公正証書を自分で作る方法|売掛金回収に使う手順・費用を弁護士が解説
公正証書を自分で作る方法|売掛金回収に使う手順・費用を弁護士が解説
支払が滞った取引先から「分割でなら払います」と言われたとき、口約束や簡単な念書で済ませてしまうと、また支払が止まったときに結局は裁判からやり直すことになります。そこで実務でよく使われるのが、公証役場で作成する強制執行認諾文言付きの公正証書です。相手が約束を破ったときに、訴訟を経ずにいきなり預金や売掛金を差し押さえられる強力な書面で、弁護士に頼まず事業者ご自身で作ることもできます。
この記事では、公正証書が「裁判をしなくても差押えができる書面」になる仕組み、自分で作る場合の具体的な手順、2025年10月に始まった手続のデジタル化で変わった点、公証人に支払う手数料の目安、そして事業者が間違えやすい落とし穴までを、横浜の弁護士が順を追って解説します。
公正証書とは|「強制執行認諾文言」があると何が変わるのか
公正証書とは、公証人が法律行為その他の私権に関する事実について作成する証書です。公証人は裁判官や検察官などを長く務めた法律実務家から法務大臣が任命する公務員で、全国の公証役場で公証事務を扱っています。
私文書である契約書や借用書と決定的に違うのは、一定の要件を満たした公正証書が債務名義になる点です。民事執行法22条5号は、債務名義のひとつとして「金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの」を挙げ、これを執行証書と呼んでいます。
この「債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述」が、いわゆる強制執行認諾文言(強制執行認諾約款)です。通常、預金や売掛金を差し押さえるには、まず訴訟や支払督促で債務名義を取得しなければなりません。ところが強制執行認諾文言付きの公正証書があれば、その段階を飛ばして直接、強制執行の申立てに進めます。判決を得るまでに数か月から1年以上かかることを考えれば、時間的な差は非常に大きいといえます。
公正証書にできる債務・できない債務
執行証書にできるのは、条文のとおり金銭の一定の額の支払、または代替物・有価証券の一定数量の給付を目的とする請求に限られます。事業者の債権回収の場面では、次のように整理できます。
| 内容 | 執行証書にできるか |
|---|---|
| 売掛金・貸付金の分割弁済の約束 | できる |
| 未払いの請負代金・業務委託報酬の支払 | できる |
| 和解金・違約金の支払 | できる(金額が確定していること) |
| 店舗・事務所の明渡し | できない(金銭債務ではない) |
| 商品や設備の引渡し | できない(代替物の一定数量の給付にあたる場合を除く) |
| 「誠実に協議する」などの抽象的な約束 | できない(金額が特定されていない) |
金額が「売上に応じて変動する」「別途協議して定める」といった内容では、支払うべき額が一義的に定まらないため執行証書として機能しません。元本・遅延損害金・支払期日・分割の回数と各回の金額を、計算すれば必ず一つの数字になる形で書き切ることが重要です。テナントの明渡しのように金銭以外の給付を求める場面では、公正証書ではなく訴訟や調停による必要があります。
公正証書を自分で作る5つのステップ
ステップ1 相手方と合意内容を固める
公正証書は、当事者双方の嘱託(申請)があって初めて作成されます。相手方の協力が前提ですから、まずは支払条件について合意を取り付けます。最低限、①債務の発生原因(どの取引のいくらか)、②総額、③支払方法と期日、④遅延した場合の取扱い、⑤強制執行を受け入れること、の5点を確認しておきます。
分割払いにする場合は、期限の利益喪失条項を必ず入れます。「支払を2回分怠り、その額が2回分に達したときは、通知催告を要せず当然に期限の利益を失い、残額を直ちに支払う」といった条項がなければ、滞納があっても各回の期日ごとにしか請求できません。
ステップ2 公証役場に連絡し、原案を提出する
最寄りの公証役場に電話やメールで連絡し、合意内容をまとめたメモや原案を送ります。公証役場は全国どこでも利用でき、当事者の住所地に限られません。公証人が条項を整理して文案を作成し、内容の確認を求められますので、金額・期日・当事者の表示に誤りがないかを丁寧に点検します。この段階で条項の趣旨を質問しておくと、後の解釈の争いを防げます。
ステップ3 必要書類を準備する
一般に次のような書類が必要です。求められる書類は公証役場や事案により異なるため、事前に確認してください。
- 法人の場合:代表者の資格を証する登記事項証明書、代表者印の印鑑登録証明書
- 個人の場合:印鑑登録証明書と実印、または運転免許証・マイナンバーカード等の本人確認書類
