労災事故が起きたときの会社の対応|報告義務と損害賠償を弁護士が解説
労災事故が起きたときの会社の対応|報告義務と損害賠償を弁護士が解説
従業員が作業中に負傷した、現場で転倒して骨折した、長時間労働の末に体調を崩した——。こうした労働災害(労災)が起きたとき、経営者の頭をよぎるのは「労基署に報告すると調査が入るのではないか」「本人は労災にしたくないと言っているが、どうすればよいのか」「治療費以外にも会社が払う必要があるのか」といった不安ではないでしょうか。法務担当者がいない中小企業では、そもそも何をどの順番で行えばよいのかがわからないまま、日数だけが過ぎてしまうことも少なくありません。
この記事では、労災事故が発生したときに会社が取るべき対応を、①初動対応、②労働基準監督署への報告義務(2025年1月からの電子申請義務化を含む)、③労災隠しのリスク、④労災保険給付と会社の損害賠償責任の関係、⑤再発防止と社内体制、という順に整理して解説します。中小企業・個人経営の事業者の方が、事故発生からの流れを一本の線として理解できることを目指しています。
労災事故が起きたときに会社がまず行うべき初動対応
労災対応は、事故直後の数時間から数日の行動でその後の展開が大きく変わります。順序としては、次のとおりです。
- 被災者の救護と医療機関への搬送——まずは人命と健康の確保が最優先です。労災指定医療機関であれば、療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)を提出することで、原則として窓口負担なく治療を受けられます。
- 二次災害の防止と現場の保存——同種事故が続発しないよう、機械の停止や立入制限を行います。他方で、後の調査・紛争に備えて、現場の写真、機械の設定状況、使用していた保護具などを可能な範囲で記録に残しておきます。
- 事実関係の聴取と記録化——被災者本人、目撃者、直属の上司から、発生日時・場所・作業内容・被災の態様を早期に聴き取り、書面化します。記憶が新しいうちに残した記録は、後に労災認定や損害賠償の場面で重要な資料になります。
- 労働基準監督署への報告——後述する労働者死傷病報告の提出です。死亡・重篤事故の場合は、事故発生の事実そのものを速やかに所轄署に連絡することが求められます。
- 労災保険給付の請求への協力——療養補償給付・休業補償給付等の請求書には、事業主が災害発生の事実等について証明する欄があります。
労働者死傷病報告の提出義務と2025年からの電子申請義務化
提出期限は休業日数で変わる
労働安全衛生規則97条は、労働者が労働災害等により死亡し、または休業したときは、事業者が所轄労働基準監督署長に労働者死傷病報告を提出しなければならないと定めています。提出の期限は、休業日数によって次のように分かれます。
| 区分 | 提出期限 |
|---|---|
| 死亡・休業4日以上 | 遅滞なく提出する |
| 休業4日未満 | 四半期ごとに取りまとめ、当該四半期の翌月末日までに提出する |
休業4日未満の事故は「軽微だから報告不要」と誤解されがちですが、四半期ごとの報告義務があります。1日でも休業が生じていれば対象となる点に注意が必要です。
2025年1月1日から原則として電子申請が義務化
厚生労働省は、労働安全衛生関係の一部の手続について、2025年(令和7年)1月1日から原則として電子申請によることを義務づけました。労働者死傷病報告のほか、総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医の選任報告、定期健康診断結果報告、ストレスチェックの検査結果等報告などが対象です。あわせて報告事項も改正され、従前の様式第23号・第24号による紙の提出は原則として用いないこととされています。
報告は、厚生労働省の「帳票入力支援サービス」を利用してe-Gov経由で申請する流れが案内されています。もっとも、電子申請が困難な場合には、当面の間、書面による提出も認められるとされています。社内でアカウントの準備ができていない会社は、事故が起きてから慌てることのないよう、平時のうちに担当者とアカウントを決めておくことをおすすめします。
労働者死傷病報告と労災保険の請求は別の手続
ここは混同されやすいところです。労働者死傷病報告は、労働安全衛生法に基づく事業者の行政に対する報告義務です。他方、療養補償給付や休業補償給付の請求は、労働者災害補償保険法に基づく被災労働者側の保険給付請求であり、会社はその請求書に証明をする立場にあります。片方を出したからもう片方は不要、という関係にはありません。
「労災隠し」の刑事リスク——本人が希望しても報告は省略できない
「本人が労災にしたくないと言っている」「保険料が上がるのは困る」「元請に知られたくない」といった理由で報告を怠ることは、いわゆる労災隠しにあたります。労働者死傷病報告の不提出や虚偽の報告は、労働安全衛生法100条の報告義務違反として、同法120条5号により50万円以下の罰金に処される可能性があります。法人に対する両罰規定(同法122条)もあり、実際に書類送検され、公表される例もあります。
