従業員の横領が発覚したら|調査・懲戒解雇・刑事告訴を弁護士が解説
従業員の横領が発覚したら|調査・懲戒解雇・刑事告訴を弁護士が解説
経理担当者の通帳残高が合わない、店舗の現金が毎月少しずつ不足している、取引先への支払いが二重に計上されている——従業員による横領や着服は、長く勤めて信頼していた社員ほど発覚が遅れ、気づいたときには被害が数百万円規模に膨らんでいることも珍しくありません。「まさかあの人が」という驚きと、「どう問い詰めればよいのか」という戸惑いが同時に押し寄せる場面です。
この場面で最も多い失敗は、感情のままに本人を呼び出して問い詰めてしまうことです。証拠を固める前に動けば、データを消され、退職されて連絡が取れなくなり、あとから懲戒解雇の有効性を争われる——という事態を招きかねません。この記事では、横浜で中小企業の労務・債権回収を扱う弁護士の立場から、横領が疑われたときの初動から、社内調査、本人へのヒアリング、懲戒解雇と退職金の扱い、被害金の回収、刑事告訴の検討まで、会社側が取るべき手順を順を追って解説します。
横領が疑われた段階でしてはいけない初動
横領の疑いが浮かんだ段階では、まだ「事実」は確定していません。金額の不一致が単純な事務ミスや計上漏れであることもあります。この段階で次のような対応を取ると、あとの処分や回収が難しくなります。
- 本人にいきなり問いただす——証拠の隠滅・改ざん、データの削除、突然の退職を招きます。
- 社内で疑いを広める——事実と異なった場合、名誉毀損や損害賠償の問題になり得ます。
- その場で「クビだ」と告げる——事実確認を欠いた解雇は、後に無効と判断されるリスクがあります。
- 被害額を給与から勝手に天引きする——後述のとおり、賃金全額払いの原則に反するおそれがあります。
まず行うべきは、本人に気づかれないうちに、客観的な記録を確保することです。会計データ、通帳、レジジャーナル、発注書・請求書、業務用パソコンのログ、防犯カメラの映像などは、時間の経過とともに上書きされ失われます。とくに防犯カメラの保存期間は短いものが多く、発覚直後の保全が決定的な差を生みます。
証拠を固める——社内調査の進め方
横領の立証は、「お金が消えた」という事実だけでは足りず、誰が・いつ・どの機会に・どのように持ち出したかを結びつける必要があります。実務では、次のような資料を突き合わせて不自然な流れを特定していきます。
| 横領の類型 | 主に確認する資料 |
|---|---|
| 現金の抜き取り(レジ・小口現金) | レジジャーナル、日報、金種表、防犯カメラ映像、出退勤記録 |
| 預金の不正出金・振込 | 通帳・インターネットバンキングの履歴、承認記録、印章の管理簿 |
| 架空発注・水増し請求 | 発注書、請求書、納品書、取引先の実在確認、口座名義 |
| 売上の計上除外(着服) | 受注記録、在庫数、POSデータ、顧客側の支払記録 |
| 経費の不正精算 | 領収書(宛名・日付・重複)、交通費申請、クレジットカード明細 |
調査は、上長・経理・総務など限られたメンバーで行い、誰がいつ何を確認したかを記録に残します。調査体制の中立性や聴取の順序といった考え方は、ハラスメント事案の社内調査と共通する部分が多く、ハラスメントの社内調査の進め方も参考になります。なお、横領と同時に顧客名簿やデータの持ち出しが疑われるケースもあり、その場合は不正競争防止法上の対応も併せて検討することになります。
本人へのヒアリングと「自認書」の取り方
客観的な資料がそろってから、本人に事情を聴きます。ヒアリングは複数名で行い、日時・場所・出席者・質問と回答の要旨を記録します。録音する場合は、その旨を伝えておくほうが後の争いになりにくいでしょう。
本人が事実を認めた場合は、対象となる行為・時期・金額・返還の意思を本人の言葉で記載した書面(自認書・確認書)を作成し、署名押印を得ます。ここで注意すべきは、脅迫的な言動や長時間の拘束、「警察に突き出す」といった発言を伴う聴取は、後に書面の任意性が否定され、強要や不法行為の主張を招くおそれがあるということです。退職を迫ることも、退職強要と評価されるリスクがあります。あくまで事実確認の場に徹するのが安全です。
本人が否認する場合は、無理に自白を求めず、客観的資料に基づいて処分を検討します。自認がなくても、資料から不正の事実が合理的に認定できれば懲戒処分は可能です。
懲戒解雇はできるか——解雇予告除外認定と退職金
横領は、通常は就業規則上の懲戒解雇事由に該当します。ただし懲戒処分が有効となるには、就業規則に懲戒の種別と事由の定めがあること、処分の理由が客観的に合理的で、社会通念上相当と認められることが必要です(労働契約法15条)。弁明の機会を与えるといった手続面も、有効性の判断で重視されます。懲戒処分の一般的な手順は懲戒処分の進め方で詳しく解説しています。
