誹謗中傷の慰謝料を支払督促で請求する方法|自分でできるか解説
誹謗中傷の慰謝料を支払督促で請求する方法|自分でできるか解説
発信者情報開示によって投稿者の氏名と住所がわかったものの、内容証明を送っても相手が一切応じない——。「裁判までするほどの金額ではないけれど、泣き寝入りもしたくない」という悩みに、多くの方が突き当たります。
そこで候補に挙がるのが、簡易裁判所の支払督促という手続です。裁判所に出向く必要がなく、手数料も訴え提起の半額を基準に算定されます。もっとも、誹謗中傷の慰謝料請求という場面に限っていえば、支払督促には見過ごせない弱点もあります。この記事では、自分で申し立てる手順と、「使ってよい場面」「避けたほうがよい場面」の見極め方を、横浜の弁護士が整理して解説します。
支払督促とは|誹謗中傷の慰謝料請求でも使えるのか
支払督促は、金銭の支払などを求める請求について、債権者の申立てだけに基づいて簡易裁判所の裁判所書記官が相手方に支払を命じる手続です(民事訴訟法382条以下)。裁判所は書類審査のみを行い、当事者が裁判所に出向く必要はありません。相手が受け取ってから2週間以内に異議を申し立てなければ、債権者の申立てにより仮執行宣言が付され、これに基づいて強制執行を申し立てることができます。
誹謗中傷の慰謝料も「金銭の給付を求める請求」ですから対象になりますが、利用するには次の2つの前提が必要です。
- 相手の氏名と住所が判明していること——支払督促は、日本国内で公示送達によらずに送達できる場合でなければ利用できません(民事訴訟法382条ただし書)。匿名の投稿者を相手にいきなり申し立てることはできず、先に発信者情報開示請求によって投稿者を特定する手続を経ておく必要があります。
- 請求額が具体的に確定していること——「慰謝料50万円と、これに対する投稿日の翌日からの遅延損害金」というように、金額と起算日を特定して申し立てます。
開示後の進め方全体は、発信者情報開示請求で投稿者を特定した後の損害賠償請求・訴訟の流れもあわせてご覧ください。
支払督促のメリットと、誹謗中傷事案での落とし穴
支払督促の利点は明確です。裁判所に出向く必要がないこと、申立手数料が訴え提起の半額を基準に算定されること、そして相手が異議を出さなければ比較的短期間で債務名義(強制執行の根拠となる文書)が得られることです。一方で、誹謗中傷の慰謝料請求という場面には、次のような構造的な弱点があります。
最大の落とし穴は「督促異議」です。相手が支払督促を受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てると、請求額に応じて簡易裁判所または地方裁判所の通常訴訟に自動的に移行します(民事訴訟法395条)。しかも移行先は、支払督促を発した裁判所、すなわち相手の住所地を基準とする裁判所です。相手が遠方に住んでいる場合、こちらが遠方の裁判所で訴訟を追行することになりかねません。
誹謗中傷の慰謝料は、投稿が違法といえるか、いくらが相当か、という点にそもそも争いが生じやすい類型です。督促異議は理由を問わず申し立てることができ、相手にとって特段のハードルはありませんから、相手が争う姿勢を見せている事案では、異議が出る可能性を高く見積もっておくべきでしょう。また、支払督促は書面審査のみで、投稿の違法性を裁判所に判断してもらう手続ではない点にも留意が必要です。
自分で支払督促を申し立てる手順【2026年5月からmintsにも対応】
①申立先を確認する
支払督促は、相手の住所地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官に申し立てます。通常訴訟のように「不法行為地」や「義務履行地」を根拠に自分の近くの裁判所を選ぶことはできず、関連裁判籍に基づく申立先も認められません。申立先は裁判所ウェブサイトの「申立書提出先一覧(簡易裁判所)」で確認できます。なお、督促手続オンラインシステムを利用する場合には、他の簡易裁判所の管轄に属する事件であっても、東京簡易裁判所の裁判所書記官に申し立てることができるとされています。
②申立書を作成する
申立書には、当事者の氏名・住所、請求の趣旨(請求する金額と遅延損害金)、請求の原因(いつ、どこに、どのような投稿がされ、どのような権利が侵害されたか)を記載します。書式は裁判所ウェブサイトの「支払督促で使う書式」から入手できます。請求の原因は、投稿のURL・投稿日時・投稿内容を特定して具体的に書くことが重要です。
③申立方法を選ぶ(書面・督促オンライン・mints)
