カスハラでSNSに晒された従業員を守る|動画・投稿の削除と開示請求
カスハラでSNSに晒された従業員を守る|動画・投稿の削除と開示請求
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年9月24日 最終更新日:2026年9月24日
接客中の従業員がお客様にスマートフォンで撮影され、「態度の悪い店員」といった言葉とともにSNSに投稿される。名札の名前まで読み取れる状態で拡散され、本人が出勤できなくなってしまった――。スマートフォンで誰もが撮影・投稿できる今、こうした事態は店舗や病院、窓口業務を持つ事業者にとって決して他人事ではありません。
2026年10月1日からは、改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が事業主の義務となります。この記事では、SNSで晒された従業員を会社としてどう守るか、投稿の削除や投稿者の特定(発信者情報開示)を誰がどのように進めるのか、初動で何をすべきかを、弁護士の視点から整理します。
結論として、従業員の無断撮影動画や実名の晒しは、肖像権・プライバシー権・名誉権の侵害となり得るため、削除請求や発信者情報開示請求の対象になる可能性があります。ただし、これらは従業員個人の権利であるため、手続の請求者は原則として従業員本人となり、会社は費用負担や証拠整理などで本人を支える立場になります。2026年10月からのカスハラ対策義務化を機に、こうした支援の方針をあらかじめ定めておくことが重要です。
2026年10月からカスハラ対策が義務化|SNS上の言動も対象
2025年(令和7年)の法改正により、労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)に、カスタマーハラスメントに関する事業主の雇用管理上の措置義務が新設されました。施行日は2026年(令和8年)10月1日です。
厚生労働省の資料では、カスハラは次の3つの要素をすべて満たすものとされています。
- 顧客等の言動であること
- 社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- 労働者の就業環境が害されるものであること
そして、電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれることが明記されています。また、厚生労働省が指針の検討段階で公表した資料では、カスハラに該当し得る言動の例として、「盗撮や無断での撮影をすること」「SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること」「SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと」が挙げられています。
事業主が講ずべき措置としては、方針の明確化と周知、相談窓口の設置、事実関係の迅速な確認、被害者への配慮、再発防止などが示されています。なお、東京都では2025年4月1日に「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行されており、自治体レベルでの取組みも進んでいます。
従業員の動画・実名の晒しはどんな権利侵害になるか
SNSでの晒し行為は、投稿の内容によって問題となる権利が異なります。主なものを整理すると次のとおりです。
| 投稿の内容 | 問題となり得る権利・法令 | 主な権利者 |
|---|---|---|
| 接客中の顔が映った動画・写真 | 肖像権(人格権) | 従業員本人 |
| 氏名、住所、勤務シフト、私生活の情報 | プライバシー権 | 従業員本人 |
| 「横領している」など虚偽の事実の摘示 | 名誉権(民法709条・710条、刑法230条) | 従業員本人/会社 |
| 「無能」「消えろ」などの侮辱的表現 | 名誉感情(刑法231条の侮辱罪も問題となり得る) | 従業員本人 |
| 店舗への虚偽の悪評、業務を妨げる書き込み | 会社の名誉・信用、業務(刑法233条・234条) | 会社 |
肖像権について、最高裁平成17年11月10日判決(民集59巻9号2428頁)は、承諾のない撮影が不法行為法上違法となるかどうかを、被撮影者の社会的地位、撮影された活動内容、撮影の場所・目的・態様・必要性等を総合考慮して、人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるかどうかで判断すべきとしています。また、撮影が違法と評価される場合には、その写真を公表する行為も違法性を有するとしています。
接客中の従業員を晒す目的での撮影・投稿は必要性に乏しいことが多いと考えられますが、違法性は個別の事情により判断されます。肖像権の考え方については肖像権侵害と顔写真の無断掲載への対処法でも詳しく解説しています。
削除請求・開示請求は誰が行うのか
会社の名前で削除や特定の手続をしたいと考える方も多いのですが、肖像権やプライバシー権は従業員個人の権利です。情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)5条1項も、発信者情報の開示を請求できる者を「自己の権利を侵害されたとする者」と定めています。
そのため、従業員の肖像権・プライバシー侵害を理由とする削除請求や発信者情報開示請求は、原則として従業員本人が請求者(申立人)となります。一方、投稿が店舗や会社そのものの名誉・信用を傷つけている場合には、会社が自ら請求者となることが考えられます。1つの投稿が両方にあたる場合は、従業員と会社が並んで手続を進めることもあります。
会社としては、次のような形で本人の手続を支えることが考えられます。
