開示請求は費用倒れになる?誹謗中傷の弁護士費用と回収の見通し
開示請求は費用倒れになる?誹謗中傷の弁護士費用と回収の見通し
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年11月2日 最終更新日:2026年11月2日
ネットで誹謗中傷を受け、投稿者を特定したいと考えて調べてみると、「開示請求は費用倒れになる」という話を目にすることがあります。弁護士に依頼すると数十万円かかるのに、慰謝料はそれほど取れないと聞けば、踏み出してよいのか迷うのは当然です。
この記事では、開示請求が費用倒れになるのはどのような場合か、投稿者の特定にかかる費用、裁判で認められている慰謝料の水準、費用を相手にどこまで請求できるのかを整理します。そのうえで、依頼する前に確認しておきたい点をお伝えします。
結論から言えば、開示請求は、投稿者から回収できる金額だけで費用をまかなえるとは限らず、費用倒れになる可能性は現実にあります。法務省の報告書では、インターネット上の事案の慰謝料の中央値は30万円で、投稿者の特定にかかる費用がこれを上回ることも珍しくありません。金銭の回収だけを目的にするのか、再発防止や責任追及を重視するのかを整理し、費用の見込みを確認してから判断することが大切です。
開示請求の「費用倒れ」とは何か
費用倒れとは、手続にかけた費用が、最終的に相手から回収できた金額を上回り、持ち出しになる状態をいいます。誹謗中傷の事案で費用倒れが話題になりやすいのは、費用が発生する段階と、お金を回収できる段階が大きく離れているためです。
開示請求は、投稿者を特定するための手続にすぎません。特定できても、それだけでお金が支払われるわけではなく、その後に示談交渉や損害賠償請求訴訟を行い、さらに相手が実際に支払って初めて回収となります。つまり、費用は先に確定し、回収は後から、しかも不確実な形でやってきます。
投稿者の特定にかかる費用の全体像
SNSや掲示板の投稿者を特定するには、通常、サイト運営者(コンテンツプロバイダ)と通信会社(アクセスプロバイダ)の双方に対する手続が必要です。裁判所の手続としては、発信者情報開示命令(情報流通プラットフォーム対処法8条)のほか、提供命令(同法15条)、消去禁止命令(同法16条)などを組み合わせます。
費用の内訳を、当事務所の標準額を例に示すと次のとおりです(金額は税込み)。
| 費用の項目 | 金額の例 | 補足 |
|---|---|---|
| 第1段階の着手金(サイト運営者) | 22万円 | 投稿の件数などにより加算あり |
| 第2段階の着手金(通信会社) | 22万円 | 通信会社が複数になると加算あり |
| 報酬金(投稿者を特定できた場合) | 発信者1名につき11万円 | 特定できた場合に発生 |
| 裁判所の手数料 | 1申立てにつき1,000円 | 開示命令・提供命令・消去禁止命令のそれぞれに必要(東京地方裁判所の案内による) |
| その他の実費 | 事案による | 郵便費用、海外事業者の場合の翻訳費用など。仮処分では担保金も必要 |
この例では、投稿者の特定までで基本額の合計が55万円となり、これに実費が加わります。損害賠償請求の交渉や訴訟を依頼する場合は、さらに別の費用がかかります。費用の体系は事務所によって異なるため、上記はあくまで一例です。当事務所の料金の詳細は開示請求・削除請求の弁護士費用のページに掲載しています。
慰謝料の水準から見た費用倒れのリスク
費用倒れの見通しを立てるうえで参考になるのが、法務省民事局の「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」(令和8年4月)です。この報告書は、令和4・5年と平成24・25年の判決203件を調査したもので、主にインターネット上の事案は118件でした。
| 区分 | 件数 | 平均値 | 中央値 |
|---|---|---|---|
| インターネット上の媒体 | 118件 | 47.0万円 | 30.0万円 |
| 名誉権侵害のみ(全媒体) | 111件 | 74.7万円 | 30.0万円 |
| 名誉感情侵害のみ(全媒体) | 16件 | 21.6万円 | 12.5万円 |
主にインターネット上の事案では、認容された慰謝料が30万円未満のものが46.6%を占めています。この水準と先ほどの費用を比べると、慰謝料だけで特定の費用をまかなうのは簡単ではないことがわかります。とくに、悪口や人格攻撃が中心で「名誉感情侵害」にとどまる事案は、金額が低くなる傾向があります。
もっとも、報告書は特定のデータベースから抽出した裁判例の調査であり、全事件を対象としたものではありません。報告書自身も、これを定額の相場として用いることはできないと注意しています。100万円を超える事案もあり、投稿の内容や拡散の程度、被害の大きさによって金額は変わります。
弁護士費用はどこまで相手に請求できるか
費用倒れの判断で重要なのが、かかった費用をどこまで投稿者に負担させられるかです。費用の種類ごとに扱いが異なります。
- 開示手続の費用(調査費用)——開示手続の中では投稿者に負担させることができません。後の損害賠償請求訴訟で請求することになりますが、法務省の委託研究の報告書では、全部または一部を負担させるか否かは裁判例によって分かれているとされています