解雇予告手当と除外認定
解雇には原則として30日前の予告または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)が必要です(労働基準法20条1項)。もっとも、「労働者の責めに帰すべき事由」がある場合には、労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受けることで、予告も手当もなしに即時解雇できるとされています(同項ただし書・3項)。行政解釈では、事業場内における盗取・横領・傷害など刑法犯に当たる行為は原則として該当するとされています(昭和23年11月11日基発1637号)。認定には調査の時間を要するため、事実確認と並行して早めに労働基準監督署に相談するのが実務的です。
退職金は全額不支給にできるか
退職金規程に「懲戒解雇の場合は支給しない」と定めていても、全額の不支給が常に認められるとは限りません。裁判例では、退職金に賃金の後払い的性格がある場合、全額を不支給とするにはそれまでの勤続の功労を抹消してしまうほどの重大な背信行為が必要であると判断されています(小田急電鉄(退職金請求)事件・東京高判平成15年12月11日。同事件では、職務外の非違行為について3割の支払いが命じられました)。会社の金銭を直接侵害する横領は背信性が高いと評価されやすい類型ですが、金額・期間・回数・弁済の有無などを踏まえた個別の検討が欠かせません。
被害金をどう回収するか
横領された金銭は、不法行為に基づく損害賠償(民法709条)や不当利得の返還として請求できます。調査費用や再発防止に要した費用の一部が損害として認められるかは、事案によって判断が分かれます。
給与・退職金との相殺は原則できない
会社が被害額を一方的に給与や退職金から差し引くことは、賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項)に反するおそれがあります。最高裁は、労働者が自由な意思に基づいて相殺に同意し、その同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、全額払いの原則に違反しないとしています(日新製鋼事件・最判平成2年11月26日)。もっとも、この「自由な意思」の認定は厳格に行われるため、相殺に頼るのではなく、返還合意や請求の手続によるのが安全です。また、あらかじめ「不正をしたら違約金○万円」と定めておくことは、労働基準法16条により禁止されています。
分割弁済の合意は公正証書で
本人に一括弁済の資力がないことは多く、現実には分割弁済の合意書を作ることになります。この場合、強制執行認諾文言付きの公正証書にしておけば、支払が滞ったときに訴訟を経ずに給与や預金の差押えに進むことができます。作成の手順は公正証書を自分で作る方法で解説しています。合意書には、残債務額の確認、支払方法、期限の利益喪失条項、遅延損害金などを明記します。
身元保証人への請求
身元保証書がある場合でも、請求できる範囲は限定されます。身元保証契約の期間は、期間の定めがなければ3年、定めた場合でも最長5年です(身元保証ニ関スル法律1条・2条)。さらに2020年4月1日施行の改正民法により、個人が保証人となる根保証契約は極度額を定めなければ効力を生じないとされたため(民法465条の2)、極度額の記載がない身元保証書は無効となるおそれがあります。加えて、裁判所は使用者の監督の状況など一切の事情を斟酌して保証責任を制限できるとされています(同法5条)。
刑事告訴を検討する場合
会社の金銭を業務上預かる立場の者が着服した場合、業務上横領罪(刑法253条)に当たり得ます。法定刑は10年以下の拘禁刑で、罰金刑の定めはありません。なお2025年6月1日に施行された改正刑法により、従来の懲役と禁錮は「拘禁刑」に一本化されています。業務上の占有関係がない場合の横領は刑法252条、任務違背によって会社に損害を与えた場合は背任(刑法247条)、架空請求などで金銭をだまし取った場合は詐欺(刑法246条)が問題となります。
業務上横領罪の公訴時効は7年です(刑事訴訟法250条2項)。告訴自体に期間の制限はありませんが、時効が完成すると起訴はできません。
