遺留分侵害額請求と相続放棄の関係|放棄後の請求と注意点を弁護士が解説
遺留分侵害額請求と相続放棄の関係|放棄後の請求と注意点を弁護士が解説
執筆:弁護士 安藤 一章(タングラム法律事務所/神奈川県弁護士会所属) 公開日:2026年11月4日 最終更新日:2026年11月4日
「親の借金があるので相続放棄をしたいが、遺言で兄にすべて渡るのも納得できない」「相続放棄をしたら遺留分はどうなるのか」。遺言や多額の生前贈与がある相続では、相続放棄と遺留分侵害額請求のどちらを選ぶかで悩む方が少なくありません。名前が似た「遺留分の放棄」もあり、混同したまま進めると取り返しがつかないことがあります。
この記事では、相続放棄をした後に遺留分侵害額請求ができるのか、ほかの相続人の遺留分はどう変わるのか、請求された側が相続放棄で支払いを免れられるのかを、条文に沿って整理します。
結論として、相続放棄をすると初めから相続人でなかったものとみなされるため、原則として遺留分侵害額請求はできなくなります。一方、ほかの相続人の法定相続分が増えれば、その人の遺留分も増えます。また、請求を受ける側が相続放棄をしても、遺贈や生前贈与の受け手としての立場が残り、支払義務を免れられない場合があります。
相続放棄をすると遺留分侵害額請求はできない
遺留分を持つのは「兄弟姉妹以外の相続人」です(民法1042条1項)。そして、相続の放棄をした者は「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」とされています(民法939条)。つまり、相続放棄をすると遺留分の前提である相続人の地位がなくなり、原則として遺留分侵害額請求はできません。
「借金は放棄で免れ、財産だけ遺留分で取り戻す」という使い分けは、基本的にできないということです。相続放棄は、熟慮期間内であっても撤回できません(民法919条1項)。詐欺や強迫などを理由とする取消しの余地はありますが、追認できる時から6か月、放棄の時から10年という期間制限があり、家庭裁判所への申述も必要です(同条2項〜4項)。後から不利な遺言が見つかったという事情だけで覆すことは難しいと考えておくべきでしょう。
相続放棄と遺留分の放棄の違い
混同されやすい3つの手続を整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 相続放棄 | 遺留分の放棄(生前) | 遺留分の放棄(相続開始後) |
|---|---|---|---|
| できる時期 | 相続開始後 | 被相続人の生存中 | 相続開始後 |
| 手続 | 家庭裁判所への申述 | 家庭裁判所の許可(民法1049条1項) | 許可は不要 |
| 相続人の地位 | 失う | 失わない | 失わない |
| 借金などの債務 | 承継しない | 相続すれば承継する | 相続すれば承継する |
| ほかの相続人の遺留分 | 増えることがある | 影響しない(民法1049条2項) | 影響しない(民法1049条2項) |
大きな違いは債務です。遺留分を放棄しても相続人のままなので、被相続人の借金を免れるには別途相続放棄が必要です。生前の手続については遺留分の生前放棄と家庭裁判所の許可手続きで解説しています。
相続放棄でほかの相続人の遺留分はどう変わるか
各相続人の遺留分の割合は、全体の遺留分割合に法定相続分を掛けて計算します(民法1042条2項)。相続放棄があると法定相続分が変わるため、残った相続人の遺留分も変わります。
たとえば、相続人が配偶者と子A・Bの3人で、子Bが相続放棄をした場合は次のようになります。
| 相続人 | 放棄がない場合 | Bが相続放棄した場合 | Bが遺留分のみ放棄した場合 |
|---|---|---|---|
| 配偶者 | 4分の1 | 4分の1 | 4分の1 |
| 子A | 8分の1 | 4分の1 | 8分の1 |
| 子B | 8分の1 | なし | なし |
子Aの遺留分は8分の1から4分の1に増えます。請求を受ける立場からすると、Bの放棄で負担が増える可能性があるということです。また、相続放棄は代襲相続の原因に挙げられていないため(民法887条2項)、放棄した人の子が代わりに遺留分を主張することはできません。
子の全員が相続放棄をすると、次の順位の相続人に権利が移ります(民法889条1項)。父母など直系尊属には遺留分がありますが、兄弟姉妹にはありません。計算の全体像は遺留分侵害額の計算方法もご覧ください。
請求された側は相続放棄で支払いを免れられるか
遺留分侵害額請求を受けた方から「相続放棄をすれば払わなくて済むのでは」と聞かれることがあります。しかし、請求の相手方は「受遺者」「受贈者」であり(民法1046条1項)、財産をどのように受け取ったかで結論が異なります。
- 遺贈を受けた場合:相続放棄と遺贈の放棄は別の制度と説明されており、相続放棄をしても遺贈を放棄したことにはなりません。受遺者として請求を受ける立場は残ると考えられます。遺贈そのものを放棄すれば、遺言者の死亡時にさかのぼって効力が生じます(民法986条2項)が、その財産も手放すことになります。