- 損害賠償請求訴訟の弁護士費用——実額ではなく、慰謝料等の認容額の1割程度の支払いが命じられるのが一般的とされています
- 訴訟費用——裁判所に納める手数料などの訴訟費用は、敗訴の当事者が負担するのが原則です(民事訴訟法61条)。ただし、弁護士に支払う報酬はこれに含まれません
つまり、「勝てば弁護士費用はすべて相手が払う」わけではありません。調査費用の考え方は発信者情報開示にかかった弁護士費用は加害者に請求できる?で詳しく解説しています。
費用倒れになりやすいケース
とくに注意が必要なのは、次のような場合です。
- 投稿者を特定できない——通信会社のログが消えている場合や、海外のサービスを経由している場合などは、特定に至らないことがあります
- 権利侵害が認められにくい——意見や批判の範囲と判断されると、開示自体が認められない可能性があります
- 投稿者に支払能力がない——判決を得ても、相手に資力がなければ回収は困難です。投稿者が無職や未成年の場合などには、この問題が生じることがあります
- 投稿の件数が多く、投稿者も複数いる——手続の数が増えるほど費用も増えます
判決後に相手が支払わない場合には、相手の財産を調べる手続や強制執行を検討することになります。もっとも、差し押さえる財産がなければ回収には結びつきません。
費用倒れでも開示請求を選ぶ理由と、他の選択肢
開示請求の価値は、回収額だけでは測れません。相手を特定することで投稿の再発を防ぎたい、誰が書いたのかを知って今後の対応を決めたい、謝罪や誓約を求めたいといった目的があれば、金銭的には持ち出しになっても意味があると考える方もいます。
一方、投稿が消えれば十分という場合は、開示請求をせずに削除を優先する方法もあります。Googleマップの口コミであれば、口コミ・低評価の削除を段階的に進める方法もあります。また、加入している保険に弁護士費用特約が付いていれば、自己負担を抑えられる可能性があります。ただし、補償の対象は契約によって異なるため、弁護士費用特約の活用法も参考に、約款や保険会社への確認が必要です。
開示請求を依頼する前に確認したいこと
費用倒れの不安を減らすには、依頼の前に次の点を確認しておくことをおすすめします。
- 一番の目的は何か(削除、特定、賠償、再発防止のどれを優先するか)
- 投稿の日時から見て、ログが残っている可能性があるか
- 権利侵害が認められる見込みはどの程度か
- 特定までと、その後の賠償請求まで、それぞれいくらかかるか
- 特定できなかった場合に、どの費用が残るか
- 調査費用の請求や回収について、どの程度の見通しが立つか
時間の問題にも注意が必要です。通信会社のログは一定期間で消去されるため、検討に時間をかけすぎると特定自体ができなくなるおそれがあります。また、損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年間行使しないと、時効によって消滅します(民法724条1号)。当事務所は横浜にありますが、オンラインでの法律相談にも対応しています。手続全般については、発信者情報開示請求・削除請求のページもご覧ください。
開示請求の費用倒れに関するよくある質問
開示請求の費用は、相手に全額請求できますか。
必ず全額を請求できるとは限りません。法務省の委託研究の報告書でも、開示手続の費用を加害者に負担させるか否かは裁判例によって分かれているとされています。全額が認められる場合も、一部にとどまる場合も、認められない場合もあると考えておくことが大切です。
費用倒れになりそうなら、開示請求はやめたほうがよいですか。
一概には言えません。回収額だけを見れば赤字でも、再発の防止や投稿者への責任追及に意味を見いだす方もいます。何を一番の目的にするかを整理したうえで、費用の見込みと比べて判断するのが現実的です。
開示請求をせず、削除だけを依頼することはできますか。
できます。削除請求と開示請求は別の手続です。投稿が消えれば目的を達するという場合は、削除を優先して費用を抑えることも選択肢になります。ただし、削除の前に投稿内容やURLの証拠を保全しておくことが重要です。
投稿者を特定できなかった場合、費用はどうなりますか。
一般に、着手金は結果にかかわらず返還されないため、特定できなくても費用負担は残ります。報酬金は成果に応じて発生する定めが多いので、特定できなかった場合の扱いを依頼前に確認してください。
まとめ
開示請求は、回収できる金額だけで費用をまかなえるとは限らず、費用倒れになる可能性があります。法務省の報告書ではインターネット上の事案の慰謝料の中央値は30万円であり、調査費用が相手に認められるかどうかも裁判例によって分かれています。一方で、再発防止や責任追及など、金額では測れない目的のために開示請求を選ぶ意味もあります。
大切なのは、目的を整理し、費用と回収の見通しを具体的に把握したうえで判断することです。ログの保存期間には限りがあるため、迷っている段階でも、横浜のタングラム法律事務所など、ネット問題を扱う弁護士に早めに相談することをおすすめします。
開示請求の費用倒れが心配な方へ
タングラム法律事務所(横浜)では、インターネット上の誹謗中傷に関する削除請求・発信者情報開示請求について、豊富な取扱い実績を有しております。ご依頼前に、着手金・報酬金・実費の見込みを書面でお示しします。
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