カスハラ客を出入り禁止にできる?|店舗の手順と注意点を弁護士が解説
カスハラ客を出入り禁止にできる?|店舗の手順と注意点を弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年11月2日 最終更新日:2026年11月2日
毎週のように来店しては従業員を怒鳴りつける客がいる。長時間居座り、注意すると「客に向かって何だ」と声を荒らげる。「もう来ないでほしい」と思っても、客を断ってよいのか、訴えられないかが不安で、現場の我慢が続いているという店舗は少なくありません。
2026年10月1日からカスタマーハラスメント対策が事業主の義務となり、悪質な客にどう対処するかを決めておくことが求められるようになりました。この記事では、カスハラ客を出入り禁止にできる法的根拠、できない・慎重にすべきケース、通知書の書き方、通告後に来店された場合の対応を、横浜の弁護士が店舗・中小事業者の目線で解説します。
結論として、民間の店舗は、法令上の制限がない限り、カスハラを行う客の出入りを禁止できる可能性があります。厚生労働省の指針も、特に悪質なカスハラへの対処例として出入りの禁止を挙げています。もっとも、医療機関・宿泊施設など法令上の制約がある業種や、障害を理由とする場合などは慎重な検討が必要で、事実の記録、警告、書面通知という手順を踏むことが大切です。
カスハラ客の出入り禁止は法律上できるのか
出発点となるのは契約自由の原則です。民法521条1項は、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定できると定めています。民間の店舗が特定の客と今後取引をしないと判断すること自体は、原則としてこの自由の範囲にあります。
2026年10月1日に施行された改正労働施策総合推進法33条を受けて定められた「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」も、この点を後押ししています。指針は、特に悪質と考えられるものへの対処の例として、次のものを挙げています(限定列挙ではありません)。
- 犯罪に該当し得る言動についての警察への通報
- 行為者に対する警告文の発出
- 法令の制限内において、商品の販売、サービスの提供等をしないこと
- 店舗及び施設等への出入りの禁止
- 民事保全法に基づく仮処分命令の申立て
つまり、出入り禁止は「客商売だから取り得ない手段」ではなく、従業員を守るための対処の一つとして位置づけられています。カスハラ対策の義務全体については、カスハラ対策の義務化で企業がすべき措置を解説した記事をご覧ください。
出入り禁止ができない・慎重にすべきケース
指針に「法令の制限内において」とあるとおり、どの事業者でも自由に客を断れるわけではありません。特に次の場面では、事前の検討が欠かせません。
| 場面 | 注意点 |
|---|---|
| 医療機関 | 医師には応招義務があります。厚生労働省の通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)は、迷惑行為により信頼関係が喪失している場合に新たな診療を行わないことが正当化されるとしつつ、緊急対応が必要な場合は、事実上診療が不可能といえる場合に限られるとしています |
| 宿泊施設 | 2023年12月13日施行の改正旅館業法により、カスハラに当たる特定の要求を行う者の宿泊を拒めることになりましたが、みだりに拒むことのないよう、客観的な事実に基づく判断が求められます |
| 障害のある方 | 障害を理由とする不当な差別的取扱いは禁止され、合理的配慮の提供も義務です(障害者差別解消法8条)。障害特性による言動をカスハラと即断しないよう注意します |
| 属性を理由とする場合 | 国籍、性別、信条などの属性を理由に入店を断ることは、不当な差別として問題になり得ます。判断の対象は「その人の言動」に限ります |
| 継続的な契約がある場合 | 会員制サービス、定期利用契約、賃貸借などは、入店を断るだけでなく契約の解除が問題になります。規約上の解除事由を確認し、前払金の精算も検討します |
障害のある方への対応については、障害者への合理的配慮の義務化を解説した記事もご参照ください。指針も、消費者の権利や障害者差別解消法の定めに留意する必要があるとしています。
正当なクレームとの線引き
出入り禁止は、客の苦情そのものを封じるためのものではありません。商品やサービスに不備があり、客が改善を求めること自体は正当な行為です。指針も、苦情のすべてがカスハラに該当するわけではないとし、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、態様・頻度・継続性などを総合的に考慮するのが適当としています。
実務上は、次のような事情を確認します。
