元従業員から残業代を請求されたら?会社側の対応と反論を弁護士が解説
元従業員から残業代を請求されたら?会社側の対応と反論を弁護士が解説
先日退職したばかりの従業員から、あるいは弁護士や合同労組を通じて、突然「未払いの残業代を支払ってほしい」という書面が届く——中小企業の経営者にとって、これは決して珍しくない出来事です。在職中は何も言わなかった従業員が、退職後になって数十万円から数百万円に及ぶ請求をしてくることもあり、「本当に払わなければならないのか」「金額は妥当なのか」と戸惑われる方は少なくありません。
この記事では、法務担当者のいない中小企業・個人経営の事業者に向けて、元従業員から残業代を請求されたときに会社側がまず取るべき対応、時効や労働時間の証拠をめぐる反論の可能性、遅延損害金・付加金のリスク、解決までの流れを、横浜の弁護士の視点で整理して解説します。
まずは請求内容を確認する|無視は避けるべき理由
残業代を請求された場合、感情的に反発したり、逆に無視したりすることは避けるべきと考えられます。請求を放置すると、内容証明郵便による催告から労働審判・訴訟へと段階的に発展し、後述する遅延損害金や付加金によって最終的な支払額が大きく膨らむおそれがあるためです。
最初に行うべきは、請求書(内容証明郵便であることが多い)の内容を冷静に確認することです。具体的には、請求している期間、根拠となる労働時間、計算方法(基礎賃金・割増率)、請求総額を把握します。相手方が弁護士や合同労組を代理人としている場合は、連絡窓口が代理人に一本化される点にも注意が必要です。合同労組(ユニオン)を通じて団体交渉を申し込まれた場合の対応については、合同労組から団体交渉を申し込まれたら?会社の対応を弁護士が解説もあわせてご覧ください。
残業代(割増賃金)の基本ルールをおさらいする
反論の可否を検討する前提として、残業代の基本ルールを確認します。労働基準法37条は、法定労働時間(原則1日8時間・週40時間)を超える労働などに対し、使用者が割増賃金を支払わなければならないと定めています。主な割増率は次のとおりです。
| 種類 | 割増率 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 時間外労働 | 2割5分以上 | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働 |
| 時間外労働(月60時間超の部分) | 5割以上 | 1か月60時間を超える時間外労働。中小企業も2023年4月1日から適用 |
| 深夜労働 | 2割5分以上 | 原則22時〜翌5時の労働(時間外労働と重なると割増は加算される) |
| 休日労働 | 3割5分以上 | 法定休日(週1日等)の労働 |
見落とされがちなのが、月60時間を超える時間外労働の割増率5割以上が、以前は猶予されていた中小企業にも2023年4月1日から適用されている点です。長時間労働が常態化していた職場では、この部分が請求額を押し上げる要因になることがあります。
会社側が検討できる主な反論のポイント
残業代を請求されても、請求額をそのまま受け入れるしかないわけではありません。事案によっては、以下のような反論により請求額が減額される可能性があります。ただし、いずれも事実と証拠に基づく主張が必要です。
1. 消滅時効による反論(当分の間は3年)
賃金請求権には消滅時効があります。2020年4月の労働基準法改正により消滅時効は原則5年とされましたが、同法143条3項および附則の経過措置により、当分の間は賃金支払日から3年とされています(2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金が対象)。したがって、請求期間のうち支払期日から3年より前の分については、時効を援用(主張)することで支払義務を免れられる可能性があります。時効は主張しなければ効果が生じないため、対象範囲を正確に見極めることが重要です。
2. 労働時間の実態・証拠をめぐる反論
残業した事実(実労働時間)の立証責任は、原則として請求する労働者側にあると解されています。そのため、タイムカードや業務日報などの客観的な記録がない、あるいは記録と実態が食い違っている場合には、請求どおりの労働時間が認められないこともあります。もっとも、使用者には労働時間を適正に把握・管理する責務があり、タイムカードやPCのログイン記録、入退館記録などが残っている場合は、それらが有力な証拠として扱われる傾向があります。
3. 固定残業代(みなし残業代)による反論
あらかじめ一定額の固定残業代(みなし残業代)を支払っていた場合、その分を未払額から控除できる可能性があります。ただし、固定残業代が有効と認められるには、通常の賃金部分と割増賃金部分が明確に区別されていること(明確区分性)などの要件を満たす必要があると解されています。給与規程や雇用契約書の記載が曖昧だと主張が認められないおそれがあるため、自社の制度設計を確認しておくことが大切です。
4. 管理監督者・裁量労働制などの適用
労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当する従業員には、時間外・休日労働の割増賃金の規定が適用されません(ただし深夜割増は別途発生します)。もっとも、役職名だけで判断されるわけではなく、経営者と一体的な立場にあるか、労働時間に裁量があるか、地位にふさわしい待遇を受けているかといった実態で判断されます。実態が伴わない「名ばかり管理職」と評価されると、この反論は認められにくくなります。
放置するとどうなる?遅延損害金と付加金のリスク
反論の余地があるかどうかにかかわらず、請求を安易に放置することにはリスクがあります。未払残業代が認められる場合、元本に加えて次のような金銭が上乗せされ得るためです。
遅延損害金
