| 条項 | 確認すべき点 |
|---|---|
| 清算条項 | 本件に関し、当事者間に他に債権債務がないことを相互に確認する条項が入っているか。対象範囲が「本件著作物に関し」に限定されていないか、逆に広すぎないか。 |
| 支払方法・期限 | 一括か分割か。振込先と手数料の負担。分割の場合の期限の利益喪失条項の発動要件。 |
| 遅延損害金 | 期限までに支払った場合には発生しない旨が明確か。約定利率が定められている場合、その水準。 |
| 再発防止・誓約 | 将来の侵害行為を行わない旨の条項。違約金が定められている場合、その金額と発動要件。 |
| 守秘(口外禁止) | 合意内容を第三者に開示しない旨の条項。相互に負う内容か、一方のみか。家族や勤務先への説明が必要な場合の例外。 |
| 取り交わしの方法 | 代理人間で取り交わすか、本人が署名するか。押印・郵送の方法。 |
特に清算条項は重要です。同じ権利者から別の作品について追加の請求がなされる可能性が残るのか、それとも今回の合意ですべて解決するのかは、この条項の書きぶりで変わります。金額だけを見て署名してしまうと、後から範囲外の請求を受ける余地を残すことになりかねません。
7. 弁護士に依頼した場合、手続はどう進むか
弁護士が代理人として就任すると、まず権利者の代理人に受任通知を送り、以後の連絡窓口を弁護士に一本化します。これにより、依頼者本人に直接連絡が来る状態を止めることができます。その後、必要に応じて、請求の根拠となる資料(調査結果、開示された情報の内容など)の開示を求め、請求額の算定根拠を確認したうえで、争う点と受け入れる点を切り分けて交渉に入ります。
依頼者本人が対応する場合との違いは、金額の交渉そのものよりも、むしろ何を述べ、何を述べないかの整理にあります。前述のとおり、返信の内容は後の証拠になります。また、示談書の条項の当否は、条文の知識だけでなく、同種事案でどのような条項が用いられているかの経験に依存する部分があります。横浜のタングラム法律事務所では、BitTorrentに関する損害賠償請求への対応を、請求額の妥当性の検討から示談交渉・示談書の締結まで定額でお受けしています。まだ開示前で、プロバイダから意見照会書が届いた段階の方は、意見照会対応の特設ページをご覧ください。
よくある質問
通知書に書かれた期限までに回答できないときはどうすればよいですか。
通知書の期限は権利者側が一方的に設けたものであり、裁判所が定めた期限ではありません。期限を過ぎたからといって直ちに請求額が確定したり、支払義務の内容が変わったりするわけではありません。もっとも、連絡がないまま放置されると、権利者側は交渉の意思がないと判断して訴訟や支払督促に進むことがあります。期限内に結論を出せない場合は、検討中である旨と連絡先を伝え、連絡の途絶を避けることが実務上は重要です。
請求された金額を分割で支払うことはできますか。
分割払いとするかどうかは、最終的には権利者との合意の内容によります。実務上、分割払いが定められる例はありますが、その場合は期限の利益喪失条項(支払を怠ったときに残額を一括で支払う旨の条項)が併せて置かれることが多く、条件を十分に確認する必要があります。なお、分割払いの申入れや一部の支払は、民法152条1項にいう「承認」にあたって消滅時効が更新される可能性があるため、金額や責任の有無を争う余地があるかを検討する前に行うことは慎重に判断すべきです。
通知書を無視した場合、必ず訴訟になりますか。
必ず訴訟になるとは限りませんが、放置は選択肢としてお勧めできません。権利者側は開示によって氏名・住所を把握しているため、訴えの提起や支払督促の申立てを行うことが可能な状態にあります。訴訟等に移行すると、応訴の負担が生じるほか、遅延損害金が積み上がり、解決までの期間も長くなります。金額や責任の有無を争う場合であっても、争う姿勢を示したうえで交渉のテーブルにつくほうが、結果として負担が小さくなることが多いといえます。
発信日時から3年以上経っています。消滅時効ではないのでしょうか。
民法724条1号は、不法行為による損害賠償請求権は「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」に時効によって消滅すると定めています。起算点は発信の日ではなく、権利者が損害と加害者を知った時であり、発信者情報の開示を受けて初めて加害者を知ったと評価される場合には、発信日時から3年が経過していても時効が完成していないことがあります。もっとも、開示から相当期間が経過している事案では、起算点そのものが争点になり得ますので、日付関係の資料を整理したうえで個別に検討する必要があります。
回線の名義人は自分ですが、実際に使っていたのは家族です。名義人が支払わなければなりませんか。
損害賠償責任を負うのは、原則として侵害行為を行った本人です。回線契約の名義人であることは、その回線からの通信について発信者であることを推認させる事情の一つにはなりますが、名義人であることだけで当然に責任が生じるわけではありません。もっとも、実際の利用者が別にいると主張する場合、その人物の関与を明らかにすることになるため、家庭内・世帯内の関係や、未成年者であるときの監督義務の問題にも波及します。誰の名で、どこまでを述べるかは、方針を決めたうえで慎重に扱う必要があります。
まとめ
開示後に権利者の代理人から届く通知書は、手続が「特定」から「請求」の段階に移ったことを示す書面です。相手はすでに氏名・住所を把握しており、放置すれば訴訟等に進み得る状態にあります。他方で、通知書に書かれた金額と期限は権利者側の主張にすぎず、そのまま確定したものではありません。
受け取った後にすべきことは、①対象と請求額の内訳を意見照会書の記載と突き合わせて確認すること、②BitTorrentクライアントの利用を直ちに停止し、その日時を記録に残すこと、③金額を認める言動や一部の支払を急がないこと、④争点を整理したうえで、期限内に何らかの連絡を入れること、の4点に集約されます。とりわけ、損害の期間が「いつ利用をやめたか」で画されることを示した知財高裁令和4年4月20日判決の枠組みは、実際の金額に影響し得る実務上の要点です。
横浜のタングラム法律事務所では、開示後の損害賠償請求について、請求内容の検討から示談交渉、示談書の締結までを弁護士が代理して対応しています。書面が届いてからの時間が長くなるほど、選べる方針は狭くなります。取り扱いの範囲と費用についてはBitTorrent損害賠償請求対応の特設ページをご確認ください(開示前の意見照会段階の方は意見照会対応の特設ページをご覧ください)。
権利者の代理人から損害賠償請求の通知書が届いた方へ
タングラム法律事務所では、BitTorrent(トレント)に関する発信者情報開示・意見照会対応から、開示後の損害賠償請求への対応まで、多数のご相談をお受けしております。請求額の妥当性の検討、示談交渉、示談書の条項の確認まで、理系・ITエンジニア出身の弁護士が技術と法律の両面から対応します。
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