令和8年(2026年)5月21日以降は、従来の書面申立てと督促手続オンラインシステムに加えて、民事裁判書類電子提出システム「mints(ミンツ)」によるオンライン提出ができるようになりました。利用にはアカウント登録が必要です。弁護士などの訴訟代理人には電子申立てが義務付けられていますが、本人が申し立てる場合は書面と電子のいずれも選べます。
④手数料を納める
支払督促の申立手数料は、訴え提起の手数料の半額を基準に算定され、これに郵便費用相当額が加算されます。従来は郵便切手を別途予納する必要がありましたが、現在は郵便費用が申立手数料に一本化されました。裁判所が公表する手数料額早見表によると、目安は次のとおりです。
| 請求額 | 訴え提起(書面申立て) | 支払督促(書面申立て) | 支払督促(電子申立て) |
|---|---|---|---|
| 30万円 | 5,500円 | 4,200円 | 4,000円 |
| 50万円 | 7,500円 | 5,200円 | 5,000円 |
| 100万円 | 12,500円 | 7,700円 | 7,500円 |
手数料は原則としてペイジーによる電子納付です。訴訟費用を支払う資力に乏しい場合には、支払を猶予する「訴訟上の救助」の制度や、法テラスの民事法律扶助による立替制度を検討する余地があります。弁護士に依頼した場合の費用感は当事務所の弁護士費用のページもご参照ください。
⑤発付・送達と、仮執行宣言の申立て
書記官の審査を経て支払督促が発付されると、債権者には発付通知が、相手方には支払督促が送達されます。相手方が受け取った日から2週間以内に督促異議がなければ、債権者は、送達日の翌日から起算して2週間目の翌日から30日以内に仮執行宣言の申立てをすることができます。この期間を過ぎると支払督促は効力を失うため、期限管理が欠かせません。仮執行宣言が発付されて双方に送達され、さらに2週間、督促異議がなければ支払督促は確定します。確定した支払督促は確定判決と同一の効力を有し(民事訴訟法396条)、強制執行の債務名義となります。
督促異議が申し立てられたらどうなるか
相手方が期間内に督促異議を申し立てると、支払督促の申立ての時に訴えの提起があったものとみなされ、通常訴訟に移行します(民事訴訟法395条)。移行後は、訴状に代わる準備書面の提出を求められるなど、通常の民事訴訟と同じ対応が必要です。
手数料の面では、訴え提起の手数料額から支払督促の申立てについて納めた額を控除した差額を追納する扱いとされていますので、二重の負担にはなりません。とはいえ、移行後は投稿の違法性や損害額を証拠で裏付ける作業が待っています。訴訟になった場合の進め方は、誹謗中傷の損害賠償を自分で提訴する方法(訴状の書き方と流れ)で解説しています。
支払督促・少額訴訟・通常訴訟の使い分け
自分で請求する場合、現実的な選択肢は次の3つです。
| 手続 | 向いている場面 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 支払督促 | 相手が投稿の事実を認め、支払意思はあるが動かない場合 | 異議が出れば相手の住所地基準の裁判所での通常訴訟に移行する |
| 少額訴訟 | 請求額が60万円以下で、争点が単純な場合 | 相手が通常訴訟への移行を求めれば少額訴訟では審理されない |
| 通常訴訟 | 違法性や金額に争いがあり、判決による判断を求める場合 | 期日への出頭が必要で、主張・立証の負担が大きい |
少額訴訟の進め方は誹謗中傷の損害賠償を自分で請求する「少額訴訟」の進め方で取り上げています。争いが避けられない事案では、支払督促を経由するより最初から通常訴訟を選んだほうが結果的に早いことも少なくありません。
申し立てる前に確認したい3つのこと
①時効が迫っていないか
不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年で時効にかかります(民法724条1号)。支払督促の申立ては時効の完成猶予事由とされていますが(民法147条1項2号)、権利が確定しないまま手続が終了した場合の扱いには注意が必要です。
②相手の住所が最新のものか
開示から時間が経っていると、相手が転居していることがあります。送達ができなければ手続は進みませんし、前述のとおり公示送達は使えません。
③回収できる財産を把握できているか
債務名義を得ても、相手が任意に支払わなければ強制執行が必要です。強制執行では、預貯金であれば金融機関と支店、給与であれば勤務先といった情報を、原則として申立人側が特定しなければならず、財産の把握には別の手立てが要ります。
よくある質問
相手の住所がわからなくても支払督促は使えますか?
