トレントの断片(ピース)送信でも著作権侵害になるか|裁判例で解説
トレントの断片(ピース)送信でも著作権侵害になるか|裁判例で解説
「意見照会書が届いたのでBitTorrent(トレント)の仕組みを調べてみたところ、実際にやり取りされているのは動画ファイルそのものではなく、細かく分割された断片だと知りました。断片しか送っていないのに、著作権侵害が成立するのでしょうか」——プロバイダから意見照会書を受け取った方から、当事務所に実際に寄せられる質問です。技術的な仕組みを丁寧に調べた方ほど、この点に引っかかります。
結論から申し上げると、この「断片(ピース)論」は、かつて一部の裁判例で開示請求を退ける根拠として実際に機能していました。しかし、その後の知的財産高等裁判所の判断や調査手法の変化により、現在では単独の反論としては通りにくくなっています。もっとも、まったく意味を失ったわけではなく、主張の組み立て方と使いどころが変わったというのが実際のところです。この記事では、ピースとは何かという技術的な前提から、裁判例の到達点、そして意見照会書が届いた段階でこの議論をどう位置づけるべきかまでを、横浜の弁護士が整理して解説します。
BitTorrentでやり取りされているのは「ピース」という断片である
BitTorrentはP2P方式のファイル共有プロトコルです。特定のファイルを共有する際、そのデータはそのまま送受信されるわけではなく、「ピース」と呼ばれる単位に細分化されたうえで、ネットワークに参加している端末(ピア)の間で転送・交換されます。各ピアは必要なピースを互いにやり取りし、最終的にファイルを構成するすべてのピースを揃えることでダウンロードが完了します。
共有対象のファイルごとに作成される「トレントファイル」には、ピアの一覧を管理するサーバ(トラッカー)の情報のほか、そのファイルを構成する全ピースのハッシュ値が記載されています。ハッシュ値は接続時の認証キーとして機能するため、同じトレントファイルを読み込んだユーザー同士でなければネットワークは形成されません。意見照会書の別紙に長い英数字の羅列が記載されているのは、このハッシュ値です。
重要なのは、ダウンロードとアップロードが不可分に設計されている点です。ピアはダウンロード中であっても、自分が既に取得したピースを他のピアからの要求に応じて送信します。ファイルを100%保有している者(シーダー)でなくても、送信は発生します。この点については、「ダウンロードしただけ」は通用するかを送信可能化権の観点から解説した記事で詳しく取り上げています。
なぜ「断片しか送っていない」という主張が生まれるのか
著作権法は、著作物を公衆に送信する権利を公衆送信権として定め(著作権法23条1項)、実際の送信の前段階である「送信可能化」(同法2条1項9号の5)も侵害行為の類型に含めています。裏を返せば、侵害が成立するには、送信ないし送信可能化の対象が「著作物」でなければなりません。
ここで疑問が生じます。ピースは元の動画データを機械的に細分化したものにすぎず、それ単体を取り出しても再生できないことが少なくありません。再生できないデータの断片から、著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することはできないのではないか。だとすれば、ピースを保有・送信しただけでは著作権侵害は成立しないのではないか——これが「断片論」の骨格です。
著作権侵害の判断において、複製等がされた部分に著作物性が認められるかを改めて検討する手法(いわゆる濾過テスト)は、他の分野の裁判例でも用いられています。断片論は、その考え方をBitTorrentに当てはめたものといえ、法律論としては十分に筋の通った主張です。
裁判例はどう判断してきたか
断片論は、実際に裁判所で採用されたことがあります。もっとも、その後の判断の流れは大きく変わりました。主な裁判例を時系列で整理します。
| 裁判例 | 判断の要旨 |
|---|---|
| 知財高判令和4年4月20日 (令和3年(ネ)第10074号) | BitTorrentネットワークにおけるファイル共有について、民法719条1項の共同不法行為の成立を認めた。著作物の一部の送受信であっても責任を負い得るとした。 |
| 大阪地判令和5年6月29日 (令和4年(ワ)第1840号) | ピアが保有していたピースの量が不明であり、そのピースが著作物の創作性のある部分の複製に当たると認めるに足りる証拠がないとして、権利侵害の明白性を否定し、開示請求を認めなかった。 |
