相続の代償金が支払われない|遺産分割後の回収方法を弁護士が解説
相続の代償金が支払われない|遺産分割後の回収方法を弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年9月29日 最終更新日:2026年9月29日
「実家は兄が相続し、その代わりに兄が私に代償金を支払う約束で遺産分割協議書に署名した。ところが、期限を過ぎても一向に支払われない」。代償分割による遺産分割の後、このようなご相談は少なくありません。名義は移ったのに自分の取り分だけが届かない状況は、大きな不安につながります。
この記事では、相続の遺産分割で約束された代償金が支払われない場合に、遺産分割をやり直せるのか、どのような手続で回収できるのかを、合意の形式ごとに整理して、横浜の弁護士が解説します。未払いを防ぐ協議書の書き方にも触れます。
結論から言うと、代償金が支払われなくても、判例上、遺産分割協議を一方的に解除して不動産を取り戻すことはできず、代償金の支払を請求していくのが原則です。当事者だけで作った遺産分割協議書では直ちに強制執行ができないため、訴訟等で判決を得る必要がありますが、公正証書(執行証書)・調停調書・審判があれば、それに基づいて強制執行を申し立てることができます。
代償分割と代償金の支払義務とは
代償分割とは、特定の相続人が不動産などの遺産を取得する代わりに、他の相続人に対して金銭(代償金)を支払う遺産分割の方法です。遺産の大半が自宅不動産の場合によく用いられます。現物分割・換価分割との比較は、遺産分割で不動産をどう分けるかの解説記事をご覧ください。
遺産分割協議や調停で代償分割を合意した場合、代償金を支払う相続人は、他の相続人に対して代償金の支払債務を負います。家庭裁判所が審判で分割方法を定める場合も、「特別の事情があると認めるとき」は、共同相続人の一人に他の相続人に対する債務を負担させて現物の分割に代えることができるとされています(家事事件手続法195条)。
なお、審判で代償分割を命じるには、債務を負担する相続人に支払能力があることを要すると解されています(最高裁平成12年9月7日第一小法廷決定)。これに対し、協議や調停では当事者の合意で代償金の額や支払方法を決めるため、相手の支払能力を十分確認しないまま合意してしまい、後で未払いになるケースが生じやすいのです。
代償金の不払いを理由に遺産分割協議を解除できるか
代償金が支払われないのだから、遺産分割協議をなかったことにして不動産を取り戻したい、と考えるのは自然なことです。しかし、最高裁平成元年2月9日判決(民集43巻2号1頁)は、共同相続人間で遺産分割協議が成立した後、相続人の一人が協議で負担した債務を履行しなくても、その債権を有する相続人は民法541条によって遺産分割協議を解除することはできない、と判断しています。
一方、相続人全員が合意して、成立した遺産分割協議の全部または一部を解除し、改めて協議をすることは妨げられないとされています(最高裁平成2年9月27日判決)。もっとも、代償金を払わない相手がやり直しに応じることは多くありません。また、合意解除と再分割には税務上の問題が生じることもあります。そのため、実務上は代償金の支払請求として回収を図るのが基本となります。協議書に署名する前の確認事項は、遺産分割協議書へのサインを求められたときの解説記事で詳しく紹介しています。
合意の形式で変わる代償金の回収方法
代償金を回収する手段は、代償分割の合意がどのような書面で成立しているかによって大きく異なります。
| 合意の形式 | 直ちに強制執行できるか | 主な回収手段 |
|---|---|---|
| 当事者間の遺産分割協議書 | できない | 内容証明による催告 → 支払督促または訴訟で債務名義を取得 → 強制執行 |
| 強制執行認諾文言付き公正証書(執行証書) | できる(民事執行法22条5号) | 執行文の付与を受けて強制執行 |
| 遺産分割調停の調停調書 | できる(家事事件手続法268条1項) | 履行勧告・履行命令、強制執行 |
| 遺産分割審判 | できる(家事事件手続法75条) | 履行勧告・履行命令、強制執行 |
当事者間の協議書しかない場合
まずは、支払期限と金額を明示して、内容証明郵便で支払を催告します。それでも支払われない場合は、簡易裁判所の支払督促や、地方裁判所・簡易裁判所への代償金支払請求訴訟によって、判決などの債務名義を取得する必要があります。遺産分割協議書は、代償金の支払を約束した重要な証拠になります。
調停調書・審判がある場合
調停や審判で定められた代償金の支払義務については、権利者が家庭裁判所に申し出ると、家庭裁判所が履行状況を調査し、義務者に履行を勧告することができます(家事事件手続法289条1項・7項)。履行勧告には強制力はありませんが、費用をかけずに利用できる手段です。さらに、家庭裁判所が相当と認めるときは、相当の期限を定めて履行を命じる審判をすることができ、正当な理由なく従わない者は10万円以下の過料に処せられます(同法290条1項・3項・5項)。