未払残業代には遅延損害金が発生します。在職中の期間については民法所定の年3%(法定利率)ですが、退職した従業員については、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項により、退職日の翌日から支払済みまで年14.6%という高い利率の遅延損害金が生じます。争っている間も日々加算されるため、解決が長引くほど負担が増える構造になっています。
付加金
訴訟では、労働者の請求により、裁判所が使用者に対し、未払割増賃金と同額までの「付加金」の支払いを命じることができます(労働基準法114条)。命じるかどうかは裁判所の裁量ですが、命じられれば実質的に支払額が最大2倍近くになり得ます。なお、最高裁判所平成26年3月6日判決は、事実審の口頭弁論終結時までに使用者が未払割増賃金の支払いを完了すれば、裁判所はもはや付加金の支払いを命じることができない旨を示しています。早期の解決が、付加金リスクを抑えるうえで意味を持つといえます。
解決までの流れ|交渉・労働審判・訴訟
元従業員からの残業代請求は、一般に次のような段階を経て解決に向かいます。多くは交渉段階での和解を目指しますが、折り合わなければ手続が進んでいきます。
| 段階 | 概要 | 会社側のポイント |
|---|---|---|
| ① 請求・交渉 | 内容証明郵便等での請求後、金額や範囲について協議する | 記録を精査し、反論可能な範囲と和解水準を見極める |
| ② 労働審判 | 原則3回以内の期日で調停・審判を行う手続。比較的短期で進む | 第1回期日までに主張と証拠を整える必要がある |
| ③ 訴訟 | 労働審判で解決しない場合等に移行。判決では付加金が問題になり得る | 労働時間・計算の争点ごとに立証を尽くす |
労働審判は第1回期日までの準備が特に重要で、短期間で会社側の主張と証拠を組み立てる必要があります。方針を誤ると不利な心証を招きかねないため、早い段階での準備が結果を左右します。退職をめぐる他のトラブルへの対応については、退職勧奨の適法な進め方|違法な退職強要にならない注意点を弁護士が解説や、退職代行を使われた会社側の対応|弁護士が解説する実務手順もご参照ください。
再発防止|労働時間管理と給与制度の見直し
今回の請求への対応と並行して、同種のトラブルを繰り返さないための体制づくりも重要です。具体的には、タイムカードや勤怠システムによる客観的な労働時間の記録、時間外労働に関する労使協定(36協定)の適正な締結・届出、固定残業代を導入している場合の明確な区分と給与規程・雇用契約書への正確な記載、管理監督者の範囲の見直しなどが挙げられます。これらは残業代トラブルの予防だけでなく、労働基準監督署の調査への備えにもつながります。
よくある質問(FAQ)
元従業員からの残業代請求は無視してもよいですか?
無視は避けるべきと考えられます。放置すると内容証明郵便から労働審判・訴訟へ発展し、遅延損害金や付加金が上乗せされて金額が膨らむおそれがあります。まずは請求内容を確認し、事実関係とタイムカード等の記録を精査したうえで、期限を意識して対応方針を検討することが大切です。
残業代を請求できる期間(時効)は何年ですか?
賃金請求権の消滅時効は、労働基準法115条・143条3項および同法附則により、当分の間は賃金支払日から3年とされています(2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金が対象)。したがって、それより前の分については時効を主張できる可能性があります。
労働時間を証明する責任は会社と従業員のどちらにありますか?
残業した事実(実労働時間)の立証責任は、原則として請求する労働者側にあると解されています。もっとも、使用者には労働時間を適正に把握・管理する責務があり、タイムカード等の客観的記録がある場合はそれが有力な証拠として扱われる傾向があります。
残業代のほかに支払いを求められるお金はありますか?
未払残業代に加えて遅延損害金が発生します。退職者については、賃金の支払の確保等に関する法律6条1項により、退職日の翌日から年14.6%の遅延損害金が生じます。さらに訴訟では、裁判所の裁量で未払額と同額までの付加金の支払いが命じられる可能性があります(労働基準法114条)。
管理職には残業代を支払わなくてよいのですか?
役職名が管理職であっても、当然に残業代が不要になるわけではありません。労働基準法41条2号の「管理監督者」に当たるかは、経営者と一体的な立場・労働時間の裁量・待遇などの実態で判断されます。いわゆる「名ばかり管理職」と評価されると、深夜割増を除く残業代の支払義務が生じる可能性があります。
まとめ
元従業員から残業代を請求されたときは、感情的にならず、また無視もせず、まず請求内容と社内の記録を冷静に確認することが出発点になります。消滅時効(当分の間3年)、労働時間の証拠、固定残業代の有効性、管理監督者性など、事案によっては請求額を減らせる反論の余地があります。一方、放置すれば退職者には年14.6%の遅延損害金が加算され、訴訟では付加金のリスクも生じるため、早期に見通しを立てることが肝要です。
残業代請求への対応は、労働時間の評価や計算、証拠の見極めなど専門的な判断を伴い、初動と手続の進め方が結果を大きく左右します。弁護士に相談することで、反論の可能性の検討から和解水準の見極め、労働審判・訴訟への備えまで一貫した対応が可能になります。横浜のタングラム法律事務所でも、中小企業・事業者の労務トラブルに対応しております。
元従業員からの残業代請求でお困りの経営者の方へ
タングラム法律事務所では、企業法務(契約書レビュー・労務・法改正対応等)について、中小企業・個人経営の事業者向けに豊富な実績を有しております。残業代請求への反論の可否や見通し、労働審判・訴訟への備えについて、横浜の弁護士がご相談をお受けします。
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