| 知財高判令和6年6月26日 (令和5年(ネ)第10102号) | ピース自体では再生できず表現の本質的特徴を直接感得できないとしても、公衆送信権・送信可能化権の侵害の成立を妨げないとして、請求を棄却した原判決を取り消し、開示を認めた。 |
「木を見て森を見ない」——知財高裁令和6年判決の論理
断片論に対する現在の到達点を示したのが、知的財産高等裁判所令和6年6月26日判決です。同判決は、送信されるデータが著作物性の認められる元のファイルの一部を構成するピースであり、かつ、それらのピースを集積することで元のファイルに復元・再生することが可能なシステムの一環としてピースの送受信が行われていると認められる場合には、当該ピースの送信をもって公衆送信権の侵害があったと評価すべきであるとしました。
そのうえで、個々のピースを断片的に取り上げてピース自体での再生可能性を要求する解釈は「木を見て森を見ない」議論であり、公衆送信権の保護を形骸化させるものであると述べ、この理は送信可能化権の侵害についても妥当すると判示しています。BitTorrentは全ピースを揃えることを目的とした仕組みであり、その一環として行われる送受信は全体として評価すべきだ、という発想です。
なお、著作権法は「送信可能化権」という支分権を定めているわけではなく、送信可能化による公衆送信権の侵害を便宜上そのように呼んでいるにすぎません。裁判例の文言を読む際に混乱しやすい点です。
調査手法の変化と裁判所の運用
断片論が通りにくくなったもう一つの理由は、権利者側の証拠収集の方法が変わったことです。
従来、調査会社の監視ソフトウェアは、ピアが対象ファイルのピースを保有していることを確認するにとどまり、何ピースを保有しているか、ファイルの保持率が何%かといった情報を記録していませんでした。大阪地裁の前記判決が権利侵害の明白性を否定したのは、まさにこの点を突いたものです。
もっとも、前記知財高裁令和6年判決の中で当事者の主張として言及されているとおり、監視ソフトウェアは令和4年12月4日に実際にピースをダウンロードする仕様へ変更され、ファイルの保持率も記録されるようになったとされています。これを受け、東京地方裁判所知的財産権専門部では、調査会社が発信時刻に実際にダウンロードしたピースそのものから動画が再生できたことを示す報告書を1件ごとに個別に提出させ、再生できなかったものについては公衆送信権侵害が認められないものとして一部取下げを促す運用が行われているとされています。
つまり、令和4年12月以降の発信日時が対象とされている案件では、権利者側が再生可能性まで立証したうえで手続を進めていることが多く、断片論だけで争うのは困難です。他方、それより前の発信日時が対象とされている案件では、証拠の内容次第で争点になり得ます。プロバイダのログ保存期間といつまで遡られるかを解説した記事もあわせてご確認ください。
それでも断片論が意味を持つ場面
侵害の成否を全面的に否定する主張としては通りにくくなりましたが、実務では次の三つの場面で意味を持ちます。
1. 証拠の内容を確認する視点として
意見照会書に記載された発信日時が令和4年12月より前か後か、ハッシュ値が対象作品のものと一致すると認定できるか、開示対象とされた通信がどの段階のものか——こうした確認は、断片論を検討する過程で自然と行われます。前記知財高判令和4年4月20日の事案でも、11名の原告のうち2名については、対象ファイルとの一致が証拠上認定できないとして請求が退けられています。
2. 賠償額の相当性を検討する要素として
侵害の成否と損害額の評価は別問題です。前記知財高裁令和6年判決も、それ自体では再生できないピースを保有するにすぎない発信者を特定したとしても、その送信可能化権の侵害によって生じた損害は微々たるものにとどまると想定される旨を付言しています。保有していたピースの量や共有への寄与の程度は、後の示談交渉における賠償額の相当性を論じる材料になり得ます。損害額の考え方は示談金がどのように決まるかを算定要素から解説した記事で整理しています。
3. 責任を負う期間を画する視点として
前記知財高判令和4年4月20日は、各ユーザーがBitTorrentを利用していない時期については因果関係がないとして、利用の始期と終期を個別に認定しました。終期については、原審が弁護士に相談した日としたのに対し、控訴審は意見照会書を受けた日と改めています。利用を早期に終了したことを示す資料は、交渉の幅を広げる可能性があります。
意見照会書が届いた段階で何をすべきか