- 代理人が嘱託する場合:委任状(本人の実印を押したもの)と本人の印鑑登録証明書
- 債務の内容を示す資料:契約書、請求書、取引履歴など
ステップ4 作成日に手続を行う
従来は当事者双方(または代理人)が公証役場に出向き、公証人の面前で内容を確認して署名押印する必要がありました。2025年10月1日に施行された改正公証人法(民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律・令和5年法律第53号)により、この手続が全面的にデジタル化されています。法務省の資料によれば、主な変更点は次のとおりです。
- 公証役場に出頭せず、電子証明書を付してインターネット経由で嘱託することが可能になった
- 嘱託人が希望し、かつ公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議による手続が可能になった
- 公正証書は原則として電子データで作成・保存されるようになった
- 正本・謄本を電子データで受け取ることもできる(書面での交付も引き続き選択可能)
ウェブ会議が使えるかどうかは公証人の判断によりますので、遠方の取引先と作成する場合は、あらかじめ公証役場に利用の可否を相談してください。
ステップ5 正本・謄本を受け取り、送達の手続をする
作成が終わると、債権者は正本、債務者は謄本を受け取るのが通例です。ここで忘れてはならないのが送達です。民事執行法上、強制執行を開始するには債務名義の正本または謄本があらかじめ債務者に送達されている必要があり、公正証書についてはこの送達を公証人に依頼できます。作成当日に債務者が在席していれば交付送達を受けられ、後日の手続が省けます。
実際に差押えを申し立てる段階では、公証人から執行文の付与と送達証明書の交付を受け、これらを添えて裁判所に申し立てます。差押えそのものの流れは、強制執行を自分で申し立てる方法を解説した記事で詳しく説明しています。
公正証書の作成にかかる手数料
公証人に支払う手数料は、政令である公証人手数料令で全国一律に定められています。基本となるのは、法律行為の目的の価額(この場合は支払を約束する金額)に応じた次の区分です(公証人手数料令9条別表)。
| 目的の価額 | 手数料 |
|---|---|
| 50万円以下 | 3,000円 |
| 50万円超~100万円以下 | 5,000円 |
| 100万円超~200万円以下 | 7,000円 |
| 200万円超~500万円以下 | 13,000円 |
| 500万円超~1,000万円以下 | 20,000円 |
| 1,000万円超~3,000万円以下 | 26,000円 |
| 3,000万円超~5,000万円以下 | 33,000円 |
| 5,000万円超~1億円以下 | 49,000円 |
これに加えて、債権回収を見据える場合は次の費用がかかります。
| 項目 | 手数料 | 根拠 |
|---|---|---|
| 枚数による加算 | 1枚につき300円(紙の公正証書は4枚、法務省令で定める横書きのもの及び電磁的記録で作成するものは3枚を超える部分) | 手数料令25条 |
| 正本等の交付 | 1枚につき300円 | 手数料令40条1項 |
| 執行文の付与 | 2,000円(条件成就・承継の執行文はさらに2,000円加算) | 手数料令38条 |
| 送達 | 1,600円(郵便料等の実費は別) | 手数料令39条1項・42条 |
| 送達に関する証明 | 300円 | 手数料令39条3項 |
たとえば300万円の売掛金を分割弁済する内容であれば、基本手数料13,000円に正本等の交付と送達の費用を加えて、おおむね2万円前後が目安になります。訴訟を提起する場合の印紙代と比べても負担は軽く、費用対効果の高い手段といえます。なお、これらの金額は改正により見直されることがあるため、実際の作成前に公証役場で最新の取扱いをご確認ください。
自分で作るときに間違えやすい5つのポイント
1 強制執行認諾文言が入っていない
前述のとおり、これが抜けると差押えには使えません。公証人が作成する文案には通常入りますが、受け取った正本を必ず自分の目で確認してください。
2 金額が特定されていない
「未払分および今後発生する債務」といった書き方では、いくら差し押さえられるのかが定まりません。既発生の債務について金額を確定させ、将来分は別途対応する形に整理します。
3 遅延損害金の利率を定めていない
取り決めがなければ法定利率によることになります。商取引であれば合意により年率を定めておくのが一般的ですが、利息制限法等の上限規制がはたらく場面もあるため、高すぎる利率を設定しないよう注意が必要です。
4 送達を後回しにした
作成後に債務者の所在が分からなくなると送達に手間がかかります。作成当日の交付送達を利用できないか、公証役場に相談してください。