加えて、事故の態様によっては、安全管理を怠った責任者について刑法211条の業務上過失致死傷罪が問題となる場合もあります。目先の不利益を避けようとした結果、より重い刑事責任と社会的信用の失墜を招くことは、経営判断として明らかに割に合いません。
なお、労災保険は事業主が加入し保険料を負担する制度であり、労働者の意向によって適用の有無が左右されるものではありません。被災者が「自費で治す」と述べた場合でも、会社としては労災としての取扱いを説明し、報告義務を履行する必要があります。
労災保険が出ても会社の損害賠償責任は残る——安全配慮義務の考え方
安全配慮義務とは
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。これは、川義事件(最判昭和59年4月10日)をはじめとする判例が積み重ねてきた安全配慮義務を、2008年施行の労働契約法において明文化したものです。
この義務に違反して労働者に損害を生じさせた場合、会社は債務不履行(民法415条)または不法行為(民法709条・715条)に基づく損害賠償責任を負うことがあります。過重労働によりうつ病を発症して自殺に至った事案について使用者の損害賠償責任を認めた電通事件(最判平成12年3月24日・民集54巻3号1155頁)は、長時間労働と健康被害の関係について会社の責任を正面から認めた代表的な裁判例として知られています。
労災保険給付と損害賠償の関係
「労災保険から給付が出るのだから、会社の負担はない」と理解されていることがありますが、これは正確ではありません。労災保険給付は損害の全部をてん補する制度ではなく、典型的には次のような差が生じます。
| 損害の項目 | 労災保険による手当て |
|---|---|
| 治療費 | 療養補償給付により原則として全額がまかなわれる |
| 休業中の収入減 | 休業補償給付(給付基礎日額の60%)+休業特別支給金(同20%)。100%には届かない |
| 後遺障害による逸失利益 | 障害補償給付等が支給されるが、算定方法が民事の逸失利益と異なる |
| 慰謝料(入通院・後遺障害・死亡) | 労災保険の給付対象外 |
そのため、会社に安全配慮義務違反が認められる事案では、労災保険でカバーされない部分——とりわけ慰謝料——について、被災者や遺族から別途損害賠償請求を受けることがあります。同一の損害項目については支給された保険給付が控除されますが、休業特別支給金・障害特別支給金といった特別支給金については、損害をてん補する性質を有するものではないとして控除が否定されています(最判平成8年2月23日・コック食品事件)。会社側の実務では、この控除の可否を正確に整理できるかどうかが、賠償額に直結します。
責任が問われやすい典型的な場面
- 機械の安全装置が外されていた、または点検が行われていなかった
- 高所作業で墜落防止措置や保護具の使用が徹底されていなかった
- 新入社員・外国人労働者に対し、作業内容に応じた安全衛生教育(労働安全衛生法59条)が実施されていなかった
- 長時間労働が常態化しており、医師の面接指導等の健康確保措置が取られていなかった
- パワーハラスメントの相談を受けながら、有効な措置を講じなかった
長時間労働が背景にある事案では、36協定の締結・届出や上限規制の遵守状況も問われます。時間外労働の上限については、36協定と残業の上限規制・特別条項の解説記事もあわせてご覧ください。
近年の法改正——熱中症対策の義務化と安全衛生管理の見直し
労働安全衛生関係の規制は近年たびたび改正されており、施行日と対象範囲の確認が欠かせません。中小企業に影響が大きいものとして、2025年6月1日に施行された労働安全衛生規則の改正による職場の熱中症対策の義務化があります。WBGT(暑さ指数)28度以上または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間を超える作業が見込まれる場合を対象に、事業者に対し、熱中症のおそれがある労働者を早期に発見し報告できる体制の整備、悪化防止のための措置(作業からの離脱、身体の冷却、医療機関への搬送等)の手順作成と関係者への周知が義務づけられました。違反には罰則(6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が定められています。
屋内の作業場であっても対象となり得る点、建設業や製造業に限らず倉庫・飲食店等でも該当する作業があり得る点には注意が必要です。自社の作業がこれらの要件に当たるかどうかは、作業環境の実測を踏まえて個別に判断することになります。
再発防止と紛争予防のために整えておきたいこと
事故後に会社の責任が問われる場面では、「何をしていたか」を客観的な資料で示せるかどうかが結論を左右します。平時から次の書類を整備・保存しておくことをおすすめします。
- 作業手順書・リスクアセスメントの記録——危険性の把握と低減措置の検討過程を残す
