不倫の慰謝料請求で退職・引っ越しを求められたら?弁護士が解説
不倫の慰謝料請求で退職・引っ越しを求められたら?弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年9月25日 最終更新日:2026年9月25日
不倫(不貞行為)が発覚し、相手の配偶者から慰謝料を請求されたとき、金銭の支払いに加えて「会社を辞めてほしい」「今の家から引っ越してほしい」「この地域から出て行ってほしい」と求められることがあります。社内不倫や、住まいが近い相手との関係では特に多い要求です。「応じなければ許してもらえないのでは」「断ったら会社に言われるのでは」と、不安のなかで判断を迫られている方も少なくないでしょう。
この記事では、慰謝料の請求を受けた側の視点から、退職や転居を求める要求に法的な義務があるのか、示談書に「退職条項」「転居条項」を入れた場合にどうなるのか、どう対応すればよいのかを、横浜の弁護士が解説します。
結論として、不貞慰謝料の請求を受けた側に、退職や転居に応じる法的な義務はありません。不法行為の責任は原則として金銭による賠償であり、職業選択の自由や居住・移転の自由を大きく制約する合意は、公序良俗に反して無効と判断される可能性があります。一方で、自らの意思で辞めたり引っ越したりした事実は後から取り消しにくいため、示談書に署名する前に内容を慎重に確認することが重要です。
不倫の慰謝料請求で退職・引っ越しを求められるのはどんなとき?
退職や転居の要求は、次のような場面でよくみられます。
- 社内不倫で、不倫相手と同じ職場・同じ部署で働いている
- 不倫相手と住まいが近く、生活圏が重なっている
- 不倫相手の配偶者が「顔を合わせる可能性があること自体が耐えられない」と感じている
- 夜職の店舗で客として来ていた既婚者との関係について、「店を辞めること」を求められている
配偶者と不倫相手の接触を断ちたいという心情は理解できますが、それと法的に応じる義務があるかは別の問題です。
なお、夜職・パパ活の関係で慰謝料を請求され、既婚者と知らなかった事情などがある場合は、夜職・パパ活の不倫慰謝料請求への対応についての特設ページもご参照ください。
退職・転居に応じる法的義務はあるのか
不法行為の責任は「金銭賠償」が原則
不貞行為による慰謝料は、民法709条・710条に基づく不法行為の損害賠償です。民法722条1項は金銭賠償の原則を定めた民法417条を不法行為に準用しており、不法行為の責任は原則としてお金で償うことになります。そのため、裁判で慰謝料請求が認められたとしても、判決で「会社を辞めよ」「引っ越せ」と命じられることは、通常は考えにくいといえます。
憲法が保障する職業選択・居住移転の自由
憲法22条1項は、公共の福祉に反しない限り、何人も居住・移転及び職業選択の自由を有すると定めています。憲法は直接には国家と個人の関係を定めるものですが、私人間の合意であっても、こうした基本的な自由を過度に制約する内容は、民法90条(公序良俗)に反して無効と判断される可能性があります。
したがって、請求を受けた側は、退職や転居の要求を断ることができます。断ったこと自体を理由に、慰謝料の金額が当然に増えるわけでもありません。
示談書の「退職条項」「転居条項」は有効か
では、本人が同意して示談書に「○月○日までに退職する」「○か月以内に転居する」と書いた場合はどうでしょうか。
| 条項の内容 | 有効性の考え方(目安) |
|---|---|
| 期限を定めて退職を義務づける | 職業選択の自由への制約が大きく、公序良俗違反として無効と判断される可能性がある |
| 転居・特定地域への立入り禁止を義務づける | 範囲・期間が広いほど無効と判断される可能性が高まる |
| 違反した場合に高額の違約金を支払う | 本体の義務が無効なら違約金も請求できない可能性がある。有効でも過大な部分は減額・無効とされうる |
| 業務上必要な場合を除き接触しない(接触禁止条項) | 一般的には有効とされることが多い |
このように、退職・転居そのものを義務づける条項は、無効と判断される可能性がある一方、接触を禁じる条項は比較的有効とされやすいという違いがあります。接触禁止条項の書き方や違約金の考え方は、不貞慰謝料と接触禁止条項(誓約書)の作り方で詳しく解説しています。
すでに退職届を出した・引っ越してしまった場合
注意すべきなのは、示談書の条項が無効であっても、自分の意思で行った退職や転居そのものは、原則として元に戻らないという点です。
期間の定めのない雇用契約では、労働者はいつでも解約(退職)を申し入れることができ、申入れから2週間の経過で雇用は終了します(民法627条1項)。退職届が会社に受理されれば、後から「実は相手に言われて出した」と主張しても、撤回が認められるとは限りません。