- 弁護士費用や裁判所に納める費用の負担(負担の範囲は事前に取り決めておく)
- 勤務記録や防犯カメラ映像など、会社が保有する証拠の提供
- 手続中の配置転換やシフト調整などの就業上の配慮
なお、手続の申立人となる従業員の氏名は、裁判所の手続を通じて相手方に知られる場合があります。本人の意向を十分に確認したうえで進めることが大切です。
会社が取るべき初動対応
晒し投稿を見つけたら、反論投稿はせず、次の順で対応することをお勧めします。
1. 証拠を保全する
投稿のURL、投稿日時、アカウント名、投稿本文、動画の内容を、スクリーンショットや画面録画で保存します。削除されてから証拠がないと気づくケースは少なくありません。具体的な方法は誹謗中傷の証拠保全とスクリーンショットの撮り方をご覧ください。
2. 被害を受けた従業員をケアする
本人から事情を聴き取り、出勤や接客を続けられるかを確認します。カスハラ対策の措置義務でも、被害者への配慮のための措置が求められています。また、使用者は労働者の安全に配慮する義務(労働契約法5条)を負っています。
3. プラットフォームに削除を申し出る
X、Instagram、YouTube、TikTok、Googleマップなどの主要サービスには、プライバシー侵害や無断撮影画像の報告窓口が設けられています。これらのサービスの運営事業者の多くは情プラ法上の「大規模特定電気通信役務提供者」に指定されており、権利を侵害された者からの削除の申出に対し、遅滞なく調査を行い(同法23条)、申出から14日以内の総務省令で定める期間内に対応結果を通知する義務を負っています(同法25条1項)。
Googleマップの口コミで従業員の実名を挙げて中傷されている場合は、Googleマップ口コミ・低評価の削除についての特設ページもご参照ください。
4. 脅迫などがあれば警察に相談する
「店に行って刺す」など生命・身体に危害を加える旨の投稿は、脅迫罪等に該当し得ます。厚生労働省の資料でも、犯罪に該当し得る言動については警察へ通報することが示されています。
削除仮処分・発信者情報開示の流れと注意点
任意の削除申出で対応されない場合、裁判所に削除の仮処分を申し立てる方法があります。また、投稿者に損害賠償を請求したい、再発を防ぎたいという場合には、発信者情報開示命令(情プラ法8条)の手続で投稿者を特定することを検討します。
削除と開示のどちらを優先すべきかは、被害の拡大状況や、本人が投稿者に責任を問いたいかどうかによって変わります。選び方は削除請求と発信者情報開示請求の違いで解説しています。
当事務所の手続の詳細は、発信者情報開示請求・削除請求の取扱分野ページにまとめています。横浜の事務所として、事業者の方・従業員ご本人のいずれからもご相談をお受けしています。
よくある質問
従業員が晒された動画の削除を、会社の名前で請求できますか?
肖像権やプライバシー権は従業員個人の権利であるため、それらの侵害を理由とする削除請求や発信者情報開示請求は、原則として従業員本人が請求者(申立人)となります。会社は、会社自身の名誉・信用や業務が侵害されている場合には自ら請求者となり得るほか、従業員本人の手続を費用負担や証拠整理の面で支援することが考えられます。
顔にモザイクがかかっていれば問題にならないのですか?
モザイク等で容ぼうが判別できない場合は、肖像権侵害が認められにくくなります。ただし、名札の氏名、店舗名、勤務時間帯などの情報から本人が特定できる場合には、プライバシー侵害や名誉毀損が問題となる可能性があります。個別の投稿内容に即した検討が必要です。
カスハラ対策の義務化で、会社は投稿の削除まで行わなければならないのですか?
改正労働施策総合推進法は、事業主に雇用管理上の措置(方針の明確化、相談体制の整備、事後の迅速・適切な対応など)を講じることを求めるもので、法律上、個々の投稿の削除そのものを義務づける規定ではありません。もっとも、被害を受けた従業員への配慮や再発防止の観点から、証拠保全や削除申出の支援など、会社として取り得る対応を事前に定めておくことが望ましいといえます。
投稿した客を特定するにはどのくらい時間がかかりますか?
発信者情報開示命令の手続を利用する場合、サイト運営者とアクセスプロバイダの双方から情報を得る必要があるため、一般に数か月程度を要することが多いとされています。通信記録(ログ)の保存期間には限りがあるため、特定を検討する場合は早めに動くことが重要です。
まとめ|カスハラの「晒し」に備えて支援の方針を決めておく
- 2026年10月1日から、SNS上の言動を含むカスハラへの対策が事業主の義務となる
- 無断撮影動画や実名の晒しは、肖像権・プライバシー権・名誉権の侵害となり得る
- 削除請求・開示請求の請求者は原則として従業員本人。会社は自社の権利侵害があれば自ら請求者となり得る
- 初動は、証拠保全、本人のケア、プラットフォームへの削除申出、必要に応じて警察への相談
- 投稿者の特定にはログ保存期間の制約があるため、早めの判断が重要
従業員を守るには、個々の投稿への法的判断と社内の支援体制づくりの両面が必要です。弁護士に相談すれば、どの権利侵害にあたるか、誰が申立人となるべきかを整理したうえで、削除と開示の手続を一体的に進めることができます。
SNSで晒された従業員の対応にお困りの事業者の方へ
タングラム法律事務所では、インターネット上の誹謗中傷について、投稿の削除請求・発信者情報開示請求に数多く取り組んでまいりました。従業員の方ご本人の手続と、会社としての支援体制づくりの双方について、横浜の弁護士がご相談をお受けします。
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