- 安全衛生教育の実施記録——雇入れ時・作業内容変更時の教育(労働安全衛生法59条)の実施日・内容・受講者の署名
- 保護具の支給・点検記録——支給しただけでなく、使用を指導・確認していた事実まで残す
- 労働時間の記録——客観的方法による把握(労働安全衛生法66条の8の3)
- 健康診断・面接指導の実施記録
- ヒヤリハットの報告と対応の記録——同種事故の予見可能性に関わる重要な資料
また、労災事故は、被災者側に弁護士がついた段階で損害賠償請求へ発展したり、解雇・退職をめぐる紛争と結びついて労働審判に移行したりすることがあります。労働審判は第1回期日までの準備期間が短く、初動の遅れが不利に働きやすい手続です。詳細は労働審判を申し立てられた会社側の対応の記事をご覧ください。会社としてどこまでの責任を負うのか、示談による解決が妥当か、といった判断は、企業法務の取扱分野のページでご案内しているとおり、証拠関係を早期に把握したうえで行う必要があります。
よくある質問
労働者死傷病報告はいつまでに提出すればよいですか。
労働者が業務上の負傷等により死亡した場合および休業が4日以上に及ぶ場合は、遅滞なく所轄労働基準監督署長に提出します。休業が4日未満の場合は、四半期ごとにまとめて、当該四半期の翌月末日までに提出します(労働安全衛生規則97条)。2025年1月1日からは、原則として電子申請によることとされています。
従業員から労災申請をしたくないと言われました。報告しなくてよいですか。
労働者死傷病報告の提出は、労働者の意向にかかわらず事業者に課された義務です。報告をせず、または虚偽の報告をした場合、労働安全衛生法120条5号により50万円以下の罰金に処される可能性があります。いわゆる労災隠しとして送検される例もあり、本人の希望を理由に報告を省略することはできません。
労災保険から給付が出れば、会社が損害賠償を払う必要はありませんか。
労災保険給付は損害の全部をてん補するものではありません。慰謝料や休業損害の一部は労災保険の対象外であり、会社に安全配慮義務違反が認められる場合には、その差額について別途損害賠償責任を負う可能性があります。同一の損害項目については給付分が控除されますが、休業特別支給金等の特別支給金は損害をてん補する性質を有しないとして控除が否定されています(最判平成8年2月23日・コック食品事件)。
通勤中の事故でも会社は損害賠償責任を負いますか。
通勤災害は労災保険の給付対象ですが、会社の支配下にない通勤途上の事故については、原則として会社の安全配慮義務違反は問題になりにくいと考えられます。もっとも、社有車での移動や会社が具体的に指示した経路・手段による移動の場合には、業務遂行性が認められ、使用者責任(民法715条)や安全配慮義務違反が問題となることがあります。
労災事故が起きると、労働基準監督署の調査は必ず入りますか。
必ず入るとは限りませんが、死亡事故や重篤な事故、機械・設備に起因する事故では、災害調査・災害時監督として臨検が行われることが多く、労働安全衛生法違反があれば是正勧告や送検に至ることがあります。事故直後から現場の写真・作業手順書・教育記録等を保全しておくことが重要です。
まとめ
労災事故が起きたときに会社が押さえるべき要点は、次のとおりです。
- 救護・二次災害防止のあと、現場と事実関係を早期に記録化する
- 労働者死傷病報告は、死亡・休業4日以上なら遅滞なく、休業4日未満なら四半期ごとに提出する。2025年1月1日からは原則として電子申請による
- 本人の意向を理由に報告を省略することはできず、不提出・虚偽報告は50万円以下の罰金の対象となり得る
- 労災保険給付が出ても、慰謝料等はてん補されず、安全配慮義務違反があれば別途損害賠償責任を負う可能性がある
- 特別支給金は損害賠償額から控除されないとされており、控除の可否の整理が賠償額を左右する
- 2025年6月1日施行の熱中症対策義務化など、安全衛生関係の改正は施行日と対象範囲を個別に確認する
労災対応は、行政手続(報告・調査対応)と民事紛争(損害賠償)とが並行して進むため、それぞれの場面で述べたことが他方に影響します。初期の説明や書面のやり取りが、後の損害賠償請求で会社に不利な証拠として用いられることもあります。横浜のタングラム法律事務所では、事故発生直後の初動から、労働基準監督署への対応、被災者・遺族との示談交渉、訴訟・労働審判まで、企業側の立場で一貫してご相談に応じています。弁護士が早期に関与することで、必要な報告は確実に行いつつ、会社が負うべき責任の範囲を適切に見極めることができます。
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タングラム法律事務所では、企業法務(契約書レビュー・労務・法改正対応等)について、中小企業・個人経営の事業者向けに豊富な実績を有しております。労災事故の初動対応、労働基準監督署への対応、被災者・遺族との交渉まで、企業側の立場でご相談に応じます。
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