トレント開示請求|プロバイダのログ保存期間といつまで遡られるか
トレント開示請求|プロバイダのログ保存期間といつまで遡られるか
プロバイダから届いた意見照会書を開いて、記載された発信日時を見て驚かれた方は少なくありません。「半年以上前のことなのに、なぜ今になって」「もう1年近く経っているのに、記録が残っているのか」——BitTorrent(トレント)による著作権侵害を理由とする発信者情報開示では、照会書に書かれている日時が数か月前、場合によってはそれ以上前であることも珍しくありません。そして多くの方が、そこから「いったい何年前の行為まで責任を問われるのか」という不安に行き着きます。
この記事では、プロバイダが通信ログをどのくらいの期間保存しているのか、開示手続の中でログがどのように保全されるのか、そして最終的に「いつの行為まで遡って損害賠償を請求され得るのか」を、法令と公的な指針にもとづいて横浜の弁護士が整理します。ログ保存期間と請求可能期間はまったく別の問題であり、この二つを切り分けて理解しておくことが、落ち着いて対応するための出発点になります。
意見照会書が届いたということは、ログが残っていたということ
まず押さえておきたいのは、意見照会書が手元に届いている時点で、プロバイダは該当する通信の記録を現に保有しているという事実です。発信者情報開示は、権利者が記録したIPアドレスと発信日時をもとに、その時刻にそのIPアドレスを割り当てられていた契約者を特定する手続です。プロバイダ側にその割当ての記録(接続認証ログ)が残っていなければ、そもそも照会先である契約者を絞り込むことができず、意見照会書が発送されることもありません。
つまり「ログ保存期間が過ぎているのではないか」という発想は、意見照会書が届いた後の段階では実益に乏しいということです。むしろ実務上重要なのは、記録が残っていることを前提に、その記録がどこまで正確に自分と結び付けられるのか、そして開示された後にどのような請求が想定されるのかを見極めることにあります。
プロバイダの通信ログはどのくらい保存されるのか
法律に一律の保存期間の定めはない
意外に思われるかもしれませんが、日本の法律には「プロバイダは通信ログを何か月保存しなければならない」という一律の規定はありません。それどころか、通信履歴は電気通信事業法4条1項が保護する「通信の秘密」の一部であり、電気通信事業者がこれを記録・保存すること自体が、原則としては通信の秘密の侵害に該当し得る行為だと整理されています。
そのうえで、課金・料金請求・苦情対応・不正利用の防止といった業務の遂行上必要な範囲であれば、正当業務行為として違法性が阻却され、必要最小限度の記録・保存が認められる、というのが基本的な考え方です。保存期間の長短の双方に、通信の秘密という強い制約が働いている点が、この分野の特徴といえます。
公的な指針が示す目安は「6か月程度」
実務上の目安になっているのが、個人情報保護委員会と総務省が定める「電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン」(令和4年個人情報保護委員会・総務省告示第4号)およびその解説です。同解説は、記録した通信履歴について「記録目的の達成に必要最小限の範囲内で保存期間を設定し、保存期間が経過したときは速やかに消去しなければならない」としたうえで、アクセスプロバイダが保有する接続認証ログ(利用者を認証し、インターネット接続に必要となるIPアドレスを割り当てた記録)については、次のような目安を示しています。
| 区分 | 指針が示す内容 |
|---|---|
| 原則的な目安 | 業務の遂行に必要とする場合、一般に6か月程度の保存は認められる |
| より長期の保存 | 適正なネットワークの運営確保の観点から年間を通じての状況把握が必要な場合など、業務上の必要性があるときは1年程度の保存も許容される |
| 特別の理由がある場合 | 刑事訴訟法197条3項・4項に基づく保全要請等、法令の規定による場合その他特別の理由があるときは、その理由に基づく期間が経過するまで保存し続けることが可能 |
ここで注意したいのは、これらが「許容される上限の目安」であって、すべてのプロバイダが実際に6か月間保存していることを意味するものではない、という点です。同解説自身も、保存期間は提供するサービスの種類や課金方法等により事業者ごとに、また通信履歴の種類ごとに異なり得ると明記しています。個々の事業者が具体的に何か月保存しているかは、多くの場合公表されておらず、開示手続の中で明らかになることもあります。
2025年、総務省が「少なくとも3〜6か月」の保存を要請
この分野は現在進行形で動いています。総務省は令和7年(2025年)9月16日、「通信履歴の保存の在り方に関する要請の実施」として、関係団体に対し必要な措置の実施を要請しました。その背景には、誹謗中傷をはじめとする違法・有害情報の流通が高止まりし、発信者情報開示請求の件数が増加する一方で、通信履歴の保存期間の経過を理由に開示を受けられない事例が相当数生じている、という課題認識があります。
