トレントの示談金はどう決まるのか|損害賠償額の算定要素を解説
トレントの示談金はどう決まるのか|損害賠償額の算定要素を解説
BitTorrent(トレント)による著作権侵害を理由に発信者情報が開示されると、その後、権利者やその代理人から金額の記載された通知書が届きます。多くの方が最初に検索されるのは「相場はいくらなのか」という一点です。しかし、インターネット上に並ぶ金額をいくつ集めても、ご自身の事案の見通しは立ちません。事案ごとに前提が違いすぎるからです。
この記事では、金額そのものではなく、その金額がどのような理屈と要素で組み立てられているのかを、横浜の弁護士が整理します。請求の根拠となる著作権法の算定規定、実際に金額を動かす具体的な事情、訴訟にならず示談で解決する場合に何が交渉の材料になるのかまでを、順を追って説明します。
なぜ「示談金の相場」を示すことができないのか
まず押さえておきたいのは、通知書に記載された金額は相手方が主張する損害額であって、裁判所が認定した金額ではないという点です。示談金とは、その主張を出発点に、当事者が訴訟を経ずに合意で決める清算額をいいます。したがって示談金は、「損害額の見積り」「訴訟にした場合の見通し」「早期解決の価値」という三つの要素が混ざったものになります。
そして肝心の損害額そのものが、定額表で決まるものではありません。著作権侵害による損害賠償は民法709条の不法行為に基づく請求であり、本来は権利者が損害の発生と額を立証しなければなりません。著作権法114条は、その立証が困難であることに配慮して算定方法の特則を置いていますが、これは立証の負担を軽くする規定であって、金額を一律に定める規定ではありません。同じ「トレントで1作品」であっても、作品の種類や送信の状況によって結論が変わりうるのは、このためです。
請求の根拠となる著作権法114条の算定規定
権利者側が損害額を主張する際の法的な足場は、著作権法114条です。同条は複数の算定方法を並べており、権利者は自らに有利なものを選択して主張します。
| 条項 | 算定の考え方 | トレント事案での使われ方 |
|---|---|---|
| 114条1項1号 | 侵害者の譲渡等数量に、権利者の単位数量当たりの利益額を乗じた額(販売数量の減少による逸失利益) | 正規品の販売数減少を主張する構成。もっとも、送信の数量を特定する必要がある |
| 114条1項2号 | 権利者の販売等能力を超える数量等に応じたライセンス料相当額(令和5年改正で明記) | 1号で控除された部分についても賠償を求める構成 |
| 114条2項 | 侵害者が侵害行為により受けた利益の額を損害額と推定 | 個人による私的な利用の事案では、利益が想定しにくく、用いにくい |
| 114条3項 | 著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(ライセンス料相当額) | 実務上の中心。使用料相当額を基礎に額を組み立てる |
| 114条5項 | ライセンス料相当額の認定に当たり、侵害があったことを前提に対価を合意するとしたならば得られる額を考慮できる(令和5年改正で新設) | 通常のライセンス料より高い額を主張する根拠として援用されうる |
この令和5年の改正(著作権法の一部を改正する法律・令和5年法律第33号)は、海賊版被害に対する実効的な救済を目的とするもので、損害賠償額の算定方法に関する部分は令和6年1月1日から施行されています。文化庁の解説によれば、その趣旨は、権利者の販売能力を超える部分についてもライセンス料相当額を損害に加えられるようにすること、およびライセンス料相当額の認定に当たり侵害を前提とした具体的事情を考慮できることを条文上明確にすることにあります。権利者側にとっては、請求額を組み立てやすくなった方向の改正です。
あわせて著作権法114条の5は、損害の発生は認められるが額の立証が事実の性質上極めて困難であるときに、裁判所が相当な損害額を認定できると定めています。個人によるファイル共有の事案は、まさに「額の立証が難しい」類型であり、最終的には裁判所の裁量的な評価に委ねられる部分が残ります。この不確実性こそが、双方に示談の動機を生む構造でもあります。