これらで支払われない場合は、地方裁判所に強制執行(預貯金・給与・不動産などの差押え)を申し立てます。相手の財産がわからない場合には、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を利用できることがあります。具体的な流れは、強制執行・財産開示手続の解説記事が参考になります。
遅延損害金と時効にも注意
代償金の支払期限を過ぎると、支払う側は遅延損害金を負担します。利率の取決めがなければ法定利率により、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの法定利率は年3%とされています(法務省の公表による)。
また、代償金の支払請求権も、他の金銭債権と同様に消滅時効にかかります。権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年で時効が完成するのが原則です(民法166条1項)。「親族だから」と催告をためらっているうちに時間が過ぎないよう、早めに対応することが大切です。
代償金の未払いを防ぐ遺産分割協議書の書き方
これから代償分割で合意する場合は、次のような工夫で未払いのリスクを小さくできます。
- 引換給付にする:代償金の支払と引換えに、不動産の相続登記に必要な書類を交付する、あるいは代償金の支払を登記手続より先に行う旨を定める
- 公正証書にする:強制執行認諾文言付きの公正証書にしておけば、未払い時に訴訟を経ずに強制執行ができる
- 分割払いの場合の手当て:期限の利益喪失条項や遅延損害金の利率を定め、取得する不動産に抵当権を設定するなどの担保を検討する
- 調停で成立させる:協議がまとまりそうでも、調停調書にしておけば執行力が得られる
税務上の注意:代償分割では、代償金を受け取った相続人は取得した財産の価額に代償金の額を加え、支払った相続人は差し引いて相続税の課税価格を計算します(国税庁タックスアンサーNo.4173)。また、代償金の代わりに不動産などの資産を渡すと、渡した側に譲渡所得の課税が生じる場合があります(所得税基本通達33-1の5)。具体的な税額や申告方法は、税理士または税務署にご確認ください。
代償金の回収を弁護士に依頼するメリット
代償金の回収は、合意の形式に応じて、催告・訴訟・履行勧告・強制執行など適切な手段を選ぶ必要があります。弁護士に依頼すれば、請求の根拠の整理から交渉、訴訟・強制執行の申立て、財産調査までを一貫して任せることができ、親族同士で直接請求しにくい場合にも冷静な話し合いにつなげやすくなります。当事務所の相続事件への対応は、遺産相続・遺留分の取扱分野のページでもご案内しています。
よくある質問
代償金が支払われないので、遺産分割をやり直して不動産を取り戻せますか?
判例(最高裁平成元年2月9日判決)は、代償金などの債務が履行されなくても、民法541条による遺産分割協議の解除はできないとしています。原則として、代償金の支払を請求していくことになります。相続人全員が合意すれば、協議を合意解除してやり直すことは可能とされています(最高裁平成2年9月27日判決)。
遺産分割協議書があれば、すぐに強制執行できますか?
当事者だけで作成した遺産分割協議書は、それだけでは強制執行の根拠(債務名義)になりません。支払督促や訴訟で判決等を得る必要があります。強制執行認諾文言付きの公正証書、調停調書、審判であれば、それに基づいて強制執行を申し立てることができます。
代償金の未払いに遅延損害金を請求できますか?
支払期限を過ぎた場合、遅延損害金を請求できます。利率の取決めがなければ法定利率によることになり、令和8年4月1日から令和11年3月31日までの法定利率は年3%とされています。
代償金を支払う側ですが、約束どおりに払えそうにありません。どうすればよいですか?
放置すると遅延損害金が生じ、公正証書や調停調書がある場合には強制執行を受けるおそれがあります。支払期限の前に相手方へ事情を伝え、分割払いへの変更や不動産の売却による支払など、現実的な方法を協議することが重要です。
まとめ
- 代償金が支払われなくても、遺産分割協議を一方的に解除することはできない(最高裁平成元年2月9日判決)
- 回収方法は合意の形式で異なり、公正証書(執行証書)・調停調書・審判があれば強制執行を申し立てられる
- 当事者間の協議書のみの場合は、催告のうえ支払督促や訴訟で債務名義を取得する
- 調停・審判で定めた義務は、家庭裁判所の履行勧告・履行命令も利用できる
- これから合意する場合は、引換給付・公正証書化・担保設定などで未払いを予防する
代償金の未払いは、時間が経つほど回収が難しくなるおそれがあります。相手が支払に応じない場合は、早めに弁護士へご相談ください。
代償金が支払われずお困りの方へ
タングラム法律事務所は、横浜・山下公園に事務所を構え、相続人間で対立の生じた遺産分割・遺留分の事案について、交渉から調停・審判、強制執行まで一貫して対応しております。代償金の回収方法の選択や、未払いを防ぐ合意書の作成をお手伝いします。
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