総務省の「通信ログ保存の在り方に関するワーキンググループ」がまとめた報告書は、コンテンツプロバイダ(SNS・掲示板等の運営者)とアクセスプロバイダの双方について、各サービス内容に応じた業務の遂行上必要な通信履歴を「少なくとも3〜6か月程度」保存することが、社会的な期待に応える望ましい対応であるとし、ガイドライン解説の改正案を提案しています。同報告書は、この改正案に違反したことをもって直ちに法的責任が生じるものではないとも明記していますが、全体としては保存期間を短くする方向ではなく、下限を意識させる方向の議論が進んでいるといえます。
発信者の側から見れば、これは「時間が経てばログが消えて安心」という発想が今後さらに通用しにくくなることを意味します。ログの消滅を待つのではなく、届いた書面にどう向き合うかを考えるほうが現実的です。
開示手続の中でログはどう保全されるのか
もう一つ、発信日時が古く見える理由として理解しておくべきなのが、裁判所の手続によってログの消去が止められる仕組みです。情報流通プラットフォーム対処法(特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律・平成13年法律第137号)は、発信者情報開示命令の実効性を確保するために、次の二つの付随的な命令を用意しています。
| 命令 | 内容 |
|---|---|
| 提供命令(15条) | コンテンツプロバイダに対し、保有するIPアドレス等から特定されるアクセスプロバイダの名称・住所を申立人に提供させるとともに、当該情報をそのアクセスプロバイダに提供させる命令 |
| 消去禁止命令(16条) | 開示命令事件が終了するまでの間、開示関係役務提供者が保有する発信者情報の消去を禁止する命令 |
消去禁止命令が発令されていれば、通常の保存期間であれば消去されていたはずのログも、事件が終わるまで保持され続けます。したがって、意見照会書に記載された発信日時が1年近く前であっても、それ自体が直ちに不自然というわけではありません。権利者がP2Pネットワーク上で発信日時を記録した時点から、コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダを経て開示手続が進むまでには、相応の時間がかかるのが通常です。
手続がこの後どのように進行するのかについては、「開示に同意しない」と回答した後の流れで詳しく解説しています。開示に同意しない旨を回答した場合、多くは裁判所の手続に移行し、そこで改めて開示の可否が判断されることになります。
いつの行為まで遡って請求されるのか
ログ保存期間と請求可能期間は別の問題
ここが最も誤解されやすい点です。ログの保存期間は「誰が発信者かを特定できるか」という入口の問題であり、「いつの行為まで損害賠償を請求できるか」という出口の問題とは、まったく別の規律に服しています。特定さえできてしまえば、ログがその後消去されたかどうかにかかわらず、請求そのものは可能です。
民法724条の消滅時効
著作権侵害を理由とする損害賠償請求は、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)です。その消滅時効については民法724条が、①被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき、②不法行為の時から20年間行使しないとき、のいずれかで時効によって消滅すると定めています。
実務上重要なのは①の起算点です。「加害者を知った時」とは、権利者が損害賠償請求が事実上可能な程度に加害者を知った時と解されており、BitTorrentの事案では、通常は発信者情報の開示を受けて契約者の氏名・住所を把握した時点がこれにあたると考えられます。そうすると、発信日時が2年前・3年前であっても、開示を受けてから3年以内であれば、権利者はなお請求できる状態にあることが多いといえます。
照会書に書かれた日時以外の行為はどうなるか
開示手続の対象は、意見照会書に記載された発信日時に対応する通信に限られます。しかし、開示を受けた後の損害賠償請求の場面では、権利者側が別の日時・別の作品に関する記録を持ち出して請求額を組み立ててくることがあります。この場合、主張されている発信日時のそれぞれについて、どのような疎明資料があるのか、その記録が本当に同一の回線・同一の主体に結び付くのかを個別に確認する必要があります。
請求額そのものがどのような要素で決まるのかについては、トレントの示談金はどう決まるのか(損害賠償額の算定要素)で整理しています。作品の性質、利用態様、期間、対象件数といった要素が絡み合うため、日時の数が増えるほど検討すべき論点も増えていきます。
古い発信日時が対象とされている場合に検討すべき視点
発信日時が古い事案では、発信者側から検討し得る視点がいくつかあります。いずれも事案によって成否が大きく異なるため、一般論として挙げるにとどめますが、次のような点は確認しておく価値があります。
- 時刻の表記と換算:権利者側の記録は協定世界時(UTC)で作成されていることがあり、日本標準時(JST)に換算すると日付がずれる場合があります。照会書の記載がどちらの基準によるものかは確認すべき事項です。