金額を動かす具体的な要素
抽象的な条文の話を実際の検討項目に落とし込むと、次のようになります。当事務所でご相談をお受けする際も、まずこれらの事実関係を確認するところから始めます。
作品の性質と正規の提供価格
ライセンス料相当額を基礎に考える以上、その作品が正規にはいくらで提供されているのかが出発点になります。単品販売の価格帯、定額配信での提供の有無、業務用の利用許諾の相場など、ジャンルによって前提となる価格構造は大きく異なります。同じ「動画1本」でも、想定される対価は同じではありません。
送信の態様と規模
BitTorrentは、受け取った断片を他の参加者へ自動的に送信する構造を持つ技術です。この点は「ダウンロードしただけ」という説明が反論として通りにくい理由でもあり、詳しくは「ダウンロードしただけ」は通用するか|トレント開示請求と送信可能化権で解説しています。もっとも、送信の事実が認められることと、その量や期間がどう評価されるかは別の問題です。クライアントを起動していた時間や共有設定の状況は、評価に影響しうる事情です。
対象とされた期間と作品数
監視記録が単発の日時にとどまるのか、長期間にわたり断続的に記録されているのかで、事案の重さは変わります。期間が長いほど継続的・反復的な行為として評価されやすく、逆に記録がごく短期間に限られるなら、その範囲を超える主張には根拠が必要です。作品数が増えれば請求額も積み上がるのが基本ですが、複数の権利者から別々に請求を受ける可能性もあり、全体像を把握しないまま一件だけに応じることには注意が必要です。
行為者側の事情
認識の程度、行為の継続性、発覚後の対応、資力といった事情は、法律上の損害額そのものというより、交渉における考慮要素として働きます。とくに同居のご家族が利用していた可能性がある場合は、そもそも誰が責任主体なのかという別の論点が立ちます(トレント開示請求|家族・同居人が使っていた場合、発信者性は否認できるか)。
損害額のほかに加算されうるもの
通知書の金額は、作品の使用料相当額だけで構成されているとは限りません。訴訟になった場合に併せて請求されうる項目として、次のものがあります。
- 弁護士費用相当額:不法行為では、事案の難易・請求額・認容額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲の弁護士費用が、相当因果関係のある損害として認められるとするのが判例(最高裁昭和44年2月27日判決)です。実務上は認容額の1割程度が目安とされることが多い項目です。
- 遅延損害金:不法行為に基づく損害賠償債務は、原則として不法行為の時から遅滞に陥ると解されています。利率は民法404条の法定利率によりますが、同条は変動制で、法務省の告示により2026年4月1日以降の期間も年3%に据え置かれています。
- 調査費用:発信者の特定に要した費用を損害として主張する例があります。どこまでが相当因果関係のある損害かは争いうる部分です。
これらが積み重なると、作品そのものの価値からは想像しにくい金額に見えることがあります。逆にいえば、内訳を分解し、どの項目にどれだけの根拠があるのかを確認する作業には実益があります。
示談で解決する場合、何が交渉の材料になるか
訴訟に進めば、権利者側も主張立証の負担を負い、時間と費用がかかります。発信者側も、判決に至るリスクと負担を負います。この双方の負担が、訴訟外の示談に一定の幅を生みます。交渉の局面で実際に問題になるのは、次のような点です。
- 前提事実の正確性:記録された日時・IPアドレス・作品が、ご本人の利用状況と整合しているか。UTC(協定世界時)とJST(日本標準時)の9時間の差が正しく換算されているかは、確認する価値のある論点です。
- 疎明資料の開示:主張の根拠となる監視記録がどこまで示されているか。示されていない部分について、そのまま金額を受け入れる理由はありません。
- 支払条件:金額のほか、支払期限、分割の可否、遅延時の取扱い。