- 暴行、脅迫、暴言、土下座の強要など、手段や態様が許容範囲を超えている
- 退店を求めても居座る、長時間拘束する、執拗に来店や架電を繰り返す
- 注意や警告を受けた後も、同じ言動を続けている
金銭や返金の要求が中心である場合は、要求の根拠と手段を切り分けて判断します。詳しくは悪質クレーマーの不当な金銭・返金要求への対処法で解説しています。
出入り禁止までの手順
感情的にその場で通告すると、「不当に差別された」と反論されたり、SNSで一方的に発信されたりするおそれがあります。次の順序で進めることをおすすめします。
- 事実の記録:日時、場所、発言内容、対応者、滞在時間を記録し、録音や防犯カメラ映像を保全します。自社の不備の有無もあわせて確認します。
- 警告:言動をやめるよう求め、続けば今後の利用をお断りする旨を伝えます。重大な暴力などを除き、警告を経ておくと対応の相当性を説明しやすくなります。
- 社内決裁:現場の担当者個人ではなく、店長や本部など、あらかじめ定めた責任者が判断します。
- 書面での通知:住所が分かる場合は、内容証明郵便と配達証明で通知すると、送付の事実と内容を証拠に残せます。出し方は内容証明郵便を自分で出す方法をご覧ください。
- 社内共有:再来店時の対応者、声かけの文言、警察へ通報する基準を、関係する従業員に共有します。
通報や仮処分まで見据えた運用には、規程やマニュアルの整備も関わります。当事務所の企業法務の取扱分野のページもあわせてご覧ください。
出入り禁止の通知書に書くこと
通知書には、次の事項を簡潔に記載します。感情的な表現や、相手の人格を非難する表現は避け、客観的な事実にとどめます。
- 通知の相手方と、店舗・施設の名称(対象範囲が複数店舗の場合は明記する)
- 問題となった言動の日時と内容
- 今後の来店・立入り、利用をお断りする旨の明確な意思表示
- 立ち入った場合には退去を求め、必要に応じて警察に通報する旨
- 今後の連絡先(窓口を一本化する)
通告後に来店された場合の対応
通告後に来店した場合は、複数の従業員で対応し、退去を求めます。一定の時間をおいて退店を求めることは、指針でも対処例として示されています。
刑法130条は、正当な理由なく建造物等に侵入する行為と、要求を受けて退去しない行為(不退去)を処罰の対象としています。最高裁昭和58年4月8日判決(刑集37巻3号215頁)は、建造物への「侵入」とは管理権者の意思に反して立ち入ることをいうとしています。事前に書面で立入りを拒否していれば、店舗側の意思を示す資料になりますが、犯罪の成否は個別の事情によって判断されます。
大声で騒ぎ業務を妨げる場合は威力業務妨害罪(刑法234条)などが問題になることもあります。危険を感じる場合は、ためらわず警察に通報してください。その際、通知書の控えと過去の記録を示せるようにしておくと、経緯を説明しやすくなります。
それでも来店や架電が止まらない場合は、弁護士名での警告のほか、指針にも挙げられている民事保全法上の仮処分(面談の強要や架電の禁止など)を検討します。
よくある質問
出入り禁止を伝えたのに来店した場合、すぐ警察を呼んでよいですか。
退去を求めても応じない場合や、暴行・脅迫などのおそれがある場合には、警察への通報を検討します。事前に通知書で立入りを拒む意思を明確にしておくと、状況を説明しやすくなります。犯罪が成立するかどうかは個別の事情によって判断されます。
相手の氏名や住所が分からない場合はどうすればよいですか。
通知書を送れないときは、来店時に複数の従業員で口頭で伝え、日時・場所・伝えた内容・対応者を記録します。録音を残しておくと、後日の説明に役立ちます。防犯カメラの映像を社内で共有する場合は、個人情報保護法上の利用目的の範囲で必要最小限にとどめます。
店内に出入り禁止の客の写真や氏名を掲示してもよいですか。
避けるべきです。第三者の目に触れる形で掲示すると、名誉毀損やプライバシー侵害を理由に、店舗側が損害賠償を請求されるおそれがあります。情報の共有は、対応に必要な従業員の範囲に限って行うことが適切です。
まとめ
- 民間の店舗は、法令上の制限がない限り、カスハラを行う客の出入りを禁止できる可能性がある
- 指針も、特に悪質なものへの対処例として出入りの禁止、警告文、仮処分などを挙げている
- 医療機関・宿泊施設、障害のある方、継続的な契約がある場合などは慎重な検討が必要
- 記録、警告、社内決裁、書面通知、社内共有の順に進め、再来店時は実力行使を避ける
出入り禁止は、相手から反発を受けやすい対応です。どの段階で通告するか、通知書に何を書くかは、業種や契約関係、これまでの経緯によって異なります。迷われたときは、通告の前に横浜の弁護士にご相談いただくことで、紛争の拡大を防ぎやすくなります。
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