5 そもそも相手に財産がない
公正証書は「回収を確実にする道具」ではなく「回収のための入口を早くする道具」です。差し押さえるべき財産の見当がまったくつかないまま作っても、実際の回収には結びつきません。取引銀行や主要な販売先といった情報を、取引が健全なうちに把握しておくことが重要です。それでも財産が分からない場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を利用して調査する方法があります。
自分で作る場合の限界と、弁護士に依頼した場合の違い
公正証書の作成手続そのものは、公証人が文案を整えてくれるため、事業者の方がご自身で進めることも十分に可能です。一方で、公証人は中立の立場にあり、債権者に有利な条項を提案してくれるわけではありません。期限の利益喪失の条件をどこに置くか、連帯保証人を立てさせるか、担保を取るか、既存の債務をどう整理して書き分けるかといった判断は、当事者側で組み立てる必要があります。
また、相手方が公正証書の作成に応じない場合や、そもそも合意にすら至らない場合には、別の手段に切り替えなければなりません。少額であれば支払督促を自分で申し立てる方法が、支払猶予の申入れを受けている段階であれば債務承認と分割払いの取り付け方が参考になります。どの手段を選ぶかは、債権額・相手方の資力・時効までの残り期間によって変わります。
弁護士に依頼した場合は、条項の設計に加えて、相手方との交渉、時効の管理、作成後に支払が止まった際の差押えまでを一つの流れとして進められます。当事務所の企業法務の取扱い分野については企業法務のページで詳しくご案内しています。
よくある質問
公正証書は相手が来なくても作れますか。
公正証書は当事者双方の嘱託に基づいて作成されるため、相手方の関与なしに一方的に作ることはできません。相手方が公証役場に来られない場合は、委任状と印鑑登録証明書を用意して代理人に嘱託させる方法があります。また2025年10月1日施行の改正公証人法により、嘱託人が希望し公証人が相当と認めるときはウェブ会議による手続も可能になりました。もっとも、相手方が作成そのものを拒んでいる場合は公正証書を作れないため、支払督促や訴訟に切り替えることを検討します。
公正証書があれば必ず回収できますか。
公正証書は裁判をせずに強制執行を申し立てられる債務名義になりますが、差し押さえる財産が見つからなければ現実の回収には至りません。回収の可否は相手方の財産状況に左右されるため、取引中に把握した取引銀行や売掛先などの情報を記録しておくことが重要です。財産が分からない場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を利用する方法もあります。
建物の明渡しを公正証書で約束させれば、裁判なしで追い出せますか。
できません。民事執行法22条5号が債務名義として認めているのは、金銭の一定の額の支払、または代替物・有価証券の一定数量の給付を目的とする請求に限られます。建物明渡しや物の引渡しといった非金銭債務は執行証書にできないため、明渡しを実現するには建物明渡請求訴訟などの手続が必要です。
公正証書の作成費用はどちらが負担するのですか。
法律上の決まりはなく、当事者の合意で決めます。実務上は、公正証書の作成を求める債権者側が負担する例、債務者が負担すると公正証書の条項に定める例のいずれもあります。負担者を決めたら、後の争いを避けるために費用負担の条項を公正証書に入れておくとよいでしょう。
公正証書を作れば時効は延びますか。
公正証書の作成自体に確定判決のような時効期間の更新効はありませんが、債務者が支払義務を認める内容を公正証書にすることは民法152条1項の「承認」にあたり、時効が更新されて新たに時効期間が進行するのが一般的な理解です。時効の管理は事案ごとに判断が分かれる論点を含むため、期間の計算に不安がある場合は弁護士にご確認ください。
まとめ
強制執行認諾文言付きの公正証書は、訴訟を経ずに差押えへ進める数少ない手段であり、費用も数万円程度に収まります。自分で作る場合の要点は、①金銭債務であり金額が一義的に定まること、②強制執行認諾文言を必ず入れること、③期限の利益喪失条項を設けること、④作成後の送達と執行文付与まで見通しておくこと、の4点です。2025年10月からは手続がデジタル化され、出頭やウェブ会議の選択肢も広がりました。
もっとも、公正証書は回収の「入口」を早くする道具であって、相手方に財産がなければ効果は限られます。相手が作成に応じない、条項の設計に不安がある、すでに支払が止まっているといった段階では、早めに弁護士へご相談いただくことで、取り得る手段の幅が広がります。
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