BitTorrent 発信日時が古い場合の消滅時効の考え方
BitTorrent 発信日時が古い場合の消滅時効の考え方
届いた通知書を見ると、対象とされている発信日時が3年前、あるいはそれ以上前だった——。BitTorrent(トレント)の事案では、監視記録の日時から開示、そして請求に至るまでに相応の時間が経過することがあり、こうした状況は珍しくありません。「もう時効ではないか」と考えるのは自然なことです。
結論から申し上げると、発信日時が古いことだけを理由に、時効が完成していると考えることはできません。そして、仮に時効が問題になる状況であっても、対応を誤ると主張する権利そのものを失うことがあります。この記事では、消滅時効の基本的な枠組みと、実務上もっとも注意すべき落とし穴を、横浜で発信者情報開示請求への対応を扱う弁護士の立場から整理します。
消滅時効の枠組み——3年と20年
不法行為に基づく損害賠償請求権は、次のいずれかの期間が経過すると、時効によって消滅します(民法724条)。
| 期間 | 起算点 |
|---|---|
| 3年間 | 被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時(1号) |
| 20年間 | 不法行為の時(2号) |
20年のほうは発信日時から起算されますが、BitTorrentの事案でこの期間が問題になることは通常ありません。実務上、検討の対象となるのは3年のほうです。
3年の起算点は、発信日時ではない
ここが最も誤解されやすい点です。3年の起算点は「損害および加害者を知った時」であり、侵害行為があった日ではありません。
判例は、「加害者を知った時」について、被害者において加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時を意味すると解しています(最判昭和48年11月16日)。また、「損害を知った時」とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうとされています(最判平成14年1月29日)。
BitTorrentの事案に当てはめると、権利者は監視の段階ではIPアドレスしか把握しておらず、誰に対して請求すればよいかがわかりません。契約者の氏名・住所が判明するのは、発信者情報の開示を受けた時点です。そのため、開示の時点が起算点と評価される可能性があります。
時効は、放っておいても効果を生じない
仮に期間が経過していたとしても、それだけで請求権が当然に消えるわけではありません。時効の効果を得るには、援用——時効の利益を受ける旨の意思表示——が必要です(民法145条)。
訴訟を起こされた場合に、何も主張せず放置すれば、時効期間が経過していても請求が認められてしまう可能性があります。「時効だから無視してよい」という発想は、この点で危険です。
最大の落とし穴——完成後の承認
この記事で最もお伝えしたいのがここです。
判例は、債務者が自己の負担する債務について時効が完成した後に債権者に対して債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、以後その完成した消滅時効を援用することは許されないとしています(最大判昭和41年4月20日)。援用が信義則に反すると評価されるためです。
実務で問題になるのは、次のような行動です。
- 請求額の一部を「とりあえず」支払う
- 分割払いを申し出る
- 支払う意思がある旨を書面やメールで伝える
- 金額の減額を求めつつ、支払義務があることを前提とした発言をする
いずれも債務の承認と評価されうる行動です。時効が完成している可能性がある事案で、検討を経ないままこうした対応をとると、本来主張できたはずの時効を、自ら手放すことになります。示談書への署名も同様です。この点は通知書の読み方と確認すべき記載事項でも触れています。
相手方の側から時効を止める手段
権利者の側にも、時効の完成を防ぐ手段があります。代表的なものは次の2つです。
ひとつは催告です。裁判外で支払いを求めることを催告といい、催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間、時効の完成が猶予されます(民法150条1項)。通知書の到達は、この催告にあたる場合があります。ただし、猶予されている間に再度催告をしても、重ねて猶予の効力は生じません(同条2項)。
もうひとつは訴えの提起です。裁判上の請求があった場合、その手続が終了するまで時効の完成は猶予され、権利が確定すれば時効は更新されます(民法147条)。
実際に検討する場合の進め方
時効を主張できるかどうかは、次の事実関係を確定させたうえで判断することになります。
- 通知書に記載された発信日時
- プロバイダから開示がなされた時期(意見照会書の日付、開示の通知の有無と時期)
- 権利者から最初に請求を受けた時期
- それまでに支払いや承認にあたる行為をしていないか
意見照会書や通知書、封筒を保管しておくことが重要になるのは、この判断のためです。開示から請求までの期間に何をしておくべきかは、開示から請求書が届くまでの期間にすべきことで解説しています。時効の援用を含め、開示請求を受けた側の対応全般については、発信者側のインターネット問題への対応のページをご覧ください。
よくある質問
発信日時から3年以上経っています。もう支払わなくてよいのですか?
そうとは限りません。3年の起算点は発信日時ではなく、被害者が損害および加害者を知った時です(民法724条1号)。BitTorrentの事案では、発信者情報の開示によって初めて相手方が判明することが多く、その時点が起算点と評価される可能性があります。発信日時の古さだけで結論は出ません。
時効が完成していれば、放っておけば自動的に消えますか?
消えません。時効の効果を得るには援用、つまり時効の利益を受ける旨の意思表示が必要です(民法145条)。援用しないまま訴訟を起こされ、何も主張せずにいると、時効期間が過ぎていても請求が認められてしまう可能性があります。
時効が完成しているかもしれない状況で、少しだけ支払うのは問題がありますか?
非常に危険です。判例は、時効完成後に債務を承認した場合、その事実を知らなかったときでも、以後その時効を援用することは許されないとしています(最大判昭和41年4月20日)。一部の支払いや分割の申出は承認と評価されうるため、検討前の支払いは避けるべきです。
20年の期間は何を意味しますか?
不法行為の時から20年という期間です(民法724条2号)。こちらは発信日時から起算されますが、BitTorrentの事案でこの期間が問題になることは通常ありません。実務上、検討の対象となるのは3年のほうです。
通知書が届いた時点で、時効はどうなりますか?
裁判外で支払いを求めることを催告といい、催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間、時効の完成が猶予されます(民法150条1項)。通知書の到達は、この催告にあたる場合があります。
まとめ
発信日時が古いことは、それ自体では時効の完成を意味しません。3年の起算点は開示の時点と評価される可能性があり、実際に主張できるかどうかは事実関係に即した検討を要します。
そして、時効を検討する余地がある事案でこそ、初動の対応が結果を左右します。一部でも支払ってしまえば、判例上、以後は時効を援用できなくなる可能性があります。「誠意を示すつもり」の行動が、主張できたはずのものを失わせるのです。通知書が届いたら最初にすべきことでも述べたとおり、金額や支払方法について返答する前に、まず内容を検討することをお勧めします。
当事務所は横浜に事務所を置いていますが、やり取りはオンラインで完結し、来所は必要ありません。発信日時が古い事案についても、資料をご用意のうえご相談ください。
権利者から損害賠償請求(示談金請求)の通知が届いた方の対応については、こちらのページで詳しく解説しています。BitTorrent示談金請求への対応について詳しくはこちら
プロバイダから意見照会書が届いた段階の方は、こちらのページをご参照ください。
古い発信日時を対象とする請求を受け、対応にお悩みではありませんか。
タングラム法律事務所では、BitTorrent(トレント)に関する発信者情報開示請求・損害賠償請求への対応について、豊富な実績を有しております。時効の検討を含め、請求内容の妥当性の分析から示談交渉まで、ITエンジニアの経験を持つ弁護士が対応します。
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