使えません。支払督促は、日本国内で公示送達によらずに送達できる場合でなければ利用できないとされています(民事訴訟法382条ただし書)。匿名の投稿者に慰謝料を請求するには、まず発信者情報開示によって氏名と住所を得ておく必要があります。
督促異議が申し立てられたら、納めた手数料は無駄になりますか?
無駄にはなりません。督促異議によって通常訴訟に移行した場合は、訴え提起の手数料額から支払督促の申立てについて納めた額を控除した差額を追納する扱いとされています。ただし、手数料以外に訴訟対応の時間と労力がかかる点には注意が必要です。
支払督促が確定すれば、必ずお金を回収できますか?
確定した支払督促は確定判決と同一の効力を有し(民事訴訟法396条)、強制執行の債務名義になりますが、相手が任意に支払わない場合は、預貯金や給与などを差し押さえる強制執行を別途申し立てる必要があります。差し押さえるべき財産を把握できていなければ、実際の回収は難しくなります。
誹謗中傷の慰謝料請求に支払督促は向いていますか?
相手が投稿の事実を認めて支払意思を示している場合には有効な選択肢になり得ます。他方、投稿の違法性や金額に争いがある事案では督促異議が申し立てられる可能性が高く、その場合は相手の住所地を基準とする裁判所での通常訴訟に移行するため、かえって負担が増えることがあります。
支払督促を申し立てると時効はどうなりますか?
支払督促の申立ては時効の完成猶予事由とされています(民法147条1項2号)。もっとも、督促異議によって手続が終了した場合など、権利が確定しないまま終わったときの扱いには注意が必要で、時効期間が迫っている事案では早めに弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
支払督促は、裁判所に出向かずに債務名義を得られる簡便な手続で、申立手数料も訴え提起の半額を基準に算定されます。2026年5月21日以降はmintsによるオンライン提出にも対応し、本人でも申し立てやすくなりました。
もっとも、誹謗中傷の慰謝料請求は、投稿の違法性と金額の両方に争いが生じやすい類型です。相手が督促異議を申し立てれば、相手の住所地を基準とする裁判所での通常訴訟に移行してしまいます。「相手が事実を争っておらず、支払う意思はあるのに動かない」——支払督促が力を発揮するのは、この条件が揃った場面に限られると考えたほうが現実的でしょう。
手続の選択を誤ると、時間も費用も余計にかかります。弁護士に依頼すれば、支払督促・少額訴訟・通常訴訟のいずれを選ぶべきかの判断はもちろん、示談交渉による早期解決や、強制執行を見据えた財産調査まで一貫して対応できます。
誹謗中傷の慰謝料回収でお困りではありませんか
タングラム法律事務所では、インターネット上の誹謗中傷について、削除請求・発信者情報開示請求から特定後の損害賠償請求まで、数多くの案件を取り扱ってまいりました。横浜を拠点に、全国からのご相談に対応しています。
法律相談の予約はこちら※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な事案についてのご判断は、弁護士にご相談ください。