意見照会は、プロバイダが開示請求に応じるかどうかについて発信者の意見を聴く手続で、情報流通プラットフォーム対処法(令和7年4月1日施行。旧プロバイダ責任制限法)6条1項に根拠があります。回答期限は2週間程度に設定されていることが多く、限られた時間の中で判断を求められます。
この段階での実務的な手順は、おおむね次のとおりです。
- 照会書と別紙の記載(発信日時、IPアドレス、ポート番号、ハッシュ値、作品名)を確認する
- 回答期限と提出方法を確認し、間に合わない場合は速やかにプロバイダへ連絡する
- 開示に同意しない場合は、理由を記載した回答書(理由回答書)を作成して提出する
- BitTorrentクライアントの利用を終了した時期を裏づける資料を残しておく
断片論は、この理由回答書で述べる理由の一つになり得ますが、それ単独で構成するのは適切ではありません。不同意の回答をした後の手続の流れについては、「開示に同意しない」と回答した後の流れを解説した記事をご覧ください。手続の全体像や当事務所の対応方針は、意見照会対応のページにまとめています。また、BitTorrentの意見照会書が届いた方に向けた特設ページもご用意しています。
よくある質問
ピースを1個しか保有していなくても著作権侵害になりますか。
知的財産高等裁判所令和6年6月26日判決は、送信されるデータが著作物性の認められる元のファイルの一部を構成するピースであり、それらを集積することで元のファイルに復元・再生できるシステムの一環として送受信が行われている場合には、ピース自体が再生できなくても侵害が成立し得ると判断しました。保有量が少ないことのみを理由に侵害の成立を否定することは難しいのが現状です。
「ダウンロードするつもりだけで、送信していることは知らなかった」という主張は通りますか。
知的財産高等裁判所令和4年4月20日判決は、ファイルをダウンロードすれば同時に送信可能化していることを認識していたか、容易に認識し得たのに理解しないでいたとして、少なくとも過失があると判断しました。仕組みを知らなかったという主張のみで責任を免れることは難しいと考えられます。
断片しか送っていないのだから損害は小さい、という主張はできますか。
侵害の成否と損害額の評価は別の問題です。前記令和6年判決も、それ自体では再生できないピースを保有するにすぎない発信者について、生じた損害は微々たるものにとどまると想定される旨を付言しています。保有していたピースの量や利用期間は、示談交渉における賠償額の相当性を検討する要素になり得ます。
意見照会書に「断片しか送信していない」と書けば足りますか。
断片であることのみを述べても、裁判例の到達点に照らすと決定的な理由にはなりにくいと考えられます。実務上は、照会書に記載された発信日時・IPアドレス・ハッシュ値等を確認したうえで、権利侵害の明白性や開示対象とされた通信の性質など、複数の観点から検討して回答することが一般的です。
まとめ
BitTorrentで実際にやり取りされているのがファイルの断片(ピース)であることは技術的な事実であり、その点に着目した主張は、かつて開示請求を退ける根拠として機能していました。しかし、知的財産高等裁判所令和6年6月26日判決が、復元・再生が可能なシステムの一環としてピースの送受信が行われている場合には侵害の成立を認める判断を示し、調査会社の監視ソフトウェアも実際にピースをダウンロードして再生可否を記録する仕様へ変更されたことから、断片論単独での反論は通りにくくなっています。
他方で、対象とされた発信日時がいつか、証拠がどこまで揃っているか、責任を負う期間をどう画するかといった視点は、依然として検討に値します。断片論は「侵害を否定する切り札」ではなく、「証拠と賠償額の相当性を吟味するための視点」として位置づけるのが実際的です。
意見照会書には回答期限があり、判断を先送りできません。ご自身の案件でどの主張が意味を持つのかは、照会書の記載内容と発信日時によって変わります。横浜のタングラム法律事務所では、BitTorrentに関する発信者情報開示の案件について、意見照会段階から開示後の示談交渉まで一貫して対応しています。詳細はBitTorrent意見照会対応の特設ページをご確認ください。
意見照会書が届いた方へ|BitTorrent著作権侵害のご相談
タングラム法律事務所では、BitTorrentによる著作権侵害に係る発信者情報開示について、理系・ITエンジニア出身の弁護士が技術と法律の両面から対応しています。回答書の作成から開示後の示談交渉まで、全国からオンラインでご相談いただけます。
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