- 回線の利用状況との整合:当該時期に契約回線がどのように使われていたか、機器の入替えや引越し、契約変更がなかったかを時系列で確認します。記録と生活実態が整合しない場合、その点は主張の材料になり得ます。
- 同一性の立証:IPアドレスが特定するのは契約回線であって個人ではありません。時間の経過により、当時誰が回線を使っていたのかの立証は権利者側にとっても難しくなります。
- 時効の起算点:権利者が発信者を知った時期が、開示を受けた時点よりも実質的に早いと評価できる事情があるかどうか。もっとも、これが認められる場面は限定的です。
これらはいずれも、意見照会書と権利者側の疎明資料を突き合わせて初めて判断できる事柄です。書面の内容に応じた具体的な検討が必要な段階では、インターネット上のトラブルで書面が届いた方の対応もあわせてご覧ください。また、BitTorrentの意見照会書を受け取った方向けの対応については、BitTorrent著作権侵害の意見照会対応のページで、回答書の作成から開示後の交渉までの流れをまとめています。
よくある質問
プロバイダの通信ログは何か月保存されるのですか。
法律で一律の保存期間が定められているわけではありません。電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドラインの解説では、アクセスプロバイダが保有する接続認証ログについて、一般に6か月程度の保存が認められ、より長期の保存をする業務上の必要性がある場合には1年程度保存することも許容されるとされています。実際の保存期間は事業者ごと・ログの種類ごとに異なります。
1年以上前の発信日時が意見照会書に記載されていますが、誤りではないのですか。
誤りとは限りません。権利者が発信日時を記録した時点と、プロバイダに開示を求めた時点との間には通常タイムラグがあり、また裁判所の消去禁止命令等によってログの消去が止められている場合もあります。ログが現に保有されているからこそ意見照会が行われている、という関係にあります。ただし記録の正確性そのものは別途検討すべき事項です。
何年前の行為まで損害賠償を請求されるのですか。
不法行為に基づく損害賠償請求権は、民法724条により、被害者が損害および加害者を知った時から3年間、または不法行為の時から20年間で時効によって消滅します。加害者を知った時とは通常は発信者情報の開示を受けた時と考えられるため、発信日時が数年前であっても、開示から3年以内であれば請求が可能な状態にあることが多いといえます。
意見照会書に記載された発信日時以外の行為についても請求されますか。
開示手続の対象は意見照会書に記載された発信日時に対応する通信ですが、その後の損害賠償請求において、権利者側が別の日時・別の作品に関する記録を主張してくることはあり得ます。請求を受けた段階では、主張されている発信日時ごとに疎明資料の有無を確認することが重要です。
ログの保存期間が経過すれば、もう請求されないのですか。
契約者情報の特定に至らなければ請求は事実上困難になりますが、意見照会書が届いている時点では、すでにIPアドレスと発信日時から契約者が絞り込まれている状態です。したがって、これから保存期間が経過することを理由に請求を免れるという見通しを前提に対応を決めることは適切ではありません。
まとめ
プロバイダの通信ログには法定の保存期間がなく、公的な指針が示す目安として、接続認証ログについて一般に6か月程度、業務上の必要性があれば1年程度の保存が許容されるとされています。さらに2025年9月には、総務省が少なくとも3〜6か月程度の保存を望ましい対応とするガイドライン解説の改正を提案し、関係団体への要請を行いました。裁判所の消去禁止命令によって消去が止められる仕組みもあるため、発信日時が古いことは、それ自体では開示や請求を妨げる事情になりません。
そして、いつまで遡って請求され得るかは、ログの保存期間ではなく民法724条の消滅時効の問題です。権利者が開示によって発信者を知った時から3年という枠組みのもとでは、発信日時が数年前であっても請求が可能な状態にあることが少なくありません。だからこそ、意見照会書が届いた段階で、記録の内容と自分の状況を照らし合わせ、どこに争点があるのかを見極めておくことが重要になります。
横浜のタングラム法律事務所では、BitTorrentに関する意見照会書を受け取った方からのご相談を数多くお受けしています。発信日時が古い事案では、時刻の換算、回線の利用状況、記録と実態の整合といった技術的な確認が結論を左右することもあり、理系・ITエンジニア出身の弁護士がこの点も含めて検討します。BitTorrent著作権侵害の意見照会対応のページでは、ご依頼の流れと費用の考え方をご案内しています。
トレントの意見照会書が届いた方へ
タングラム法律事務所では、BitTorrentによる著作権侵害を理由とする発信者情報開示の意見照会について、回答書の作成から開示後の示談交渉まで一貫して対応しております。発信日時が古い事案や、複数の日時が対象とされている事案についても、記録の内容を確認したうえで方針をご提案します。
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