- 「相続させる」遺言で受けた場合:特定財産承継遺言で指定された財産を手放すには、相続放棄の申述が必要とする解説があります。この場合は、取得の根拠そのものを手放す結果になります。
- 生前贈与を受けた場合:相続放棄をしても、贈与そのものが当然に無効になるわけではありません。ただし、遺留分の計算に算入される贈与の範囲が変わる可能性があります。
最後の点は注意が必要です。相続人に対する贈与は原則として相続開始前10年間のものが算入されますが(民法1044条3項)、相続人以外への贈与は原則1年間です(同条1項)。放棄者は相続人でなかったものとみなされるため、1年の枠で判断されるとの解説があります。もっとも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年より前の贈与も算入されます(同条1項後段)。贈与の時期や内容によって結論が変わるため、「放棄すれば安全」と考えることはできません。遺留分の紛争への対応は、横浜の当事務所の遺言・相続の取扱分野ページをご覧ください。
借金もある相続で判断する順序
遺留分侵害額は、遺留分から受けた遺贈・贈与などを控除し、遺留分権利者が承継する債務を加算して計算します(民法1046条2項)。また、遺留分算定の基礎財産からは債務の全額が控除されます(民法1043条1項)。借金が多ければ、請求できる額自体が小さくなることもあります。
2つの手続には、次のように別々の期限があります。
| 手続 | 期限 | 条文 |
|---|---|---|
| 相続放棄 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(伸長の申立てが可能) | 民法915条1項 |
| 遺留分侵害額請求 | 相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、または相続開始から10年 | 民法1048条 |
通常は相続放棄の期限のほうが先に来るため、次の順で検討するのが現実的です。
- 預貯金・不動産・借金などの財産と債務を調べる(民法915条2項)
- 遺言書の有無と、生前贈与の内容を確認する
- 3か月で判断できなければ、期間の伸長を家庭裁判所に申し立てる
- 放棄をしないと決めたら、遺留分侵害額請求の意思表示を内容証明郵便などで行う
相続財産を処分すると単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなることがあります(民法921条1号)。遺留分の請求をして金銭を受け取った後に相続放棄を検討する、といった順序は避けたほうが無難です。遺産を受け取る前に、放棄をしない前提でよいかを確認してください。期限については相続放棄の期限が過ぎた場合も参考になります。
よくある質問
相続放棄をした後に遺言が見つかりました。遺留分を請求できますか?
相続放棄をすると相続人でなかったものとみなされるため、原則として請求できません。放棄は撤回できず(民法919条1項)、取消しが認められるのは詐欺や強迫などの場合に限られます。事情によっては取消しの可否を検討する余地があるため、早めに弁護士へご相談ください。
親の生前に、相続放棄を約束する念書を書きました。効力はありますか?
相続放棄は相続開始後に家庭裁判所へ申述して行う手続のため、生前の念書だけでは相続放棄の効力は生じません。生前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。
兄が相続放棄をしました。私の遺留分は増えますか?
法定相続分が増える場合は、遺留分の割合も増えます。これに対し、兄が遺留分のみを放棄した場合は、あなたの遺留分は増えません(民法1049条2項)。
遺留分の請求をしないだけなら、借金も相続しませんか?
いいえ。遺留分を請求しなくても相続人のままであり、債務は承継します。債務を承継しないためには、期限内に家庭裁判所で相続放棄の申述をする必要があります。
まとめ|相続放棄と遺留分は期限前に一緒に検討を
相続放棄をすると原則として遺留分侵害額請求はできなくなり、撤回もできません。他方で、放棄によってほかの相続人の遺留分が増えることがあり、請求された側も放棄だけでは責任を免れられない場合があります。遺言・生前贈与・借金が重なる相続では、3か月と1年の期限を見据えて、どの手続を選ぶかを早い段階で判断することが重要です。
ご自身の事案で放棄すべきか迷う場合は、弁護士に相談することで、期限内に選択肢を比較しやすくなります。横浜で相続の問題にお悩みの方も、早めにご検討ください。
相続放棄か遺留分の請求か、迷ったときはご相談ください
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