告訴には、被害の特定(日時・金額・方法)と裏づけ資料の整理が求められ、資料が不十分なままでは受理されないこともあります。実務では、刑事責任の追及を進めるか、告訴を留保して弁済の合意を優先するかという判断が必要になります。刑事処分は被害回復を直接もたらすものではない一方、本人に弁済を促す契機となることもあり、回収方針と併せて総合的に決めるべきです。なお、弁済させる目的で「告訴しない代わりに支払え」と迫る言動は、それ自体が違法と評価されるおそれがあるため、条件の提示は慎重に行う必要があります。
再発防止——「一人に任せきり」をやめる
横領事案の多くは、経理や現金管理を一人の従業員に長期間任せきりにしていたという共通点を持ちます。次のような仕組みは、特別なコストをかけずに導入できます。
- 出納担当と記帳担当、発注担当と検収担当を分ける(職務分掌)
- 通帳・カード・印章を別の者が管理し、ネットバンキングの権限を分離する
- 月次で第三者が残高照合を行い、記録を残す
- 長期在籍者にも必ず連続休暇を取得させ、その間に業務を代行させる
- 就業規則に調査協力義務・モニタリングの根拠と、懲戒事由を明確に定める
中小企業の法務体制づくりについては、横浜のタングラム法律事務所の企業法務のページでも取り扱い内容をご案内しています。
よくある質問
横領した従業員の給与や退職金から被害額を差し引いてもよいですか。
会社が一方的に差し引くことは、賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項)に反するおそれがあります。最高裁は、労働者が自由な意思に基づいて相殺に同意し、その同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは全額払いの原則に反しないとしていますが(日新製鋼事件・最判平成2年11月26日)、この判断は厳格に行われます。書面による明確な合意を得るか、別途返還の合意や請求によることが安全です。
本人が横領を認めれば、その日のうちに解雇できますか。
即時解雇には、原則として30日分以上の解雇予告手当が必要です(労働基準法20条1項)。事業場内における横領など労働者の責めに帰すべき事由がある場合は、労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受けることで予告手当なしの即時解雇が可能とされています(同項ただし書、昭和23年11月11日基発1637号)。認定には審査の時間がかかるため、事実確認と並行して準備を進める必要があります。
被害額の全額を従業員に賠償させることはできますか。
横領された金銭そのものの返還は、不法行為に基づく損害賠償(民法709条)や不当利得の返還として請求できます。もっとも、実際には本人に資力がなく全額の回収が難しいことも多く、分割弁済の合意を公正証書にするなど回収手段の確保が重要になります。なお、あらかじめ違約金の額を定めておくことは労働基準法16条で禁止されています。
刑事告訴はいつまでにすればよいですか。
業務上横領罪(刑法253条)の法定刑は10年以下の拘禁刑で、公訴時効は7年です(刑事訴訟法250条2項)。告訴自体に期間の制限はありませんが、公訴時効が完成すると起訴できません。また時間が経つほど帳簿や防犯映像などの証拠が失われるため、早期に証拠を確保したうえで告訴の可否を検討することが実務上重要です。
身元保証人に被害額を請求できますか。
身元保証契約の期間は、期間の定めがなければ3年、定めても最長5年とされています(身元保証ニ関スル法律1条・2条)。また2020年4月1日施行の改正民法により、個人が保証人となる根保証契約は極度額を定めなければ効力を生じないため(民法465条の2)、極度額の記載がない身元保証書は無効となるおそれがあります。さらに裁判所は一切の事情を斟酌して保証責任を制限できるとされています(同法5条)。
まとめ
従業員の横領が疑われたときの要点は、次の3つに整理できます。
- 証拠が先、本人対応は後——防犯映像やログは短期間で失われます。まず記録を保全します。
- 処分は手順を踏む——就業規則の根拠、弁明の機会、解雇予告除外認定の検討を順に進めます。退職金の全額不支給も当然には認められません。
- 回収は相殺に頼らない——賃金からの一方的な天引きは避け、返還合意を公正証書にするなど、実際に回収できる形を確保します。
横領事案は、刑事・労務・債権回収の3つの領域が同時に絡み、判断を一つ誤ると処分の有効性まで争われることになります。社内だけで進めると、証拠の取り方やヒアリングの方法が後に問題となることも少なくありません。横浜のタングラム法律事務所では、初動の証拠保全から処分の適法性の検討、被害金の回収交渉、刑事告訴の要否の判断まで、一連の対応を弁護士が一貫してお手伝いしています。
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