- 示談書の条項:清算条項の範囲(今回の対象作品に限るのか、当事者間の一切の債権債務を含むのか)、秘密保持条項、再発時の取扱い。金額に目を奪われて条項の確認が疎かになるのは避けたい失敗です。
なお、開示に同意しない旨を回答した段階では、まだ金額の話をする局面ではありません。意見照会は開示の可否について意見を述べる手続であって、賠償額を協議する場ではないからです。その後の流れは「開示に同意しない」と回答した後の流れ|トレント発信者情報開示で整理しています。
当事務所では、意見照会書が届いた段階からのご相談をBitTorrent著作権侵害の意見照会対応として、すでに損害賠償請求の通知書が届いている段階からのご相談をBitTorrent著作権侵害の損害賠償請求対応として、それぞれ定額でお受けしています。書面が届いた側の対応全般については、インターネット問題(書面が届いた側の対応)の解説ページもご覧ください。
よくある質問
請求書に書かれた金額は、そのまま支払わなければならないものですか。
権利者側が提示する金額は、あくまで相手方の主張する損害額であり、裁判所が認定した金額ではありません。著作権法114条は損害額の立証の負担を軽減する規定を置いていますが、常に請求額どおりの賠償が認められることを意味しません。前提となる事実関係と算定の考え方の双方を確認したうえで、応じるかどうかを判断すべき場面です。
「1ファイルあたりいくら」といった相場はありますか。
一律の相場をお示しすることはできません。損害額は、作品の性質や正規の提供価格、送信の態様や規模、対象期間、作品数といった要素の組合せで検討されるもので、事案ごとの幅が大きい領域です。金額の当否は、具体的な資料に即して検討する必要があります。
断片(ピース)しか送っていない場合でも、作品1本分の損害を請求されるのですか。
権利者側は、断片の送信であっても、ネットワーク全体として作品が流通した結果に寄与しているという構成で請求してくることが通常です。他方、実際に送信した量や期間は、損害額の評価に影響しうる事情です。監視記録に何が記録され、何が記録されていないのかを確認することには意味があります。
支払能力がない場合、分割払いは認められますか。
訴訟外の示談交渉では、支払方法や期限も交渉の対象になります。一括での支払が困難な事情は、支払条件の面で考慮されうるものです。もっとも、分割払いには期限の利益喪失条項が付されるのが通常であり、条項の内容を確認しないまま合意することは避けるべきです。
まとめ
トレント事案で請求される金額は、著作権法114条の算定規定を足場に、作品の性質と正規の提供価格、送信の態様と規模、対象期間、作品数といった要素を組み合わせて主張され、そこに弁護士費用相当額や遅延損害金が加わって総額が形づくられます。逆にいえば、これらの前提のどこかに争う余地があれば、総額もまた動きうるということです。
もっとも、内訳を分解し、疎明資料の不足を指摘し、後に禍根を残さない条項で合意にまとめる作業は、相手方が代理人を立てている状況で独力で行うには負担の大きいものです。刑事事件化の可能性についてご不安がある場合はトレントで逮捕される可能性はあるのか|著作権法の罰則と親告罪もあわせてご覧ください。判断材料が揃っていない段階で回答を急がないこと——これが、この局面でもっとも大切な心構えです。手続の全体像と費用はBitTorrent著作権侵害の意見照会対応の特設ページにまとめています。
トレントの著作権侵害で金額を提示された方へ
横浜のタングラム法律事務所では、BitTorrent(トレント)による著作権侵害を理由とする発信者情報開示請求・意見照会書への対応から、開示後の示談交渉・示談書の締結まで継続的に取り扱っており、ITエンジニアの経験を持つ弁護士が技術的背景を踏まえて対応します。ご相談・お打合せはオンラインで完結し、全国からご依頼をお受けしています。回答や支払には期限が設けられていることが多いため、お早めにご連絡ください。
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