一方、相手から「会社にばらす」「家族に知らせる」などと脅されて示談書に署名した場合には、強迫による意思表示として取り消せる可能性があります(民法96条1項)。示談の取消しについては、不貞慰謝料の示談は取り消せる?錯誤・詐欺・強迫による無効もご覧ください。
会社への暴露や脅しを伴う要求への対応
「辞めないなら会社に不倫をばらす」「引っ越さないなら近所に知らせる」といった形で要求されることもあります。害悪を告知して義務のないことを行わせる行為は、刑法223条の強要罪(3年以下の拘禁刑)にあたる可能性があり、職場や近隣への暴露は名誉毀損などの問題にもなりえます。
このような要求を受けたときは、次の点を意識してください。
- その場で退職や転居を約束しない。念書や誓約書に署名しない
- メール・LINE・録音など、要求の内容が分かる記録を残しておく
- 早めに弁護士に相談し、窓口を弁護士に一本化する
また、社内不倫の場合、会社が私生活上の問題を理由に直ちに解雇できるわけではありません。解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合には無効とされます(労働契約法16条)。
現実的な落としどころと交渉のポイント
請求する側が本当に望んでいるのは、多くの場合「配偶者と不倫相手が二度と接触しないこと」です。そこで、退職・転居の代わりに次のような条件を提示することで、合意に至るケースがあります。
- 業務上やむを得ない場合を除き、私的な連絡・面会をしない旨の接触禁止条項
- 連絡先の削除やSNSのブロックの約束
- 自主的な部署異動の希望(会社の人事判断に委ねることが前提)
- 違反した場合の違約金を、相当な金額の範囲で定める
反対に、転職や転居を自ら希望している場合は、それを交渉材料として慰謝料の金額や支払方法で配慮を求める余地もありますが、示談書に「義務」として書き込むかどうかは慎重に検討すべきです。署名前の確認点は、不貞慰謝料の示談書にサインする前の確認点にまとめています。
当事務所における不貞慰謝料事件の取扱いについては、不貞慰謝料請求の取扱分野ページをご覧ください。
よくある質問
退職や引っ越しを断ると、慰謝料が増額されますか?
退職や転居を断ったこと自体を理由に、慰謝料が当然に増額されることはないと考えられます。慰謝料額は、婚姻期間、不貞の期間・態様、婚姻関係への影響などの事情を総合して判断されます。
示談書に退職すると書いてしまいました。守らないといけませんか?
退職を義務づける条項は、職業選択の自由を大きく制約するため公序良俗違反として無効と判断される可能性があります。ただし、事案によって判断が異なり、違約金条項との関係も問題になるため、対応を決める前に弁護士に相談することをおすすめします。
「会社に言う」と言われて退職を迫られています。どうすればよいですか?
その場で約束や署名をせず、要求の内容を記録に残してください。害悪の告知を伴って義務のないことを行わせる行為は強要罪にあたる可能性があります。弁護士が代理人となれば、相手方との連絡窓口を一本化できます。
接触禁止条項なら応じても問題ありませんか?
接触禁止条項は一般的には有効とされることが多い条項です。ただし、同じ職場の場合は「業務上必要な連絡を除く」などの例外を定めないと、意図せず違反してしまうおそれがあります。違約金の金額も含めて内容を確認しましょう。
まとめ
- 不貞慰謝料の請求を受けた側に、退職・転居に応じる法的義務はない
- 退職・転居を義務づける示談条項は、公序良俗違反として無効と判断される可能性がある
- ただし、自分の意思で行った退職・転居は原則として元に戻らないため、署名前の確認が重要
- 脅しを伴う要求は強要罪にあたる可能性があり、記録を残して弁護士に相談する
- 接触禁止条項など、現実的な代替案で合意を目指す方法がある
退職や転居の要求は、生活や仕事の基盤に直結する重大な問題です。弁護士に依頼すれば、要求の法的な妥当性を整理したうえで、相手方との交渉を代理人として進めることができます。横浜のタングラム法律事務所では、請求を受けた側の立場からのご相談にも対応しています。
退職・転居を求められてお困りの方へ
タングラム法律事務所では、不貞慰謝料の請求をする側・された側の双方について、示談交渉から訴訟対応まで多数の解決実績があります。退職や引っ越しを求められて判断に迷っている方は、署名や回答をする前にご相談ください。
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